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船旅 4

 船がさらに南下して赤道あたりに来ると「赤道祭」を勝手に始めた人たちがいた。船が初めて赤道を超えたときにするという船乗りの風習らしいけど、やっていることは一発芸と酒を飲んでの大騒ぎだ。みんな暇だから騒ぎたいらしい。


 そして船はジャカルタの港に到着した。ここで1日くらい停泊して物資の補給を行う。その間に私たちは楽園ジャカルタ支社を訪問した。社員数は少ないけど、やっていることは本社と同じなので雰囲気は似ている感じがする。魔法の講習のやり方にはやや独自性があるようだ。そして、このジャカルタ支社から社員32名、家族4名が新たに船に乗り込んできた。人魚号もいろんな言葉が飛び交うようになってきた。


 ジャカルタを出発し、船は西へ。今日の大浴場での経営会議は委員長が生理中で欠席。話題をよく出す人がいないうえに大抵の話題は議論しつくしたから、相当ぐだぐだした集まりになってきている。私が何か議題を出さないと。


「そろそろ、ソーラーキャッスルの設計を考えたいんだよね」


「じゃーピコが考えるのー」


 即座に話題を潰された。納得いかない。


「私一人で考えていいの? 権威主義だとみんなの不満がたまるって言ってたよね」


「ならねー、社員にアンケートでアイデアを集めるのー。お題はねー、『なんだそれ! ソーラーキャッスルにしか無い施設とは?』なのー」


「なんか大喜利(おおぎり)のお題になってるよ。『なんだそれ!』は必要? ユニークであればいいんだよね」


「まあそんな感じでアンケートしておくのー。それにしてもねー、みんなのおっぱいも見飽きてきたのー。誰か別の人を呼んでみたいのー」


「えっと、経営会議って何をする集まりだっけ」


「そういえば、ジャカルタから乗り込んでいらした方々と一緒にお話ししてみたいですわね」


「あいつらがこの日本式の大浴場の入り方をわかってるか怪しいぞ」


「だったらここで大浴場マナー講習会を開くのー! あたしたちでレクチャーしてあげるのー!」


「経営会議はどこ行ったの」


「殿方にはどなたがレクチャーなさいまして?」


「男のほうはどうでもいいのー」


「こういう話してもお風呂を出るとすぐ忘れるぞ。こういう時にルナに議事録作成を任せると便利だぞ」


「ああ、ルナの議事録機能は私も他の会議で使ってます。便利ですよね、発言内容をあとで検索できるし。でもお風呂にタブレット端末を持ち込むんですか?」


「防水ケースを使うといいぞ。マナー講習会でこの方法を勧めるぞ」


「録画できる機器を大浴場に持ち込むのは、マナー違反どころじゃなく犯罪です!」


 その後の話し合いで、経営会議中は大浴場を私たちの貸し切りにし、タブレット端末を持ち込んでいいことになった。


 翌日、アジア各地出身の女性たちを集めてマナー講習会が開かれた。ルナを持ち込めないので意思疎通は翻訳魔法が頼りだ。


「このように光魔法を使うのですわ」


 白い光の帯がマホの胸と股を隠した。


「そんなマナーは無いってば!」




 そんな日々の中、私はシステムエンジニアや人工知能の技術者たちと、評判主義経済についてオンラインで意見交換した。


 「いいね」の数や評価コメントを基にして仕事のレベルを上げるというシステムは、技術的には可能そうだ。でも、その評価を公平にするのが難しい。例えば、地震の衝撃を吸収するような構造を作っても、普通の人の目には触れないし、地震が来なければ役に立たない。でも地震が来た時に備えるのは必要な仕事だ。


「そういう仕事も評価するためには、『いいね』の数を一律な基準でレベルに変換してはだめですね。一人ひとりに応じて基準を柔軟に変える必要があります」


 私がそう言うと、画面の向こうの技術者は困った顔をした。


「では、その人の上司が判断することになりますかね」


「いえ、それではレベルが上司次第になるので公平ではありませんし、上司の顔色をうかがう働き方になります。私利私欲の無い人工知能が判断するのが公平でしょう」


「そうはいっても、人工知能の判断材料は入力されたデータだけです。常日頃接している人のほうが人工知能よりも優れた評価ができるのではないでしょうか。あ、『常日頃接している』といっても、いつも抱き合ってるという意味じゃないですよ」


「余計なこと言わなくていいです。それよりデータといっても、仕事のスケジュールとか日報とかのデータもオンラインにありますし、その人に結び付くあらゆるデータを集めれば、働きぶりを推測できるんじゃないでしょうか」


