人魚号からプロトキャッスルへ 1
十月半ば。私がラウンジでのんびりしていると、マホが声をかけてきた。リンを連れている。
「ピコさん、もしお暇でしたら、これから作業現場をご覧になりませんこと?」
「え? ああ、たまには行ってみようか」
マホは魔法の使い方を指導する立場なので、よく作業現場を巡っている。ついていってみるのも悪くない。
人魚号から外に出ると、爽やかな陽気を感じた。以前の焼けつくような暑さがうそのようだ。そして目の前には巨大なグランドシャフトがそびえている。高さ200メートルで、ほぼ完成に近い。
「この大きさには圧倒されるね」
「ピコさんが考えたものでしてよ」
「これを造ることができたのは、マホがみんなに魔法を教えたからだよ」
「つまり、全部わらわのおかげじゃな」
「いや、リンはこれっぽっちも関わってない」
色々たわいもない話をしながらプロトキャッスルに入った。
1階は道路と駐車場のはずだけど、今は資材置き場になっている。あちこちで工事の音が響いてくるし、完全に工事現場の雰囲気だ。私たちはグランドシャフト内の階段を上った。
6階あたりでは、工場内の設備が出来つつある。金属のパイプを溶接でつなぐ作業をしている人がいる。
「魔法を使わない作業をしている人も結構いるね」
「皆さん建設作業のエキスパートですから、自分のやり方のほうが早い場合もたくさんありましてよ」
「ピコよ、機械工学科のそなたであれば溶接もできるのかのう?」
「いや、私はやったこと無いな。たぶん難しいだろうな」
「そうでして? わたくしはきっと面白いと思いますわよ。ああ、体験してみたいですわ」
溶接工が今の会話を聞いて話しかけてきた。
「もしよければ、やってみますか?」
「よろしいのでして? ぜひ、やらせていただきますわ」
マホは溶接面を持ち、溶接棒を恐る恐るパイプに近づけた。まばゆい光とともに火花が飛び散り、金属が融けてくっついていった。
「うわあ。マホ、上手だよ」
「そうでして? やはり楽しいですわよ」
溶接工が首をひねった。
「おかしいな? 溶接機のスイッチが入ってない」
「ちょ、マホ! それ魔法で融かしてるよ!」
「あらあ、道理で簡単だと思いましたわ」
「溶接するよりもマホが魔法で作業したほうが早いようじゃのう」
その後マホはちゃんと溶接を体験し、そこそこ上手にこなした。でも仕上がりをこっそり魔法で修正したっぽいぞ。
13階に行くと、床の作成作業が行われていた。型枠に砂を流し込み、錬成魔法で固めて石の床にする方法だ。作業としてはコンクリートに似ているけど、材料がその辺の砂でいいのが利点。そのうえコンクリートよりも耐久性が高いということが、大学でのマホたちの研究でわかっている。
「この辺りは魔法を使った作業だね」
石が液体のように形を変え、平らな面になっていく。それを見てマホが作業員に声をかけた。
「表面が少し波打ってましてよ。もっと心を落ち着けるのですわ」
「はいっ、ありがとうございます!」
マホはいつもこうやって指導してるんだ。しゃがんで見ると確かに床がでこぼこしてるのがわかる。次第に床の表面がゆらゆら揺れ始めた。
「姿勢がよろしくありませんわね。もっとこう、安定した姿勢で……」
しゃがんで作業している男性作業員にマホは後ろからしがみつき、手で姿勢を正し始めた。床の揺れはだんだん激しくなった。
「おかしいですわね、落ち着きませんわ」
「マホが密着してるからだよ! 離れて!」
マホが離れると床の揺れは止まった。
「不思議ですわね。どうしてわたくしが触れていると彼の心が落ち着かないのかしら」
「マホってば、ナイスバディ―の自覚なさすぎだよ」
作業員は黙って目をつむり、ひたすら無心になろうとしている。だんだん床が平らに近づいてきた。
「ぷるんぷるんじゃ」
リンの一言で床が弾け飛んだ。
「そういう卑猥な事言っちゃだめでしょ!」
「わらわは床がぷるぷる揺れておると言っただけじゃぞ。それのどこが卑猥じゃ、ピコよ」
14階より上はまだ床が出来上がっていないので、見上げると上のほうまで鉄骨や工事用の足場が見える。私たちは浮遊魔法で上に向かった。
あちこちで鉄骨を組む作業が行われている。大きな鉄骨をかついで飛んでいる人もいる。普通ならクレーンを使って鉄骨を運ぶのだろうけど、魔法を使うことで狭い所を通って運ぶこともできるし、たくさんの作業を並行して進めることもできる。作業効率が格段に良さそうだ。
23階に広い足場が組まれていて、その上でたくさんの人がトラス床を作る作業を行っている。ピコパイプの端をジョイントにつなぎ、そこから別のピコパイプにつなぐ作業だ。足場の上で作業して、ある程度の塊が組みあがったら持ち上げて上の階の床に接続していっている。
1つのジョイントには8本のピコパイプをつなぐ構造になっている。ジョイントに固定する手順を間違うと2つのジョイントの間にピコパイプがはまらなくなってしまうので、固定していない状態のままであちこち支えながらピコパイプをはめていくのが手間暇かかる。みんな念動魔法を駆使して効率よく組み上げていっているようだ。
休憩中の男性作業員にマホが声をかけた。
「仕事は順調でして?」
「このトラス構造を組む作業にはまだ慣れてませんけど、うまくいけそうな手ごたえをつかんでますよ。魔法に関しては問題ありません」
私も質問してみよう。
「この作業をやってて何が一番大変ですか?」
「そうですね、なにぶんパイプの本数が多いんで、いくら組み上げていっても全然先が見えないのがつらいですね。一番大切なのは根気です」
1階ぶんの床に必要なピコパイプの数はおよそ70万本。ロボットを含めて70人くらいで作業しているとはいえ、1日作業しても出来上がる面積は1階ぶんの10分の1にも満たない。いくらやっても終わらない、という徒労感はかなりのものだろう。
「なるほど、何か達成感を感じられるものがあるといいですね」
そう言いながら、船旅中にゲーミフィケーションについて話したことを思い出した。ゲーム要素を組み込めば仕事が面白くなってやる気が出る。もしゲーム製作者だったらこういう時にどんなシステムにするだろう?
「もし100本組み立てるごとに何かもらえたら楽しくなるかな?」
「お菓子かしら?」
「いいですね、それ。でも100本組むたびにティータイムにしたくなりますね」
方向性は良さそうだけどお菓子ではなさそうだ。
「しかしのう、大人の男どもがお菓子目当てに動くかのう?」
「そうだよね。何かもっと達成感のあるアイテム。そうだ、そのアイテムを10個集めるともっといいアイテムに交換できたら、集めるのが楽しいよね」
「写真のかけらはどうじゃ。100枚集めるとピコのヌード写真が完成するのじゃ。これじゃと大人の男が食いつくであろう」
「そういうセクハラはやめてよ! そんなのいいわけないでしょ! ねえ!」
作業員は沈黙し、5秒たってようやく口を開いた。
「そうですね、良くないですね」
「何を考えておったのかのう、今の沈黙は」
「あら、ではわたくしの写真だったらいかがかしら?」
「ええっ!」
「冗談ですわ、おほほほ」
作業員はそれ以上何も言わなかった。
ヌード写真はだめだけど、仕事を進めるたびに何かデジタルのアイテムがたまっていく仕組みにできないかな。翌日、そのアイデアをシステムエンジニアたちに共有しておいた。




