経済システム 2
翌日のサフィーヤさんとの会議で、ロボットの配達について話した。
「毎日服を届けてくれるなら助かるデス。よかったデス」
「食事の配達についてはどう?」
「お弁当もいいデスけど、私は食堂で出来立てを食べたいデスネ」
「なるほどね。自炊にこだわる人もいるだろうし、食事については人それぞれだろうね」
「今日は何について考えるデスカ」
「『能力レベル』とかいったレベルにはどんなものがあるか考えてみようか」
「『歌唱力レベル』デス」
「それが仕事に関係ある人ほとんどいないよ!」
「仕事に関係ないレベルも数字になると上達具合がわかって楽しいデス」
「まあそっか。でもまずは仕事に関係ある所から考えていこうよ」
「『努力レベル』なんてどうデスカ。長時間本気で頑張れば上がっていくデス」
「そうだね。でも役に立たないことを頑張っても駄目だから、『成果レベル』も必要だね。『いいね』をどれだけ押されたかとかを人工知能が総合的に判断するわけ」
「安全も追求するデス。事故を起こさないようどれだけ気を付けてきたかの『安全レベル』が必要デス」
「それは建設現場や工場でのものだよね。どんな仕事も成り立つように一般的に解釈したら、堅実な仕事ぶりを評価する『品質レベル』かな」
「言われたことを忠実にこなす『社畜レベル』が必要じゃ」
上のほうから声がした。天井の隅がめくれていて、天井裏からリンがこっちを見てる!
「リン! なんでそんな所にいるの!」
リンが天井裏から飛び降りてきた。
「なに、天井板は簡単に破れるでのう。天井裏はピコパイプの網の目がスカスカじゃから通りやすいのじゃ。ダクトが邪魔ゆえあまり遠くには行けぬが、この近所の部屋なら簡単に忍び込めるわい。かーっかっかっ」
「セキュリティの欠点を教えてくれてありがとう。壁の上の天井裏は何かでふさいで通れないように設計変更するよ。じゃあお礼に、住居侵入罪で通報してあげようか」
「ふさぐなら防音できるものでふさぎたいデス。隣の部屋がうるさいという苦情があるデス」
「発泡樹脂かな」
「リンちゃんも一緒に仕事のレベルについて考えるデス」
リンが私の部屋をのぞいていた事は、サフィーヤさんは気にしないようだ。見た目がかわいい女の子の人形だからだろうか。リンの性格の悪さをよくわかっていないからだろうか。とりあえず、今すぐ追い出すことはやめておこう。
「仕事のレベルは仕事ごとに別々の数字があってもいいかもしれないデス」
「サフィーヤさんの仕事だったら?」
「『トラブル解決レベル』『親身レベル』『街のアイドルレベル』デス」
「街のアイドルを自任してたんだ!」
「ピコなら『都市計画レベル』『技術検討レベル』『ツッコミレベル』『眼鏡レベル』じゃ」
「ツッコミは仕事とは関係ないし! というか『眼鏡レベル』って何!? 私は普通に眼鏡をかけてるだけだよ!」
「さすがツッコミレベルの高い眼鏡はツッコミが的確じゃのう」
「私の本体は眼鏡じゃないよ!」
「眼鏡レベルとツッコミレベルを最大まで上げると『眼鏡が本体』のスキルが解放されるのじゃ」
「それ、どこぞの万事屋のアニメの話だよね!」
「ナノさんなら『経営レベル』『交渉レベル』『かわいいレベル』『無茶振りレベル』デス」
「『無茶振りレベル』は上げちゃダメでしょ! 『かわいいレベル』が高いのは認めるけど」
「マイナスイメージのスキルが付いてしまったら、スキルが消えるようにレベルを下げることを頑張るデス」
「さっきから『スキル』って言ってるね」
「なんかゲームのスキルレベルみたいデス。ゲーム要素を盛り込んでもっと面白くしたいデス」
「そういえばさっき面白いこと言ってたね。眼鏡レベルとツッコミレベルを最大まで上げると『眼鏡が本体』のスキルが解放されるって」
「ピコさん本体はお風呂ではずっと脱衣所にいるのデスカ?」
「お風呂に入っているのは眼鏡置きじゃ」
「私は眼鏡が本体じゃないって! スキルレベルを上げると新たなスキルを獲得できるのは達成感ありそうって思ったの」
「でも本当のスキルはシステムが与えるものではないデス。自分が努力しないと身に着かないデス」
「人間は不便じゃのう」
「例えばタクシードライバーになるためには車の運転技術と道をよく知っていることが必要でしょ。だから『車の運転レベル』と『道路知識レベル』を上げるとタクシーの仕事をすることが可能になって、実際に仕事をしたら『タクシードライバー』のスキルを獲得する、ってイメージ」
「ソーラーキャッスルにタクシーの仕事があるかどうか疑問デスガ、スキルレベルを仕事に就くのに必要な資格にするというのはわかったデス。でも今までも専門的な仕事に就くには技術が必要だったデス。これで仕事が面白くなるのデスカ」
「もしレストランの店長になるのに『調理師レベル』『接客レベル』『経営知識レベル』『皿洗いレベル』『清掃レベル』が全部高くないといけなかったら、進んで経営の勉強もするし、皿洗いや掃除も率先してやるんじゃないかな。もっと細かい仕事にそれぞれレベルがあって、簡単な仕事のレベルを上げないと難しい仕事に挑戦できないようにすれば、あとどれくらい頑張ればいいかが数字でわかって達成感あると思うんだ」
「いいデスネ。あ、本当のスキルとは関係なしにシステムから追加されるスキルもあっていいと思ったデス。店長になるのに必要な全部のスキルのレベルを上げたら『レストランマスター』のスキルが手に入るデス。それを手に入れたら店長になる資格があるデスけど、店長にならなくてもそのスキルをみんなに自慢できるデス」
「『称号』と言ったほうがイメージが近いのう。『レストランマスター』のレベルは上がらぬわけじゃし」
「そうデスネ。どんな称号やスキルがあれば皆さん欲しがるデスカネ」
「またみんなに聞いてみようか」
社内のSNSで質問すると、あっという間に返事が来た。
「『血塗られし闇の因果を背負う者』」
また鈴木専用だよ! あ、他の意見も来た。
「『剣技レベル』や『氷魔法レベル』といった武器や魔法属性ごとのスキルレベルは必須ですわ。『呪縛』といった技ごとのスキルレベルも欲しいですわね。『ドラゴンスレイヤー』の称号があればドラゴンを倒したことがわかりますから一目置かれましてよ」
さすが元冒険者だけど、この世界でそういうスキルや称号はゲームの中しか使わないんだよね。
「『給食を一度も残さずに食べたで賞』なんてどうッスか」
そんなの全然自慢にならないよ!