「人工知能に与える知識次第じゃないですかね。プロファイリングの専門家の知識データを作ることができれば、ピコさんの仕事ぶりも丸裸にできるかもしれません。あ、『丸裸』といっても、ピコさんが全裸で仕事をするという意味じゃないですよ」


「だからそういう余計なことは言わなくていいですって。でも、誰に知識の提供を頼みましょう。プロファイリングで仕事ぶりを評価できる人って、いますかね」


「私ならできるぞ」


 いきなり後ろから声がした。びっくりして振り返ると、フィオさんがいた。


「わっ、びっくりした。フィオさん、プロファイリングができるんですか?」


「断片的なことから人の能力や個性を見極めるのは私の専門分野だぞ。例えば今画面に映ってるお前、いつもエロい事を考えながら仕事をしてるぞ」


「どうしてそれを! あ、フィオさんは私のストライクゾーンから外れてますので、フィオさんのエロい事は考えてないですよ」


「ほんとに余計なことを!」


 この人がいやらしいことを考えながら仕事をしてるのは誰の目から見ても明らかだと思う。私のことはどんな目で見てるんだか。うちの会社は堂々とセクハラ発言をする人が多くて嫌になる。


 まあそれより、フィオさんには人工知能の判断基準を作るための手本になってもらおう。そのためには、社内にあるデータや外部からの「いいね」などからそれぞれの働きぶりを評価するというのを、フィオさんに実際にやってもらう必要がある。


 そのために、船内にある様々なものに対して「いいね」を押したり評価したりできるようにする。船内のあちこちに2次元バーコードを貼り、そこにスマホを向ければ「いいね」を押すページに行けるようにするのだ。一部の社員だけ使える仮実装でいいので、急いでシステム構築に取り組んでもらうことにしよう。




 船はスエズ運河を抜けて地中海を西に進んだ。七月になり、スペイン南部のモトリルという港に着いた。ここでまた1日停泊して物資の補給をする。マドリード支社からも社員25名、家族3名が新たに人魚号に乗り込むのだけど、マドリードは海からとても遠いので、あらかじめこのモトリルの街に来てもらっていた。私たちはついでにスペインの観光を楽しんだ。


「なんだかわたくしの故郷と雰囲気が似ていますわね。街並みといい、住人の方々のお顔立ちといい」


 確かにマホの外見だと、私たちと一緒にいるよりもスペインの人々と一緒にいるほうが馴染(なじ)んで見える。やっぱりマホのいた世界は、私たちがアニメでファンタジー世界としてよく馴染んでいる、中世ヨーロッパ風の世界なのだろう。あの女神は異世界転生ものの話を知っていて、わざとそれっぽい世界からマホを転生させたんだろうか。


 マドリード支社の人たちは、海底ケーブルを敷設(ふせつ)するための地上側の工事をこのモトリルの街で進めていたという。そして大きなケーブルドラムをたくさん船に積んだ。ここからモーリタニアまでは、光ファイバーのケーブルを海に沈めながらの航海になる。プロトキャッスルは自前の光ファイバーでインターネットにつながるのだ。




 モトリルを出発し、大西洋を南に進む。


 評判主義経済について技術者たちと話したことでだいぶ実現可能性が高まってきた。システムの基礎部分の構築も進みそうだ。このことをナノに話すと、ナノは難色を示した。


「うーん、いくら『いいね』をもらってレベルが上がってもねー、それがお金につながらないとあまり面白くないのー」


「あれ、気が変わったの?」


「あたしはお金を無くしたいんじゃないのー。会社の中でも競争して仕事をたくさんやってもらうために面白くしたいのー。だからねー、レベルアップすると報酬をたくさんもらえるようにしたいのー」


「なるほどね。でも必要な仕事の量は将来減っていくから、働かなくても普通の暮らしは出来るようにしたいな。普通の食事や日用品は無料にして、外国からの輸入品や高級レストランみたいに贅沢(ぜいたく)なものは有料にしたらどうかな」


「それも悪くないのー。でもねー、ソーラーキャッスルの全員が力を合わせたらもっとすごいことができそうなのー。働かない人がいるのは士気が下がるのー。だから食事を無料にしないほうがいいかもしれないのー」


「『もっとすごいこと』って、そんなに必要とされることなのかな。みんなが楽して好きな事をしながらゆったり暮らせるほうが幸せじゃない?」


 ナノは悩んでいる。「みんなで楽をしたい」と「みんなで成果を出したい」がせめぎ合っているようだ。


「考えておくのー。システムの構築は進めておいてほしいのー」


 そんな計画を練っているうちに、船はモーリタニア沖にやって来た。陸地が近づいてくる。


 今まで設計図だけだったプロトキャッスルを、これから現実のものにする。建設開始の時が来た!


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