船旅 3
私とナノ、マホ、委員長、フィオさんは連日、大浴場で経営会議を開いた。
「この船に乗っていると全然お金を使わないわね」
湯船でゆったりしながら委員長がつぶやいた。毎日会議しているから議題が尽きたようだ。
「私はネットで有料の動画配信サービスを使ってますけど、他にお金がかかることはありませんね」
食堂での食事や日用品の他にも、宴会場の棚に置いてあるお菓子も無料だし、美容室も無料。プロトキャッスルが本格稼働するまではお金を使うあてがない。
「若いうちにお金をためておいて悪いことはないぞ」
「そうはいっても、もしこの船のシステムがこのまま発展してソーラーキャッスルになったら、お金が要らなくなりませんか? 住民がみんな楽園の社員で、社員は会社の物を自由に使っていいってことになったら、どんな物でもみんなで共有しているのと同じでしょ。食事も無料かもしれません」
「お金の心配なく生活ができるのでしたら、すごく楽ですわね」
「もしお金が要らなくなったら、いくらでもだらだらできるぞ」
そう言っているフィオさんはすでにだらっとした体勢になっている。
「こういう人のせいで世の中の仕事が回らなくなるわね」
「私は世の中の役に立ちたいですから、お金が要らなくなっても仕事をしたいですよ。これからはロボットが仕事をする時代になりますから、フィオさんみたいな人が仕事をしなくても、世の中は回っていくんじゃないでしょうか」
「うー、私を怠け者の代名詞にしないでほしいぞ。私だって面白い仕事はやりたいぞ」
「そんなことでどうするのかしら。面白くない仕事でもみんな頑張って取り組んでるから、社会は成り立っているのよ」
委員長とフィオさんはいつもいがみ合う。お互いの信念が気に入らないのだろう。
「そういう根性論が無駄な仕事を増やしてるんだぞ。与えられた仕事に疑問を持たないから、役に立たない報告書の作成やチェックばかりに時間を取られるんだぞ」
「不平不満は自分の責任を全うしてから言う事だわ」
今のこの会議の時間もかなり無駄な気がするけど、はたして言っていいものかどうか。
「だいたい資本主義経済ってのは、やらなくてもいい仕事を増やしすぎだぞ。企業秘密なんてものがあるから、よその会社で同じ仕事をするときに全部最初から調べなきゃなんないんだぞ」
「誰かの研究成果を他人が持っていけたら、研究する人がいなくなるわ」
「お前、頭が悪いぞ。お金の要らない社会だと他人に研究成果を持って行かれても損をしないから、企業秘密にする必要がないぞ。役に立たない仕事を我慢して頑張る必要もなくなるぞ」
「面白くない仕事が全部役に立たないわけじゃないわ。代わりにロボットにやってもらうとしても、限界があるわよ」
「だったら仕事を面白くすればよいのですわ」
急にマホが口をはさんで、委員長もフィオさんも固まった。
「それなの――!!」
ナノが勢いよく立ち上がった。
「ソーラーキャッスルを面白経済にするのー!」
「ちょっとナノ、突然すぎて意味がわからないよ。最初から説明して」
「今の多くの国はねー、政治は民主主義で経済は資本主義なのー。でもねー、1つの会社の中だとねー、政治は権威主義で経済は共産主義なのー」
「権威主義?」
「立場が上の人が下の人を服従させてねー、逆らったら罰することで秩序を保つのが権威主義なのー。物事の方針を決めるときはねー、立場が上の人が全部の責任を負うのー。立場が下の人が意見を言えないから不満がたまるしねー、自分勝手な人がトップになるとみんなが困るのが問題なのー」
「そうそう、ナノの自分勝手さには苦労したよ。私の意見を言う機会も無いときもあったし」
「それは昔の話なのー。今はちゃんとみんなの意見を尊重してるのー」
「わたくしのいた世界では、その権威主義が普通でしたわ」
「王様が権力のトップにいる国は権威主義なのー。民主主義ってのはねー、みんなが対等な立場でお互いに法律を守ることで秩序を保つのー。政治もみんなの意見を取り入れてみんなが責任を負うのー。みんなが頑張らないと無責任な政治になっちゃうのー」
「なるほど、そう言われると確かに会社ってのはあんまり民主主義じゃないね」
「会社同士はお金を稼ぐ競争をしているからねー、国の仕組みとしては資本主義なのー。でも会社の中で働く人たち同士は競争なんてしてないのー。みんなで協力して仕事を進めてねー、稼いだお金もみんなで分け合っているから共産主義なのー」
