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着工

 ナノと一緒に操舵(そうだ)室に行って、陸地が迫る様子を高い所から見た。船はどんどん速度を落とし、沿岸から500メートルくらいの所で止まった。


「いよいよなのー!」


 ナノは船内放送のマイクに向かって手を突き出した。


「ナノ、何するつもり? 『総員、戦闘配置』とか『主砲発射』とか言っちゃだめだよ」


「わかってるのー」


 ナノはバツが悪そうに手を下ろし、マイクを入れた。


「みんなー、長い船旅お疲れ様なのー。船は目的地に到着したのー。いよいよあたしたちの計画を実行に移す時が来たの―。プロトキャッスル、着工なのー!」


 作業員たちが次々と浮遊魔法で岸に向かって飛んで行った。人魚号が接岸する港を作るのだ。


 マホが海に飛び込んだ。自分の周囲に空気を確保していて、大きな泡の中に入っているように見える。マホが潜っていくと、海に大きな渦が巻き起こって茶色く濁っていった。魔法で海底の砂を取り払っているのだ。波が高くなっていき、船が揺れる。しばらくして海の中からマホが現れた。


「砂を取り除くことは出来ましたけど、船が入れるようにするには海底の岩を削る必要がありますわ。もっと人数が必要でしてよ」


 作業員たちが海に飛び込み、錬成魔法で海底の岩の形を変えていった。時々大きな波が起きる。200メートル以上ある人魚号が入れるくぼみを作るのだから相当な大工事のはずだが、魔法を使っての工事はすごいスピードで進んでいるようだ。


 翌日、人魚号が入ることができるほど海底の岩をくぼませることができた。船はそのくぼみの場所までゆっくりと移動し、そしてジャッキを起動した。人魚号にそびえる4本の柱が徐々に下がっていき、海底の岩に接地すると、今度は船体が徐々に持ち上がっていった。船に脚が生え、この場所に固定されたのだ。これでもう船の揺れに悩まされなくてすむ。


 岸のほうでは、砂を錬成魔法で固めて四角いブロックを作る作業が行われている。これを海に沈めて港の岸壁にするのだ。100メートルほど離れた所がプロトキャッスルの建設地で、今は作業員が砂を運び出したり測量をしたりしている。




 1週間たち、岸壁と桟橋(さんばし)がだいたい形になってきた。船から桟橋にタラップを下ろし、ようやく魔法無しで上陸できるようになった。プロトキャッスル建設地では地下1階を作るために錬成魔法で岩に穴を掘る作業が進められている。


「毎日地形が変わっていくのー。面白いのー」


 食堂で夕食のカレーを食べながらナノが言った。


「もう港の形が出来ているんだから、すごいスピードの工事だよ。魔法ってすごいね」


「魔法はこういう土木工事に向いていますわ。仕上がり具合を気にしないでよい場合でしたら特に、力任せで思い切りぶちかませましてよ、おほほほ」


「上品な口調で大胆なこと言ってるね。最近この船の燃料の消費が激しいって聞いてるけど、魔導石の魔力消費が激しいからたくさん発電する必要があるんだ」


「何トンもあるブロックを海に向かってぶん投げるのはスカッとするッスよ。ピコ先輩もやってみるッス」


 チアが特盛カレーを食べながら言った。いつも外にいるのだろう、だいぶ日焼けしている。


「私はいいよ、おしとやかだから」


「あらあら、ピコさんはいつもおしとやかにツッコミなさってるんですわね」


 普段の私のツッコミの声が大きすぎると言いたいんだろうか。


「プロトキャッスルは最初にどの施設を作るんスか?」


「下水処理施設だよ。下水処理に使う機械は船に積んであるんだ」


「なんで下水処理施設ッスか?」


「地下にあるから先に作りやすいってのもあるけど、人魚号の汚水タンクが貯まる一方なのを早くなんとかしたいってのが大きいね」


「汚水タンクが満杯になっちゃったらねー、海がうんこだらけになるのー!」


「人がカレー食べてるときにそんなこと言うなー!」


 また大声でツッコんでしまった。やっぱり私はおしとやかにはできない。


「ピコ先輩がそんな事言うから想像してしまうじゃないッスか。状況としては、このコップが海だとして、カレーをこうやって……」


「実演しないでよ――!!」


 私は魔法でコップの向こうに障壁を展開し、チアのスプーンを食い止めた。

挿絵(By みてみん)

「うわっ! なんで魔法を使うんスか!」


「そんなことしたら後悔(こうかい)する以外無いよ!」


 周りで食事をしている人たちが私たちに注目しだした。いったい何が起きたのかと騒ぎだしている。


「今、ピコさんがこの食堂を危機から救ったのですわ」


 マホがそう言うと拍手が起こった。恥ずかしい! 拍手されるようなことはやっていない! でも、今起こったことを詳しく説明したら、この危機を食堂中に広めてしまう。私は黙って縮こまるしかなかった。


 窓の外を見ると、遠くからバスがやって来るのが見えた。この近くは道路が無いので荒野を突っ切っている。ひどい乗り心地だろう。


「おー、やっと来たのー。首都ヌアクショットからねー、これから人魚号で暮らす31人がご到着なのー」


 モーリタニアだけでなくアフリカ各地からも集まった作業員たちだ。それぞれオンライン講習とかで魔法を習得済みだという。それとは別に、モーリタニア政府から派遣された公務員も2人いる。




