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都市が丸ごと収まる建物の設計を任されたので好きにしちゃう件  作者: 黒魔
2章 ベンチャー企業の技術責任者
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豪華客船 1

 ナノが帰国したあとの週末のこと。私は家で母とテレビを見ていた。


 その番組では豪華客船での旅が紹介されていた。世界各地の観光地を巡って伝統文化に触れる旅。船内には3つのレストランに、カジノ、プール、大浴場、ショップなどがあって、ホールでは毎日違う内容のショーや体験教室が開かれるという。


 母はうっとりしながらつぶやいた。


「ああ、いいわねえ、こういう船旅。お父さんが定年退職したら、夫婦でこんな贅沢(ぜいたく)な旅をしようかしら」


 番組を見ていると、ものすごく贅沢に見えてくる。うらやましいという気持ちもあるけど、お父さんとお母さんが行っても場違いになる気もする。


「お母さんが行って大丈夫かなあ、浮かないかなあ」


「沈没したときは何か浮くものに必死でしがみつくわよ」


「そうじゃなくて。お金持ちたちの中に混じっていけるのかなあってこと」


「大丈夫よ。みんな私たちと一緒で、退職金で行ってると思うわよ」


 広い海原を進む巨大な船。ナレーションが語る。


「この人魚号は就航50周年を迎え、老朽化が目立つことから、今回が最後の航海となりました。横浜港に帰港した後は合同会社楽園に売却される予定です」


 ふうん。そんなの買う会社もあるんだ。なんかうちの会社に似た名前……えっ!?


「今、合同会社楽園って言った!?」


「そう言ったわね。ふうん、お船も扱ってるのね」


「聞いてないよ! ナノったら、また勝手にこんなことを!」


 私はSNSでナノ充てに書き込んだ。


「今テレビで、豪華客船が楽園に売却されるって言ってたんだけど、どういうこと?」


 するとナノから書き込みがあった。


「プロトキャッスルを建てるあいだに作業員数百人が住む船を手配するって、前に言ったのー」


 そういえば、そんな事を言った気がする。


「それで豪華客船を買っちゃったなんて、聞いてないよ! いったいいくらしたの?」


「あー、スマホで文字を打つのは面倒なのー。直接話すのー」


「わかった、電話かけるね」


 私はナノに電話をかけたけど、ナノは電話に出ない。


「電話じゃないのー。直接なのー」


 あれ? スマホじゃない所からナノの声がする。あっ! 窓の外にナノが浮かんでる! 私は窓を開けた。


「ピコと話したくて飛んできたのー」


「魔法で文字通り飛んできたんだ」


 ナノは空中に浮かんだまま窓から入ってきた。靴を履いていないことから察するに、自分の部屋の窓から直接飛んで来たんだろう。


「あら、ナノちゃんいらっしゃい」


 あきれる私をよそに、母は驚きもせずナノを迎えた。 


「で、いくらだったの? 人魚号の値段」


「90億円なのー。古かったから安く買い叩いたのー」


「高いよ!」


「新品の豪華客船を買ったら1千億円してもおかしくないのー」


「会社はまた借金まみれだよ!」


「今度は銀行からの借金じゃないのー。社債を発行したのー」


 金銭感覚がおかしくなりそうだ。1億円の買い物で驚いていた頃が懐かしい。


「人魚号はねー、乗客乗員合わせて1400人くらいが乗れる船なのー」


「それはさっきテレビで知った」


「船室を600人ぶんくらいに減らしてねー、代わりに建設資材とか重機とかを詰め込むのー」


「そりゃまた大改装だね」


「楽園建設のみんなでやるのー。魔法で建設する練習になるのー」


「設計するのは?」


「もちろんピコなのー」


「また私! 建設会社ができたのに、なんでこういう仕事が私に来るかな」


「船の設計は建設会社じゃなくて造船会社の仕事なのー」


「私は造船とは何の関係も無いよ!」


 ナノはその後しばらく私の家で遊んでから帰っていった。




 人魚号の船員のほとんどは別の豪華客船に移っていったけど、13人が楽園に移籍して船のメンテナンスなどをしてくれることになった。その人たちの好意で、私たちは人魚号で一泊のクルーズをすることになった。


 閑散(かんさん)とした船内をうろついてみた。内装はどこも豪華だけど、誰もいない寂しさが漂う。窓の外の海原(うなばら)を眺めると心が安らぐ。


 最上階には人魚号がこれまで訪れた各地でもらった記念レリーフが飾ってあった。長い歴史があったんだな、としみじみ思う。


 広いレストランの真ん中で夕食。たった一人残った料理人が全員分の食事を作ってくれた。


「この船はすごく広くて豪華だけど、ここまでがらんとしてると、なんだか不気味だね」


「何スか、ピコ先輩、怖いんスか?」


「いや、そういうわけじゃないけど」


 鈴木がニヤリと笑いながらつぶやいた。


「我らと船員以外誰もおらぬ豪華客船で、皆これから個室で眠りにつく……。クックックッ、果たして全員が無事に明日の朝を迎えられるかな?」


 背筋(せすじ)がぞわっとした。


「確かにこういう状況で殺人事件が起きる話はよくあるけど……」


「あらあら、この世界は結構気に入ってますのに、またどこかに転生してしまうのかしら」


「どうなるか楽しみじゃのう、ククク」


 マホが泊るのでリンもマホについてきている。


「そんな話はやめるのー!」


「うー、そんなのどうでもいいぞ。私は寝るぞ」


 ナノはだいぶ怖がってるようだけど、他の人は気にしていないようだ。私たちはそれぞれ客室で寝ることにした。


 ベッドに入った。船のエンジンがゴオオオと音を立てている。そのうえずっと揺れ続けているので、なんか寝苦しい。


 ベッドに潜ってじっとしていると、部屋の外から足音が聞こえてきた。カツ、カツ、カツ。私の部屋の前で止まった。何? 私の部屋に用があるの? 部屋には鍵をかけているはず。あれ、ちゃんと鍵かけたっけ? というか、船員さんが合鍵を持っていてもおかしくないよね?


 私の部屋の隣のドアが開く音がした。なんだ、隣の部屋に入っていったんだ。ほっとしたけど、私の心臓がすごく高鳴っている。眠気がどこかに行ってしまった。


 眠れないまま何時間も過ぎ、外が明るくなってきた。私はようやく眠りについた。


 翌朝、目覚まし時計の音で目が覚めた。結局2時間くらいしか眠れなかった。


 レストランに集まって朝食。みんな眠そうだ。


「うー、よく眠れなかったぞ」


「船で眠るのは初めての経験でしたけど、こんなに揺れて眠りにくいものなのですわね」


「怖くて眠れなかったのー」


「どの口がいうかー! どうしてわらわの部屋までわざわざ来て、わらわに抱き付いて爆睡(ばくすい)するのじゃー!」


 鈴木がニヤリと笑った。


「揺れにくい豪華客船といえども、沿岸部の航海ではそこそこ揺れるものだ。クックックッ、果たして寝不足にならず無事に朝を迎えた者はいるかな……?」


「『無事に明日の朝を迎えられるかな?』って、そういう意味だったんだ!」


 チアが元気よく手を挙げた。


「自分、全然平気だったッス! 快眠だったッスよ!」


 この人はどんな状況でもぐっすり眠れそうだ。

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