みんなのアイデア 2
翌日、大浴場でナノたちに話してみた。
「ねえ、ソーラーキャッスルの計画は今まであまり明文化されてなかったから、そろそろはっきりさせておきたいと思うんだ」
「まあねー、確かにいい時期だと思うのー」
ナノの顔がほころんでいる。船の中と外の温度差が激しくて疲れ気味なので、ぬるめのお風呂がとても心地よい。
「私もそれを聞きたかったデス」
サフィーヤさんは住人の意見に接する立場なので、住人代表のような意味で会議に参加している。
「プロトキャッスルはソーラーキャッスルを建てるための居住地だから、建設作業と生活に関わること以外は必要無かったよね。でもソーラーキャッスルは目的が違うから、外貨を稼ぐ仕事が必要だよね」
「外貨を稼がないと借金が増える一方なのー」
「で、外貨を稼ぐ主力産業をはっきりさせておこう。まず、ロボット。ソーラーキャッスルには大きなロボット工場があって、部品作りから組み立てまでできるわけ」
「そうなのー。ロボットは稼ぎ頭なのー」
「それから、魔導石。もっとたくさんの人に魔法を教えて、魔導石をもっとたくさん作りたいよね」
「そうですわね。魔法が世界中に普及するためには、もっとたくさんの方々に作っていただく必要がありましてよ」
「そして、電気。大量の鏡で太陽熱発電をして、夏に大量に電気を作って稼ぐわけ」
「遠くの国まで電線を引くのでして?」
「電線だとせいぜいヨーロッパまでだし、貯めておけないよね。だから、電気で水を分解して水素を作るわけ。そこからさらにメタノールかアンモニアを作れば運びやすいし貯めやすい。それを輸出して外国の発電所で燃やせば電気として使えるわけ」
「あら、そのような方法があるのですわね」
「うー、これからの時代は水素がエネルギーとして重要な位置づけになりつつあるぞ。たくさん稼げるチャンスだぞ」
「あともう一つ、ニューロコンピューターのための知識データやソフトウェア。評判主義経済になって、知識データを使った人が知識を提供した人に『いいね』を押せるようになったら、たくさんの人が自分の知識を提供するよ、きっと。他にもいろんな仕事の人がいるだろうし、よその会社もソーラーキャッスルの中にやって来るだろうけど、主な産業はこれくらいじゃないかな」
「ここまでの話に異論は無いのー。たくさん輸出して稼ぐのー」
私とナノとの間に大きな方針のずれは無いようだ。ナノなら全然違う方針をいきなり言い出してもおかしくないから、ひとまず安心できる。
「そういうわけで、プロトキャッスルに無いけどソーラーキャッスルに必要な施設というと、ロボット工場と、水素やアンモニアの製造工場、アンモニアの貯蔵タンクといったものがあるよね。他にどんな施設が必要かな?」
「野球場なのー!」
「ああ、そんな事言ってたね。多分何階か吹き抜けにする必要があるし、設計の早い段階で考えておかなきゃね」
「野球はクリケットに似たスポーツということくらいしか知らないデス。サッカーだとどの国の人も知ってて盛り上がれるデス」
「クリケットもできる野球場なのー」
「クリケット場がどんなものかは知らないけど、そんなどっちつかずな球場を作ったら、多分野球にもクリケットにも使いづらいものになるんじゃないかな」
「野球場でコンサートをする歌手もいるのー。それに比べたら同じスポーツだから相性はいいはずなのー」
ナノはそんなざっくりとした認識で計画を進めることがあるから怖い。
「まあそれについては後で調べよう。コンサートホールも必要だね。でもソーラーキャッスルでプロスポーツの試合をするとなると、どのスポーツもプロチームが最低2つは必要になるね」
「ずっと同じチーム同士の対戦だと盛り上がらないのー」
「サッカーならモーリタニアにもプロチームがあるから対戦できるデス。でも野球のチームは無いデス」
「ルールを日替わりにすると毎日新鮮なのー! 雑巾を投げてほうきで打つ日があってもいいのー!」
