魔法使いと女子大生 4
マホを連れて電車で帰宅した。その道中はマホにとって驚きの連続で、いちいち教えてあげるのに疲れてしまった。初めて見るエスカレーターに乗るって、とても勇気がいるんだね。
帰宅して母にマホを紹介すると、今晩の献立は和食にしようか洋食にしようか出前をとろうかと慌てだした。どうやら外国人には見栄を張るものだと考えているらしい。そんな母にマホの魔法を見せてこれまでのいきさつを説明すると、母は頭を抱えてふさぎこんでしまった。異世界人への見栄の張り方などわかるはずもなく、脳がキャパオーバーしてしまったようだ。
そんな母をよそに、私はマホに照明やテレビやトイレやお風呂の使い方を教えた。マホはその一つ一つに感心して目を輝かせた。ならばもっとこの世界の科学技術を見せてあげようと、パソコン、エアコン、洗濯機、冷蔵庫、ガスレンジを見せてあげた。
そうしているうちに父が帰宅したので、父にマホを紹介して魔法を見せた。魔法に対しての父の反応はいまいち薄かったが、「美咲がそうだと言うのなら、そうなんだろう」と受け入れたようだ。
夕食の後、私の部屋でマホは満足げに座ってくつろいだ。
「よい世界ですわね。生活の隅々にまで科学技術が行き届いていて、ちょっとしたことまでいちいち便利ですわ」
「マホの世界だと、魔法で生活が便利になったりしてないの?」
「魔法は生活の中で用いるものではありませんことよ。魔導石は一部の人しか手に入れられない代物ですし、魔力はそうすぐに貯まるものではありませんので、つまらない事には使わないものでしてよ」
「そうだったんだ。ごめんね、今日は魔法をつまらないことに使わせっぱなしで」
「いえいえ、魔法がどのようなものか知っていただけたので、つまらなくありませんわ」
マホは少し遠い目で天井を見た。
「わたくしの世界ですと、魔法は戦いの手段でしたわ。魔獣などから身を守るために魔法が発展して、それがいつしか人を屈服させるために魔法が使われるようになり、戦争が起きて……誰もが魔法を自分に向けられることにおびえて暮らしていましたわ。……もし……もし、魔法が戦いのためではなく生活のために使われていれば、わたくしの世界もこのように便利で幸せになったのかしら……」
なんかマホに同情してきた。戦いばかりの暮らしって、死と隣り合わせだから気持ちが休まらないだろうな。
「そうだね。マホを転生させた女神も、きっと魔法をそういう平和的な使い方で広めてほしいんだと思うよ」
「そうですわね。魔力がもっとありましたら……」
急にマホの顔が私に迫ってきた。
「この世界の機械って、何の力で動いていまして?」
「え? 電気だよ」
私は壁のコンセントを見せた。
「遠くから電気という力が送られてきていて、ほら、ここからこのコードで電気を取り込んで使うの」
「であれば、その電気をこの魔導石に取り込めば、きっと魔力にすることができましてよ」
魔導石の表面はつるっとしていて、何かを取り込むような形の所は無い。
「どうやって取り込むの?」
「電気を魔導石に直接触れさせることができれば、力を取り込む魔法をかけることができましてよ」
「電気を直接……そんなに雑に扱って壊れたりしないかな……。普段はどうやって魔導石に力を取り込んでるの?」
「何か月も日光にさらしておけば魔力が貯まりますけど、急ぐ場合には火であぶったり、滝に打たせたり、崖からばらまいたりして衝撃を加えますわ」
「普段からものすごく雑に扱ってた!」
一部の人しか手に入れられない貴重な物なのに、そんなのでいいの?
