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船旅 1

 出航当日。港はたくさんの人でごった返している。私の両親も見送りに来てくれている。これから何年間かは帰ってこない予定なので、それまで両親とはお別れだ。


「じゃあ、私、行ってくるね」


 軽く手を振ってからタラップを上がった。あまりしんみりとはしたくないから、このくらい簡単な別れ方でよかったと思う。


 9階にある私の船室のドアを開けた。ベッドと机とテレビが元々備え付けられていて、それに私がタンスを追加してある。あっさりとした狭い部屋。一応小さなユニットバスが付いているけどキッチンは無いので、一人暮らしのアパートというよりは寮のような感じがする。私の荷物の詰まった段ボールが積まれているけど放置して、とりあえずベッドに仰向(あおむ)けになった。


 少ししてナノがやって来た。


「ピコ―、一緒に出かけるのー」


 ナノはこういうときにはしゃぎたがる。私は一人でゆっくりしようかと思っていたけど、まあせっかくだから一緒に楽しむことにするか。


 私たちは10階に行き、マホの部屋を訪れた。私の部屋よりだいぶ広い部屋だ。


「おー、やっぱり広くていい部屋なのー」


「わらわとマホの(あい)部屋じゃから広い部屋になったのじゃ」


「そっか、リンも一人と数えられたんだね」


 マホの部屋は結構荷物が多い。何割かはリンのものだろう。


 マホとリンも一緒に6階をうろついてみた。6階の大部分を会議室や作業場にしたので、仕事の始まっていない今は静かだ。元々ショップだった所は日用品置き場。石鹸(せっけん)や文房具、ビニール袋などから、下着、作業着、水着なども置いてある。その一角は釣り具スペースになっている。


「ここはお店ではありませんこと?」


「お店みたいに見えるけど店員はいないし、お店じゃないんだよね。それぞれが必要なぶんだけ自由に持って帰っていいんだよ」


「ここにあるのが全部無料じゃと! なんということじゃ」


「おかしいな、そういう連絡があったはずだけど。リンの仕事って何だっけ」


「無料じゃと、皆が我先にと争って持ち帰ってしまうではないか」


 リンはティッシュ2箱を抱えた。リンには大きすぎて、他に何も持てなくなっている。


「必要以上に持ち帰ることに意味が無いよ。こんなティッシュが大量にあってうれしい?」


「品切れになると困るでのう、今から確保しておくのじゃ」


「倉庫にはまだ在庫があるし、1か月ごとに補給物資を積んだ船が来るから大丈夫だよ。品切れになるとしたら、こうやって必要以上に確保する人が原因だよ。みんなで譲り合わなきゃ」


「むう……」


 リンはティッシュ2箱を棚に戻した。ナノはティッシュ5箱を棚に戻した。


「ちょっ、ナノー! 率先(そっせん)して何やってたの!」


「気にしなくていいのー。それより、そろそろ出航の時間なのー。甲板(かんぱん)に行くのー」


 甲板にはたくさんの人が集まっていた。向かいの桟橋(さんばし)にも見送りの人たちが集まっている。その中に私の両親もいる。紙テープを配っている人がいたのでもらっておいた。


「それをどうするのかしら?」


「ほら、向こうでやってるでしょ。あんなふうに、見送りの人に向かって投げるんだよ。あ、なかなか狙い通りに届かないね」


「こうすればよろしくてよ」


 マホは紙テープを投げると、念動魔法で私の父のほうに飛ばした。そして父をぐるぐる巻きにした。


「相手の動きを封じる攻撃じゃないよ!」


「アニメではよくこういうふうにやっていましてよ」


 船が動き出した。


「あらあら、これからどうするのがよろしくて?」


「引っ張り上げるのー」


 父に巻き付けた紙テープをマホが魔法で引っ張ると、父は勢いよく飛んできて甲板に落ちた。


「これがカツオの一本釣りなのー」


鴨川勝男(かもがわかつお)を一本釣りするなー!」


「勝男さん、わたくしに釣られちゃいましたわね」


 父は赤面している。


「お父さんも、まんざらでもない顔しないでよ!」


 私は父をかついで桟橋まで浮遊魔法で飛んで行った。お別れをやり直さなきゃ。


 二度目のお別れを済ませて、私たちは12階の大浴場に行き、湯船に浸かった。


「ここのお風呂はずいぶん狭くなりましたわね」


「それでも10人くらいは入れるのー。毎日ここで会議できるのー」


 浴槽が狭くなったとはいえ、みんなでくつろぐには十分。船の揺れで波ができるのが普通の大浴場には無い光景だ。


「やっぱりね。ナノがお風呂で会議したがるだろうなと思って、この大浴場は撤去しなかったんだよ」


「ピコよ。お風呂で会議するというのはのう、アニメではよくある光景なのじゃが実際は常識的に考えておかしいのじゃ」


「今更そんな事言わないで! もう十分ツッコんだから、いいの!」


 お風呂の後は11階の宴会場で休憩。


「ヒモのぶら下がった蛍光灯なのー! これがあるとくつろげる雰囲気になるのー」


「今でも売ってるんだよね。あ、そろそろ夕食の注文をしておこうよ」


 私はタブレット端末「ルナ」を取り出した。


「ルナ、今日の夕食のメニューを出して」


「今日はねぇ、A定食が八宝菜、B定食がマグロの照り焼き、C定食がチキングリルだよぉ」


 画面には3種類の定食の写真が出ている。


「あら、便利ですこと。これが新しい社内システムなのですわね」


「そう、500人ぶんの食事を効率よく用意するために、システムエンジニアたちが頑張って作ったんだよ。C定食を予約して」


小鉢(こばち)を選べるよぉ」


「揚げ出し豆腐」


「白米・五穀米・パンから選べるよぉ」


「白米。意外と面倒くさいね」


「ご飯の量はぁ、少なめ、普通、大盛、特盛、メガ盛りから選べるよぉ」


「あー、普通で」


「ピコちゃんの体格にしてはカロリー高めでぇ、ビタミンが足りてないよぉ」


「余計なお世話! だったらメガ盛りなんて選択肢を出さないで!」


「じゃあぁ、自己責任ってことでぇ、注文しちゃうねぇ。18時37分頃取りに来てねぇ」


 なんだろう、この胸糞(むなくそ)悪さ。選択肢から選ばせてからのダメ出しは、上から目線でこっちを試しているように感じる。


 5階の食堂に行った。元々はきらびやかなレストランだったけど、今はフードコートか学生食堂のような雰囲気だ。予約番号を確認してC定食を受け取る。プラスチックのトレーがなんとも庶民っぽい。


 マホがカウンターの奥に声をかけた。


「あの、お刺身定食はできておりますかしら?」


「ああ、大盛刺身定食お待ちどう」


 出てきた料理はメニューに載っていないものだった。


「ええっ!? こんなのメニューになかったよね?」


「先週、料理人の方にわたくしが直接お願いしましてよ」


「なんかくやしい! っていうか、ずるい!」


 ここの食堂は給料から定額の料金が引かれる仕組みになっている。なのでいくら食べても無料だ。だからあまり自分勝手はできないと思ってたんだけど、マホの食に対するこだわりの前では些細(ささい)な事だったようだ。


「やはり出航当日に食べるお刺身はとても新鮮ですわ!」


 マホの食べっぷりを見ていると、なんか私のチキングリルが安っぽく感じてしまう。そのうえカロリーを指摘された後ろめたさもあり、あまりおいしく感じなかった。

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