人魚号からプロトキャッスルへ 2
十一月半ば。トラス床を作る作業は少しずつ進んでいる。プロトキャッスルに人が住み始めたときに必要になる階を優先して作っていっているので、学校になる予定の25階と26階は床が無いままになっている。屋根を作る作業も同時に進んでいて、プロトキャッスルがようやく屋根に覆われた。
プロトキャッスルの周囲では鏡の設置が進んでいる。鉄の柱を立て、その上に駆動装置を取り付け、その上にステンレスの大きな鏡を載せていく。途方もない数を設置する予定だ。
夏から東京の楽園本社のほうでシステムエンジニアの採用が進んだことで、社内のシステムは日々充実していっている。評判主義経済のためのシステム構築にも目途が立ってきた。ソーラーキャッスルで人が暮らし始めるようになる頃にはシステムを運用開始することができそうだという。しかし社会のルールをどのようにするかの検討があまり進んでない。
ロボットの生産は順調に増えていって、会社の毎月の売り上げは160億円まで増えているという。ロボットの改良の研究も進んでいるそうだ。社外から知識データを集めることも徐々に進んでいて、いくつか専門知識が増えている。
私がいま進めている仕事は、ソーラーキャッスルやその周辺の計画について、みんなの意見を取り入れながらもっと具体的な設計の案を作るというものだ。それぞれの工場や公共施設をどこに配置するかを考えていっているのだけど、パズルみたいで結構楽しい。それをもとにして楽園建設の人たちが詳細な設計を進めている。
ただ、他の人の意見の中にはあまり賛同できないものも多いのが悩ましい。社内のSNSにこんな書き込みがあった。
「計画では居住地区のオフィスフロア内に刑務所を配置することになっていますが、正直これを考えた人が正気とは思えません。オフィスフロアは非常に軽いトラス床の構造ですので、床や天井は簡単に破壊できます。これだと犯罪者が集団脱走して、街で暴動を起こして人を殺しまくるというのは、ちょっと考えればわかるはずです。これで安心して暮らせるわけがありません。刑務所は地下深くに造って、いざというときは水を流し込んで水没できるようにするべきです」
やれやれ、この人は犯罪者を自分とは違う化け物か何かだと思っているようだ。こういう人ほど刑務所に入れられそうだけど、そしたら自分の発言をどう思うんだろう。私はパソコンを見ながら、隣にいた委員長に声をかけた。
「これ、どうしますかね。刑務所の床や天井は人が壊せないくらい丈夫にする予定ですけど、それで納得してもらえますかね」
「この人みたいに人を人間扱いしない人たちは直観や印象で動いているから、理屈じゃ納得しないわね。一目見れば不安感を払拭できるくらい、見た目がわかりやすい対策をしないと安心しないわ」
「なるほど、見た目ですか。じゃあ刑務所は別の場所に移しましょうか」
出所後の再犯率を下げるためには、刑務所で職業訓練とか更生プログラムに力を入れるといいと聞く。職業訓練では若い受刑者が高齢の受刑者を介護したりするというから専門学校と同じようにオフィスフロアに配置してたのだけど、林間学校みたいに人のいない所にあったほうがいいかな。
「さすがに地下深くってことはないでしょうから、住宅から遠くて頑丈な産業地区のどこかでしょうか」
「だったら牧場のところはどうかしら。牛や豚の世話をするついでに受刑者の世話もできて便利だわ」
「委員長さんが人を人間扱いしてないじゃないですか!」
結局、刑務所は物流地区に配置することにした。
十二月半ば。プロトキャッスルの店舗や住居のフロアで内装工事が始まっている。私たちがプロトキャッスルで暮らし始める日も近い。
「もうすぐクリスマスなのー」
お風呂でナノがそう言いだした。人魚号で共同生活をして半年になるのに、私には恋愛フラグがまるで立たない。今年のクリスマスも恋人はいなそうだ。他のみんなも寂しげな表情になっている。
「あたしはプレゼントが欲しいのー」
「そっか、ナノのクリスマスは恋人よりプレゼントか。23歳でもまだ子供だね。そうは言ってもヌアクショットまで行くのは車で半日かかるし、プレゼントを買いになんて行けないよね」
「大丈夫なのー。空飛ぶトナカイのソリで届けてくれるのー」
「どんだけ子供だよ! まだサンタさんにプレゼントもらうつもりでいたの?」
「イスラム教国にはサンタさんは来ないのー?」
「そういう問題じゃないよ!」
「プレゼントは無くても、クリスマスパーティーはやりたいデス」
サフィーヤさんが口をはさんだ。いつも民族衣装を着ているからわりと古風なイスラム教徒だと思ってたけど、イベントに関してはキリスト教のイベントも割と積極的にやりたがる。十月末にはハロウィンをやりたがって、ナノたちと一緒に仮装をしていたけどあまり盛り上がらなかった。
