豪華客船 2
その翌日から、私は船の改装の方針を考えるのに取り掛かった。
人魚号は12階建て。1階と2階が機関室と倉庫。3階と4階が船員の船室。5階と6階はレストラン、厨房、ホール、カジノなど。7階から10階が乗客の船室。11階と12階はレストランに大浴場、フィットネスジムなど。屋上はプールになっている。
客室はほとんどが二人部屋でバス・トイレ付き。値段の高い部屋は比較的広いけど、普通の部屋はビジネスホテルよりも狭い。
これを建設作業員たち600人が半年以上も暮らす部屋に変えるとなると……。ほとんどの人は独身か単身赴任だから、一人部屋のほうがいいよね。普通の二人部屋からベッドを1つ取って、一人部屋にしてしまおう。そして値段の高い部屋は家族向けか相部屋。
船員の船室は壁を取り払って建設資材や重機の倉庫にしよう。といっても、ダンプカーやクレーン車は天井がつかえて入らないか。4階の床を一部取り払って吹き抜けにしよう。
レストランは1つあればいいよね。ホールは大会議室として使うかな。カジノは必要なし。フィットネスジムくらいは残しておいたほうがいいかな。映画館は不要。医務室は必要。ランドリーは必要。プールは不要。大浴場は、それぞれの船室にお風呂があるから不要……
いや待てよ。ナノは会社に大浴場が必要って言ってたくらいだから、この大浴場を無くしたらきっと怒るだろう。ナノのために残してあげよう。
ショップは、お土産を売るのはやめて、生活必需品がそろうようにしよう。日用品だけじゃなくて服も必要かな。
要らなくなった部屋は何に使おうか。会議室は必要だよね。プロトキャッスルの床や設備を作るための作業場も必要。あとは荷物置き場かな。屋上のプールはトレーニング場に変えてしまおう。
ここまで考えた案を資料にして、会議で発表してみた。
「おいおい、こんな場所で半年以上も暮らすって言うのかい? 楽しめる場所が何もないじゃないか」
そう口をはさんだのはショウさん。珍しい。
「想像してごらんよ。休みの日に、この船で君は何をして過ごすんだい?」
そんなのすぐに想像つく。
「自分の部屋でアニメを見て過ごします。あとネットも見ます。そのために日本の衛星放送を受信するし、衛星経由でネット接続できるようにもするんですよ。休日を過ごすための最高の環境じゃないですか」
「そんな、休日に部屋から全く出ないって言うのかい!?」
「めったに外出しませんね。ショウさんは休日は何をしてるんですか?」
「そうだな、大通りを散歩してかわいい女の子に声をかけて、一緒に食事して、遊園地や水族館に行って、夜はレストランやバーかな。ということは、女の子のたくさんいる大通りと、遊園地と水族館が必要だね」
「船に乗るのは建設作業員がメインなので、男性が大半なんですよね。全員女装してもらいましょうか。ショウさんは遊園地のフリーフォールの代わりに、甲板から海に突き落としてあげましょう。海の中ではリアルな生態のお魚を見放題、水族館よりすごいですよ」
「やめてくれー! 地獄だ!」
どっと笑いが起きた。おびえるショウさんに代わってチアが口をはさんだ。
「さすがに遊園地とかは必要ないッスけど、要はみんなでバカ騒ぎできる場所が欲しいってことッスよね」
「水族館ってバカ騒ぎする場所だったっけ」
「たくさんの人が集まって何かして遊びたいって事なのー」
「そういう事ッス。自分はサッカーでもできたら満足ッスけど」
「空母と勘違いしてない? 豪華客船はそこまで広くないよ」
「畳の部屋を用意してねー、ゲーム機とテレビをたくさん置くのー!」
「ずいぶん家庭的な楽しみ方になったね」
「それ、いいアイデアだぞ。ポテチとコーラで盛り上がりたいぞ」
「ゲームやコーラでバカ騒ぎするだなんて、子供かしら」
委員長は我慢ならない表情でメガネに手を当てた。大人だな。
「クソ真面目な委員長には我々の気晴らしなんて理解できんぞ」
「ほんとに発想が子供だわ。いい、バカ騒ぎするなら酒よ!」
ダメな大人だった――!