でもまあ、試してみることにしよう。コンセントだと電気を直接触れさせることができないから、電気が通るところをむき出しにしたものを作る必要がある。私は使っていない延長コードと三口タップを押し入れから出してきた。三口タップのねじを外してカバーを外すと、中から厚い金属板が2枚現れた。三口タップの構造というのは実に単純で、この金属板の端がコンセントに差し込む金具になっている。私はその金属板を延長コードに差し込んだ。
「この2枚の金属板の両方に触れるように魔導石を置いて、この延長コードをコンセントに差し込めば魔導石に電気が流れるはずだけど……それでいけそう?」
「ええ、それで大丈夫ですわ」
「コンセントに刺した後は、この金属板は危ないから触らないように気を付けてね。うっかり触るとビリッときてすごく痛いんだよ」
「さすがですわ、まるでご自分でうっかり触ったことがあるような説得力ですわ」
「あるよ! 小学生のとき家でこういう工作やってて触っちゃったんだよ、うっかり者だよ私は」
「あらあら、創意あふれる子供でいらしたのですわね」
マホは金属板の上に魔導石を置いて呪文を唱えた。
「魔導石よ、その身に加わるあらゆる力を吸い付くし、魔力と成して蓄えよ……。よろしくてよ、電気を流してくださいませ」
私は延長コードをコンセントに刺した。魔導石からジジジジと音がして、2秒ほどで部屋の照明が消えた。
「あ! ブレーカーが落ちた! ごめん、中止」
延長コードをコンセントから抜いてからブレーカーを戻した。
「何が起きたのかしら?」
「電気を一気に使いすぎたか、それとも魔導石が電気を通しやすすぎたか……」
「もっと電気を取り込む力を弱めればよいのかしら?」
「できるの? さっきよりももっと弱くしてくれると助かる。強そうで強くない、ちょっと強いくらいで」
「よろしいですわ。魔導石よ、その身に加わる力をさっきよりももっと弱く、強そうで強くない、ちょっと強いくらいで吸い、魔力と成して蓄えよ……」
呪文ってそんなのでいいの!? もっと格調高い言葉じゃなきゃだめなんじゃ!?
「よろしくてよ、電気を流してくださいませ」
再び延長コードをコンセントに刺した。ジジジジと音がしたけど次第に収まった。魔導石の中心がかすかに光っている。
「魔力を取り込んでいるときの反応ですわ。……うまくいっているっぽいですわね」
そのままの状態でしばらく放置しておくことにした。
翌日は土曜日。朝起きてから魔導石を確認すると、昨日の状態のまま変化が無い。マホは疲れていたようでなかなか起きなかったが(昨日死んで転生したばかりだから無理もない)、起きてから魔導石を手に取って驚いた。
「これは……あまり経験したことがないほどの魔力が貯まってましてよ! ちょっと試してみてよろしくて?」
マホは興奮気味にそう言いながら私の手を取り、窓を開けた。
「そおれっ!」
私は自分の体が宙に舞うのを感じた。そして考える間もなく、マホと一緒に窓から空に向かって一気に急上昇した!
「えええええええっ!! ちょっ、ちょっと待ってー!!」
ものすごい勢いで引っ張られるのを感じて私は絶叫した。下を見ると私の街がみるみる遠ざかっていく。
目の前が白くなってきた。雲の中だ。
「すごいですわー!」
マホは嬉しそうに私を引っ張り、まだまだ上昇する。気圧が急に下がって耳が痛い。ついに雲を抜け、真夏のように青い空とまぶしい日の光が目に入ってきた。すると急に速度が落ち、やがて空中に静止した。
私の体は空中にふわふわと浮いていて、マホの手で引っ張られているわけではない。下を見ると、雄大な雲海が広がっている。マホは私の隣に浮かんで、周りの景色に見とれている。その金髪が光を浴びて輝いている。
美しい。景色も、マホも。
「夢みたいな景色ですわね……。わたくしったら、眠っているのかしら」
パジャマ姿でそういうこと言わないで! まるでギャグアニメの夢の中のシーンを再現しているような気がして、せっかくの景色が台無しだよ……。
「ああ、魔導石からあふれるような強い魔力があるものですから、つい一気にここまで来てしまいましたわ。電気があればとんでもない威力の魔法を使い放題ですわね!」
「あのさ……電気使うのってお金かかるんだよ」
「え……それは申し訳ありませんわ。では無駄にできませんわね」
私たちは高度を落としていき、雲の中へ……って、速い速い! 落ちてる! 真っ逆さまに墜落してる!
「落ちる――!! ゆっくり! もっとゆっくり降りて!」
私が叫ぶと、マホは速度を落としてくれた。地面が徐々に近づいてきて、ゆっくり着地。
「あー、助かった」
そして周りを見回すと……お店? ここって商店街! 道行く人たちが私たちを見ている。空からヒロインが降ってくる現象を目の当たりにしたのだから、注目を浴びないはずがない! そして私は部屋着に裸足、マホはパジャマ! 恥ずかしい!
「いや助かってない! 早く家に!」
私は自宅の方角を指さした。
「わかりましたわ、行きますわよ!」
私はマホに引っ張られて文字通り飛んで帰った。見られている中で飛んでいくのはもっと恥ずかしい!