「まあ確かに」
「この船の中だと1つの会社だけで社会が成り立ってるのー。だから共産主義なのー」
「お金すら要らない状態だから共産主義も超えて、原始的な村の共同体っぽいわね」
「この船の状態がそのままソーラーキャッスルになるとねー、誰もちゃんと仕事をしたがらなくなるのー。そこでなのー! どんな仕事も面白ければみんな本気で仕事するのー! 『面白主義経済』なのー」
なるほど、話がつながった。でも、面白くすることで行動を促すという発想は聞いたことがある。
「『面白主義』なんて言うとふざけた経済みたいだよ。やってほしいことにゲームの要素を組み込んで自発的にやってもらうってのは、『ゲーミフィケーション』って名前があるよ」
「ゲームする仕事ならお金をもらわなくてもやるぞ」
「ゲーム要素って例えばどんなのなのー?」
「ぱっと思いつくものだと、レベル上げの要素を入れるってのがあるね。仕事で成果を上げるほど自分のステータスが数字として上がっていって、称号をもらえたりするっていう」
「うー、それだと今とあまり変わらないぞ。面白くないぞ」
うーん、そんな簡単に面白くはならないか。お金をもらうのに匹敵するくらい魅力的にするにはどうすればいいんだろう。
「そもそも仕事でお金をもらうのって、どういう魅力があるんだろう?」
「お金が無ければ生活できませんわ」
「それはそうだけど、それだと生活するのに十分なお金があればそれ以上は働かなくていいわけでしょ。どうして資本主義社会だとお金持ちがさらにお金を稼ごうと競争するんだろう?」
「下賤の民からお金を巻き上げるのが楽しいのー」
「どんだけ極悪なお金持ちだよ! なんか考え方がリンみたいになってるよ!」
「競争に勝つ優越感というのはあるぞ」
「お金持ちの方々は、高価なものをお買いになることで見栄を張られますわ」
「そういえば、おじいちゃんの世代だと、高価な服とか時計とかバッグとか車とかを見せびらかし合ってたんだってね。どうしてなんだろ」
「高価なものを買えるという経済力を見せることで、社会的信用を得られたらしいわよ」
「じゃあ今の時代だと何が社会的信用につながるんだろ」
「フォロワー数なのー」
「あー、それあるよね、SNSのフォロワー数が多いほど偉いって雰囲気」
「では、仕事の報酬にフォロワーを差し上げればよろしくてよ」
「そんなフォロワー嫌だよ! フォロワーって誰かに仕向けられてなるものじゃないって! 仲良くなりたい、もっとその人のことを知りたいって思うからフォロワーになるんだよ」
自分でそう言いながら思った。じゃあフォロワー数ってのは人としての魅力という意味があるわけか。だからみんなフォロワー数を競いたがる。お金の場合も、「お金があるのは仕事がうまくいっているからなので、高価なものを持っているのは信頼できる証」と考えれば、高価なものを見せたがるのも納得できる。だったら、そういう人の魅力を表す数字を定義することができれば、みんなが競って求めるような報酬になるんじゃないかな。
「私たちで新しい数字を作ろうよ。『魅力レベル』とか『能力レベル』とかさ。例えばこのお風呂が気に入ったら、スマホでこのお風呂の『いいね』ボタンを押すんだよ。そうしたら、このお風呂を作った人やお風呂の掃除をしている人のレベルが上がるわけ。そのレベルは誰からでも見ることができるようにしていたら、みんないい仕事をしようと競いだすと思うよ」
「それ、うまくいきそうなのー! 『いいね主義経済』なのー!」
「せめて『評判主義経済』って名前にしておこうよ」
「役に立った仕事を評価すれば、何の役にも立たないクソつまらん仕事が無くなるぞ。企業秘密も必要無くなって、いいことづくめだぞ」
「研究成果を横取りして『いいね』をもらっても、もらった人じゃなくて研究した人のレベルが上がるようにする必要がありますね」
「仲間内でお互いに『いいね』を連打し合ったら簡単にレベルが上がらないかしら?」
「そういう不正を見抜く技術が必要になりますね。人工知能でなんとかならないか相談してみましょう」
「誰もが楽して楽しく暮らせる社会にまた一歩近づけますわね」
「ピコ、技術的な実現可能性を検討してほしいのー」
社内のシステムを改良していけば、この評判主義経済を実現できそうな気がする。もっと深く考えてみることにしよう。