「そんな小学校の掃除の時間にやってるようなことをプロがやっても観客は5分で飽きるよ!」
「もっといろんなスポーツの競技場があれば、日替わりで楽しめますわね」
「そうだね、オリンピックになるようなメジャーな競技は一通り競技場が欲しいね」
「屋内スキー場を作るのー! ボブスレーのコースも作るのー!」
「あ、冬季オリンピックの競技場を全部造るのは無理だね」
「夏のオリンピックには乗馬とか射撃とかカヌーとかもあるぞ」
「うん、断念します」
「わたくしは闘技場が欲しいですわ。この世界に無いのが不満でしたわよ」
「殺し合いはしないよ!」
「あくまでスポーツでしてよ。お互いに魔法で戦いあうのですわ。ギリギリ死なない程度の攻撃が迫力満点ですことよ」
「ギリギリ死なない程度のものをスポーツって言わないよ!」
「この世界の魔法は人を攻撃できませんから、そこまで激しいものにはなりませんわ。魔法でキックを加速したり、足元の床を爆破したりして戦うことになりましてよ」
「それを激しくないと言うマホが怖い」
「面白そうなのー! 治癒魔法があるからケガしても大丈夫なのー! 闘技場を造るのー!」
「爆破とかするんだったら、建物の構造にダメージがいかないか心配だな。衝撃を吸収する構造にしないとね」
「プロスポーツの競技場をたくさん作るなら、一般市民がスポーツを楽しめる練習場はもっとたくさん必要デス。競技人口が多くないとプロ選手が育たないデス」
「体を動かすのだったら、ジョギングコースも欲しいわね」
「海水浴場も欲しいのー」
「いいですわね。ぜひ一度、スイカ割りというものを体験してみたいですわ」
「お前ら、そんなお遊びでみんなが満足すると思ったら大間違いだぞ。これからの時代のスポーツは、eスポーツだぞ!」
「プロ以外はお遊びでしょ、それ!」
「eスポーツでないスポーツなんて興味無いぞ。バーチャル世界を全身で体感できるアミューズメント施設を本格的に作るべきだぞ」
「あー、スポーツだけでも意見が全然まとまりそうにないね。これからどうやって計画をまとめていこう」
「まずはピコがたたき台を考えるのー。そこに足りないものをみんなで考えたほうが早いのー」
「やっぱりそうなるか。でもさー、私が考えるとみんなが満足できないものになりそうなんだよね」
私がそう言うと、みんなの顔が曇った。何か言いたげだ。
「全員が満足するものなんてそもそも不可能だわ。あっちを立てればこっちが立たず、って状況は必ず発生するのよ」
「ことわざにありますわ。『甘党と辛党両方の好みに合わせたら誰も食べない』と」
そんなことわざは無い。きっとマホの世界のことわざだろう。
「だれも満足しない結果にしないためには、まず自分が納得のいくものにしなくてはだめデス」
「ソーラーキャッスルを最初に考えたピコが、自分の考えたコンセプトで一通り考えてみるのー!」
みんなが私を信頼してくれている。私が考えていいんだ。
「ありがとう、みんな」
「ご覧あそばせ。他の皆さんもピコさんを応援してましてよ!」
ナノの持っていたルナをマホが掲げて見せた。あちこちのウェブカメラの映像が映っている。
「ピコさん、あなたの設計に期待してます」
「足りない所は私たちが補いますから、安心して自由に発想を広げてください」
みんな口々に応援してくれている。なんか自信がわいてきた。そっか、この会議の内容があちこちに配信されて……ん? いいのか、これ?
「カメラがオンになってる――!! みんな裸なんだから、映さないでよ――!!」
「あらあら、これはいけませんわね」
マホの光魔法で白い光の帯が発生し、全員の胸が隠れた。
「そうじゃなくて、カメラをオフにして!」
マホがルナのカメラをオフにした。
「あーあ、ばれちゃったのー。もう少しで社内の隠れた人気コンテンツになりそうだったのー」
「イタズラの域を超えて犯罪だからね、それ」
幸い、ナノが大浴場でカメラを使ったのは今回が初めてらしく、今までの会議の動画は探しても見つからなかった。