「缶ビールにスルメが置いてあるといいわね。あとはカラオケかしら」
「豪華客船が庶民客船になるね」
「シャンデリアを取ってねー、ヒモのぶら下がった蛍光灯に変えるのー」
「我は扇風機に当たりながらスイカ食べてゴロゴロしたいものだ」
豪華客船をここまで家庭的に変えちゃっていいのかな? でもみんな、くつろぎたいわけか。
「わかった、そういう集まってゲームする部屋は用意するよ。他に何が必要?」
「床屋」
誰、今言ったの。そっか、何か月も船に乗ってたら髪を切りたくなるよね。
「じゃあ理容室・美容室を追加ということで。他は?」
「揺れると眠りにくいですわ。そこでクエストでしてよ。波が来ても揺れないベッドを設置するのですわ」
「あたしもスヤァと安眠したいのー!」
「そんなに某アニメの姫みたいな要求されてもねえ。そりゃあ私も欲しいけど、免振装置ってゆっくりとした揺れは吸収できないんだよね。他に船に必要なものっていったら何があるかな?」
「主砲ッス!」
「そんなの要るか――!!」
「えー、せっかくの大きな船なんスから、ビーム撃ってみたくないッスか?」
「できないよ!」
「皆さんで力を合わせて砲身に魔法を込めれば、ものすごい威力のビームを撃つことが可能ですわ」
「そんなの使う場面無いから」
「せっかく改造するんだから何かでっかいもの付けたいのー」
「でっかいもの、ね……」
ホワイトボードに船の絵が描いてある。これに何かでっかいものを付け足すとしたら何だろう? 絵をじっと見ていたらだんだん犬に見えてきたので、足を4本描き足してみた。
「SEP船ね。なるほど、それなら揺れないわね」
え、委員長、聞いたことも無い単語が出てきたよ。それって何?
「何スか、それ」
ありがとうチア、いいタイミングで聞いてくれて。
「停泊中は4本の脚を海底に固定して、ジャッキで船体を海上に持ち上げる船のことよ。海底の掘削に使うことが多いわね」
「ピコ、すごいアイデアなのー! これで揺れなくなって安眠できるのー!」
「さすがピコさん、クエスト達成ですわ」
私、そんなアイデアはちっとも考えてなかったんだけどな。まあいっか。
「せっかくだから船の名前もパワーアップさせるのー!」
「『ネオ人魚号』ッスか!」
「『人魚号零式』の他あるまい」
「足が付くから『足の生えた人魚号』なのー」
「カッコ悪さが突き抜けてて逆にすごいよ、ナノのネーミングセンス! 足が生えたらもう人魚じゃないよ!」
「人魚に足が生えたら『裸の女の人号』ですわね」
「それは問題があるのー。『お姫様号』なのー」
「似た名前の豪華客船シリーズがあるから、それはそれで問題だよ!」
名前についてはいいアイデアが出ず、人魚号のままになった。
その後、私はSEP船について調べて脚を図面に加えてみた。ただ脚とジャッキを追加するだけだとだめで、この脚だけで船全体の重さを支えられるようにしないといけない。そのために4本の脚を梁でつなぎ、その梁を柱や外板にもつなぐ。そのために一部の船室を無くし、特に4階の船員の船室だったエリアに梁やジャッキを配置。梁やジャッキが邪魔なので、4階の床をもっとたくさん取り払うことにした。巨大な吹き抜けの積み荷スペースに重機や資材をたくさん積むことにしよう。
3つあるレストランのうち1つを畳敷きの宴会場にしよう。テレビやゲーム機をたくさん置いて、ジュースの入った冷蔵庫やお菓子の棚も置いておこう。カラオケは……レストランに置いて、食事中に歌を披露できるようにしておこうか。カジノは理容・美容室に変えよう。あと、サッカーは無理でもバスケットボールくらいはできる体育館を作ろう。
私は一週間かけて船の改修の図面を描き終え、委員長に渡した。委員長は私の図面を持って造船会社を訪ね、船の設計士たちと連日打合せした。社内の設計チームでも検討しながら図面を描き進めていった。




