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秘密集会

 私はソーラーキャッスルの設計案を詳しい資料にして社内SNSにアップロードした。「便利そう」「住みたい」といった反応が多く、上々だ。「さすがピコさん」といったメッセージももらえた。大まかな方向性はこのままでよさそうだ。細かい所を改善するアイデアは社内からたくさん出てきて、設計案はどんどんブラッシュアップされていった。


 改善案の1例が津波対策だ。ソーラーキャッスルは海に面しているので津波や高潮で水浸(みずびた)しになる危険があり、そうなると地下の発電・淡水化設備が壊れてしまう。そこで、車や船の出入り口に大きなシャッターを設置して、緊急時に閉じられるようにする。でもそれだと外にいて逃げ遅れた人が締め出されてしまうので、外壁のあちこちに階段やスロープを設置し、4階などの非常口から入れるようにするというものだ。


 そうやって設計案の改良を進めているうちに九月になった。プロトキャッスルの建設現場ではグランドシャフトの高さが70メートルほどにまで伸びている。そしてその間を埋めるように十数階の高さまで鉄骨が組みあがっている。工場が設置される低層部分の骨組みだ。下のほうの階ではコンクリートの床や壁が出来上がっている。プロトキャッスル周辺は平らに整地された更地(さらち)が延々と続いている。太陽熱発電のための鏡を設置する予定地だ。人工的な雰囲気を感じる平らさなのに何も置かれていないだだっ広い空間というのがすごく不思議な光景だ。


 そんなある日のこと。お風呂でサフィーヤさんがこんな話を始めた。


「あの、ここだけの話なんデスけど、どうも私たちに隠れて何かをしている人たちがいるみたいデス」


「どういうこと?」


「7番会議室の前を通りがかったときに、たまたま扉が開いて人が出ていこうとしたんデスけど、私に気づくと(あわ)てて扉を閉めたんデス。それで気になって聞き込みをしたデス」


「聞き込みで探るなんてスパイみたいなのー」


「私はスパイデス」


「私たちから情報を聞き出すのが任務だったはずだよね。逆に私たちに報告してるよ」


「聞き込みの結果デスネ、7番会議室でやけに周囲を警戒している人がいるという複数の証言を得られたデス。マホさんが通りがかったときに慌てて隠れたという証言もあるデス。敵対勢力かもしれないデス」


「サプライズで誕生日会でもやるんじゃない?」


 アニメでそういう展開を何度も見てきた。そして祝われる本人に気づかれて気まずい展開になることも多い。


「誕生日が近い人はこの中にいないデス」


「みんなの誕生日を覚えてるの?」


「当然デス」


 私は誕生日どころかみんなの本名もちゃんと覚えていない。コミュ力の高い人って、こういうところの努力がすごいと思う。


「皆さん気をつけておいてほしいデス」


 どうせ大したことじゃないだろうと思うけど、万一のことを考えると気になってしまう。


 夕方、会議室の前の廊下を通っているとき、挙動の怪しい人たちに出くわした。7番会議室から出てきたようだ。こっちをちらちら見て、持っているカバンを隠すようにしながら緊張して歩いている。確かに、私たちに何かを隠している。


 私はルナを取り出して7番会議室の予約状況を調べてみた。この時間は「街づくり研究会」という名前で毎日予約されている。何だろう?


 翌日、ナノにその話をすると、隣の部屋から話の内容を聞いてみようということになった。


 街づくり研究会の時間。隣の6番会議室に私とナノ、マホ、サフィーヤさんが集まった。壁に耳を付けてみると話声が聞こえてくる。


「では、専門店地区のこの階を壁で囲いますか」


 ソーラーキャッスルの設計の話だ。改善案があるなら私に言ってくれればいいのに、なんで私に秘密にするんだろう。


「ああ、それがいい。完全に隔離された空間にするのだ」


「これで、ピコたち邪魔な連中を気にしなくてよくなるな」


 私たちを閉じ込めるって事!?


「素晴らしい! そうなれば、この街で我々が何をしようが自由ですね」


「クハハハハ……! 心を解き放つがよい! 我々が人々を解放するのだ!」


「この街は我々のものだ!」


 クーデター!? 私たちに代わってソーラーキャッスルを支配するつもり!?