「『ツッコミレベル』があればピコはレベル最大なのー」
リンにも同じ事言われたよ!
「皆さん様々なアイデアがあって参考になるデスネ」
「どのアイデアも参考にならないよ!」
「スキルや称号は人それぞれってことデス。どなたかの持っているスキルや称号をルナに表示したら、ずらっとたくさん表示されることになるデスネ」
「『自分勝手』『怠惰』『変態』『貧乳』などがずらっと並ぶのじゃ」
「それはリンの称号だね。さすがに『貧乳』なんて自分じゃどうにもできない称号は無いだろうけど、まあ確かに項目が多すぎるとその人がどんな人なのかわかりづらくなるね。持っているスキルや称号の中から自分で4つだけ選べるようにして、それが見えやすい所に表示されるようにしようか。他人に対してルナをかざすと、その人の名前と肩書のほかに4つのスキルと称号が表示されるっていう」
「それもいいデスけど、たくさんのスキルレベルを統合したレベルがあればどうデスカ。いろんな能力の総合力としての『能力レベル』デス」
「うーん、そうするとみんな『能力レベル』を上げることだけを目指しそう。仕事を地道に頑張るほどレベルが上がらないと仕事のモチベーションにならないんだよね。仕事をこなした量だけ上がっていく『貢献レベル』もあるといいかな。仕事の種類によらない共通の数字として」
「では『能力レベル』と『貢献レベル』の2つが見えやすい所に表示されるデス。あ、『かわいいレベル』は能力デスカ」
「『能力レベル』とは別に『魅力レベル』もある? でも能力と魅力のどっちに分類するか迷うものも多そう。能力レベルに含めていいよ」
「貢献レベルにつながるスキルレベルにもたくさんの種類があるのじゃろうが、与えられた仕事についてのレベルしか上げられぬのはつまらぬのう。どのレベルを上げるかを考えるのが面白いのじゃ」
「どの仕事をするか選べたらいいんじゃないかな。例えばこの部屋を作るときには、壁を取り付ける仕事、壁紙や床板を貼る仕事、配線や配管をする仕事、キッチンや浴槽を取り付ける仕事とかが必要、って責任者が決めるよね。でもその仕事を誰に割り振るかは決めないわけ。作業員は自分がやりたい仕事を早い者勝ちで選んで、終わったらその仕事の難易度に応じて貢献レベルが上がるわけ」
「簡単な仕事をたくさんこなすか、誰もやりたがらない仕事にチャレンジするか、戦略性が出るわけデスネ」
「こなした仕事の内容によって新たな種類の仕事にチャレンジできるようになるから、将来取り組みたい仕事のために今自分がやる必要がある仕事ってのも出てくるしね。楽しいと思うよ」
「手抜きができる仕事を選んで貢献レベルを荒稼ぎしたいものじゃ」
「手抜きがばれたら貢献レベルがガタ落ちするよ。貢献レベルがマイナスもあるかもね」
「貢献レベルはお金をもらえるような仕事をしたときに上がるものデスカネ」
「子育てをするのも立派な仕事だから貢献レベルが上がっていいよね」
「子供からの評価でレベルが上がるデスカ」
「それだと子供を甘やかしすぎちゃう。客観的な評価をするためのデータをどうやって集めるかが課題だね」
「わらわのようにおもちゃに人工知能を仕込んで監視させるのじゃ」
「怖いよ!」
「子供に限らず、仕事に関係ない日々の生活からも細かいデータを集めるのは重要じゃぞ。データが多いほど人物像が把握できるでのう、楽園に反抗する者をあぶりだすのも簡単じゃ」
「だから怖いって! あぶりだした後どうするつもりだよ!」
「集まった評価データは扱いが危険デスネ」
「うん、リンみたいな人が悪用できないようにしないといけないね。企業である楽園が管理するよりも市役所で管理したほうが不正を防止しやすいかな」
「まあそうデスネ……。権力の暴走を未然に防ぐのは市役所でも難しいデスガ、個人の評価データを閲覧することを法律で厳しく制限してみたいデス」
その後の話し合いで、スキルや称号を得る方法やレベルを上げることのイメージが固まってきた。現実の生活がゲームみたいになると思うと楽しみだ。