「街に行けないからこそ、この船の中で楽しいことをたくさん開催するデス。大みそかにはみんなでカウントダウンをするデス」
イスラム教徒は行事を祝っちゃいけないはずなんだけどな。
「そうよ、パーティーでお酒でも飲んでなきゃやってられないわよ。忘年会よ、忘年会」
この船には夫婦で乗っている人たちもいるし、船内で成立したカップルもいる。委員長はそういう存在を忘れてしまいたいんだろう。
「クリスマス忘年会なのー。今年一年のことを忘れる会なのー」
「記憶を消す魔法が必要でして?」
「ほんとに忘れたら大惨事だよ!」
「東京で仕事をしていたはずなのに、気づいたら砂漠に停泊した船の中だぞ。周りの人もみんな記憶を失っていて、なぜここにいるのか誰もわからないなんて、絶望しかないぞ」
「そんな忘年会嫌すぎる!」
クリスマスイブ当日。船内のほとんどの人が食堂に集まってパーティーをした。チキンやオードブルを食べ、マホの魔法ショーやみんなの宴会芸を見て、みんなで賛美歌を歌った。
そして2次会として宴会場に場を移した。マホがマイクを手に取った。
「皆様お気づきかと思いますが、一部の人たちは食堂に残ってパーティーを続けておられますわ。食堂に残られたのは家族連れとカップルですわ。つまり食堂では愛し合う方々同士での時間となっておりまして、今ここにいらっしゃる方々は愛すべき相手のいらっしゃらない方々でしてよ」
あちこちで嘆きと嫉妬の声が上がった。女性の名前を叫びながら探し回っている男性もいる。周りを見回すと、女性社員の姿があまり見あたらない。私の知ってる女性社員たちに実は恋人がいたのかと思うと悔しい。
「今こそ新たなカップルができるチャンスでしてよ。気になる異性に声をかけてはいかがかしら。わたくしにふさわしい気品に満ちたジェントルマンはいらっしゃいませんこと?」
これって合コン!? いや、ここにいるのは男性がほとんどで、合コンというには男女比が偏りすぎている。なんか私たちって、貴重な独り身の女として狙われてるんじゃない? とはいえ美人でモテるマホがいるから結構な人数がマホに集中するだろうし、私は大丈夫かな。他にナノもサフィーヤさんもいるし。
委員長がきょろきょろしながら話しかけてきた。
「フィオさんを見たかしら」
「私は見てませんね。フィオさんに付き合ってる人がいるって事でしょうか」
「そうなりそうね。フィオさんは私と同じ32歳だし、もう結婚するのかしらね」
委員長が焦っているのがよくわかる。私はまだ焦る必要は無いけど、そろそろ結婚を考えていそうだと周りから思われているんだろうか。
なんか警戒しながらケーキを食べていると、建設作業員の男性が声をかけてきた。薄着、筋肉質、日焼けした肌、脱色した髪。こういういかにも体育会系の人は私とは気が合わなそうだ。
「あの、ピコさんですよね。隣、いいですか」
「え、ええ」
あまり気乗りがしない。
「あ、『ピコさん』なんて言い方は失礼でしたね。甲鳥川さん」
「私、鴨川です」
「そうだったんですか、すみません、甲鳥川さん。俺、今、ピコパイプを組んでトラス床を作る仕事してんですよ。あ、『ピコパイプ』なんて言い方は失礼ですね、『甲鳥川さんパイプ』ですね」
どんだけ失礼な言い方するんだ、この人は。
「いつもは1日1000本を組んでるんですけど、この間すげーはかどって、1日2000本組めたんですよ。ということは1日平均1500本ですよ、すげーでしょ」
「それを『平均』とは言いません。1000本が9日で2000本が1日なら平均は1100本です」
「まあそんな細かいことはどうでもいいですよ、俺は将来ビッグになる男なんで。俺はビッグになると決めたんで、もうビッグになる以外の将来はあり得ないんです。だから俺といると安心ですよ」
「『ビッグになると決めた』というのはただの願望であって、安心できる根拠にはなりません」
だめだ、この頭の悪い話し方についていける気がしない。いつも頭のいい人とばかり話してるからだろうか、住む世界が違う気がする。二度と私に話しかけたくならないように拒絶してしまおう。
「あなたの話は面白くないので失礼します」
そう言って私は場所を移した。その後も4人の男性が話しかけてきたけどみんな似たり寄ったりで、私に恋愛フラグが立つ気配はまるで無かった。
翌朝、食堂は普段の雰囲気に戻っていた。私が朝食をとっていると、ナノが慌てて駆け寄ってきた。
「大変なのー!」
「どうしたの?」
「朝起きたらねー、枕元にサンタさんからのプレゼントが無いのー!」
「当たり前だよ! みんな無いよ!」
ナノはすごく頭がいいのに、たまにすごくバカだ。