「これって、かなりまずいのー」


 ナノたちは険しい表情をしている。私はうなずいた。


「うん、止めなきゃいけないよね」


「踏み込むのでしたら、わたくしが皆さんをお(まも)りしますわ」


「私も行くデス」


「踏み込んだときに何と言うか決めませんこと?」


「えーと、『何を計画してるんですか』かな?」


「『おとなしく両手を挙げて、壁に手をつくデス!』」


「『そこまでですわ! 世に(あだ)なす悪党ども、成敗(せいばい)いたしますわ!』などいかがでして?」


「アニメみたいにカッコつける必要無いよ! もう、こんな事言ってる場合じゃないって」


「じゃあ行くのー!」


 私たちは6番会議室を出た。マホが障壁魔法で光の壁を作り、ナノが7番会議室のドアを勢いよく開けた!


「美少女魔法使い参上なのー! 覚悟はいいのー?」


 なんでそんな恥ずかしいセリフ言っちゃうかなー!


 会議室の中では8人の男たちが図面を広げて会議をしていた。皆びっくりして、こっちを見て固まっている。さっきのナノのセリフは気にしないでほしいんだけど!


「あなたがたが良からぬ計画をなさっていることはお見通しでしてよ」


 マホがそう言うと、男たちの一人が立ち上がった。


「ふっ、ばれてしまっては仕方ありませんね。ならばとくと見るがいい、我々の崇高(すうこう)なる計画を!」


 プロジェクターにプレゼン資料が映った。


   大人の恋と(いや)しの街プロジェクト


「ソーラーキャッスル計画に欠けているものがあります。それは、大人が癒され、恋をし、愛をはぐくむ空間。人と人とが心と心で触れ合い、自分の心のままに生きることが許される場所。それが『大人の恋と癒しの街』、すなわち歓楽街なのです!」


 あー、そういうオチか。心底どうでもいい計画だった。


「この街は3つのエリアに分かれています。『男性向けエリア』にはキャバクラやアダルト写真集を扱う書店などがあります。『女性向けエリア』にはホストクラブや年齢制限のあるBL本を扱う書店などがあります。『カップル向けエリア』にはラブホテルやアダルトグッズを扱う店などがあります」


 マホはなんか遠い目をしている。サフィーヤさんは汚い虫を見るような目になっている。


「この3つのエリアはそれぞれ壁で囲われ、入るには身分証による年齢確認が必要になります。壁で囲われていることで、異性の目を気にすることなく楽しむことができるのです」


 私たちを閉じ込めるための壁じゃなくて、自分たちが閉じこもるための壁だったか。私たちのことを邪魔だと言ってたのは、女から見られていると恥ずかしいからだったわけか。


「なんだ、そういう計画だったんですか。そういう店が必要だと思うなら、秘密にしないで私たちに提案すればいいじゃないですか」


「経営陣は全員女性じゃないですか。こんな提案を一人でするなんて、すごく気まずいですよ! だからこうやって同志を集めて案を練って、集団で提案しようとしてたんです」


 女ばかりだとこういう店の必要性を見落としがちだし、そのことを提案しづらい雰囲気だったわけだ。「会社の経営陣には男女それぞれ最低でも4分の1はいるようにしよう」という「クオータ制」の意義が分かった気がする。


「わかりました、この計画についてこちらで検討することにしましょう」


「ピコさん、検討するんデスカ!? こんなの(けが)らわしいデス!」


 私だって池袋でBL本を買い(あさ)ったこともあるし、そんなに毛嫌いするべきじゃないと思う。サフィーヤさんはそういう経験無いんだろうな。


「嫌な人は近づかなければいいわけだし、違法なことが行われないように管理できてればいいんじゃないかな」


「あたしは大歓迎なのー!」


「ありがとうございます、美少女魔法使いさんたち」


 そのセリフに触れないでー! マホは20歳、他のみんなは23歳だから「少女」と言うには無理があるし!


「ただ、男性が好きな男性は女性向けエリアに行って、女性が好きな女性は男性向けエリアに行くことになるんですよね」


「当然そうなりますね」


「だったら、『女性好きエリア』『男性好きエリア』という名前になるのではないでしょうか」


「なるほど。そう言われると、性的マイノリティーの視点も必要な気がしますね」


 その後、「街づくり研究会」には女性やゲイが加わり、専門店地区の一角の「大人の恋と癒しの街」の詳細を検討することになった。

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