 翌日、政府からやって来た公務員のうちの一人が会議室にやって来た。アラブ系の20代の女性だ。ルナの翻訳機能を使った合成音声で語りかけてきた。

挿絵(By みてみん)

「ヌアクショットで公務員をやっていた、サフィーヤデス。よろしくデス」


「よろしくなのー。かわいい娘なのー」


「あなたのほうがかわいいデス」


「なんか語尾の『デス』が強調されて聞こえますね。ルナの翻訳がうまくいってないんでしょうか?」


「いえいえ、私が頑張ってこういう調整にしたのデス。このほうが外国人キャラを強調できると聞いたデス」


 誰だ、その知識を教えた人。


「無理してそういうキャラを作らなくていいですよ」


「語尾は『アルヨ』のほうが良かったデスカ?」


「そんなことないですから!」


 ほんとに誰だ、そんな変な日本語知識を教えた人は。


「プロトキャッスルには市役所ができると聞いたデス。でもいきなり始めるのは難しいデスので、まずは私が一人市役所になって、この船の皆さんのお役に立つことになったデス」


「あれ、公務員はもう一人いましたよね」


「もう一人は警察官デス。彼もいろんな困りごとを解決してくれるはずデスが、小さな困りごとはまず私に相談してほしいデス」


「なるほど、これからよろしくお願いします」


「それから、この船の皆さんの暮らしを良くするのが私の仕事デス。なので、どうしたらもっと暮らしが良くなるか、たくさんの人たちから意見を聞いて、あなたたち経営幹部の皆さんにお伝えするデス」


「わかったのー」


「それから、この楽園という会社がモーリタニアを乗っ取ろうとしていないか、経営幹部から情報を聞き出すスパイの任務もあるデス。そういう話があったら教えてほしいデス」


「それを私たちに言っちゃあスパイになりません!」


 この人、とんでもないアホキャラ?


「いいんデス。私にスパイをやれと命令してきた上司のやり方にはうんざりなのデス。なので私の上司には適当にごまかして、あなたたちとはなあなあの関係でやっていきたいのデス。そういう私の立場があるので、くれぐれもモーリタニアを乗っ取ろうという考えは起こさないでほしいデス」


 なんだ、わざとか。自分の上司よりも私たちのほうをいきなり信用してくるということは、その上司はよほど嫌われ者なのだろう。


「じゃーねー、サフィーヤはもうあたしたちの仲間なのー! あだ名で呼びたいのー! どんなあだ名がいいのー?」


「では、『スパイ』と呼んでほしいデス」


「『スパイ』と呼ばれてる時点でスパイじゃないでしょ!」


「そうデスね……いや、あだ名ではなく、そのまま『サフィーヤ』と名前で呼んでほしいデス」


「わかったのー」


 その後、サフィーヤさんと一緒に食堂に行った。食堂のメニューは全部日替わりで、普通の3種類の定食のほかにイスラム教徒向けのハラル定食がある。サフィーヤさんはハラル定食を受け取った。


「ハラル定食って初めて見ましたけど、わりと豪華ですね」


「そうデスカ? 人魚号は豪華客船だそうデスけど、日本の豪華客船はわりと質素デスネ」


「人魚号は以前は豪華客船でしたけど、今は改装して豪華じゃなくなってるんです。建設作業のための拠点ですから」


 サフィーヤさんはそれから様々な苦情に対応してくれた。隣の部屋がうるさいとか、時計が止まっているとか。そういう経験から、船内のルールが徐々にしっかりしたものになってきた。船内の行政手続きはルナを通してできるシステムになっているけど、それぞれの人がどんな問題を抱えているかは話してみないとわからないものだね。




 着工から半月ほど経ち、八月になった。連日厳しい暑さが続く。私は船から外に出る気がしないけど、みんな外で働いている。


 プロトキャッスル建設地では、9つのグランドシャフトの基礎部分が出来つつある。岩を錬成魔法で変形させて円柱状にしていっているので、岩盤と一体化した構造になっている。下水処理施設はまだ稼働していないものの、人魚号の汚水タンクから汚水を移すことができるまで工事が進んだ。


 港の工事も急ピッチで進み、人魚号のほかにもう1(せき)泊められるようになった。そこに補給物資を積んだ貨物船がやってきて、食糧、水、燃料、建設資材、日用品などを人魚号に補給していった。発電機やタービンも積まれていて、これで発電所の建設を進めることができる。


 ピコパイプ製造装置は作業員たちが2時間交代で使っていて毎日フル稼働している。そのおかげでプロトキャッスル建設地の隣にピコパイプが山積みになっている。


 ここから一番近い道路まで40キロくらいあるけど、そこまでの間に簡単な道が出来つつある。石や砂を取り除いて車が走りやすくしたものだ。


 その道を通ってチアたち魔法講師が首都ヌアクショットに旅立っていった。そこで新たな作業員を雇って魔法を教えていくため、半年ほど滞在するという。


 船内のあちこちに2次元バーコードが貼られている。いろんなものに「いいね」を押せるようにする実験が始まったのだ。うまくいくといいな。

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