自治区
八月。楽園建設の社員は100名を超え、楽園グループ全体では350名近くまで増えた。最近は魔導石を売るときに講習をセットにしない場合が多くなってきて、その場合は色々な教材を付けて50万円で売っている。治癒魔法カプセルの発売もあって、毎月の売り上げは6億円ほどにまで成長した。ロボットの本格生産に向けての開発も急ピッチで進んでいる。
そんなある日、ナノがモーリタニア出張から帰ってきた。ナノは会社に着くなり、トレーニングルームにモールや紙テープで飾り付けを始めた。
「ナノ、何してんの?」
「お祝いするのー!」
チアたちがたくさんの食べ物や飲み物を持って入ってきた。
「買ってきたッスよ。唐揚げにポテトにジュース」
お祝いって、モーリタニアで一体何があったんだろう。しばらくして、社員たちがトレーニングルームに集められ、クラッカーを渡された。ナノはアラブ風の派手な衣装に着替えてきた。
「みんなー、重大発表をするのー! あたしねー、女王様になったのー!」
みんなでクラッカーを鳴らし、歓声を上げた。
「「「おめでとー!」」」
「いやいや、おかしいでしょ、庶民が女王になるって。何があったのよ」
「ソーラーキャッスルの住人はほとんどが外国人になるのー。地元の人とは文化が違いすぎてねー、政府が扱いに困っていたのー。だからねー、ソーラーキャッスルは自治区にすることになったのー! 法律も行政も、好きにしていいってことなのー! これはほとんど国といっていいのー!」
「「「イエ――イ!」」」
また歓声が上がった。みんなノリがいい。いつの間にか瓶ビールで乾杯してる人もいる。なんで社内にそんなものがあるのよ。
「モーリタニアって共和国だよ。いくら自治区でも王なんていないよ」
「プロトキャッスルに人が住み始めて選挙で市長と議員が決まるまではねー、あたしが何でも好きに決めていいって言われたのー。これはもう女王と同じ権力ってことなのー。だからねー、この衣装を買ってきたのー」
「『市長と議員が決まるまで』って言われたってことは、自治区のトップは市長なんだよね。王じゃないよね」
「ナノさん、女王就任おめでとうございますわ。新女王にふさわしい盛大なパーティーですわね」
「どこの世界に唐揚げとジュースで戴冠式をする女王がいるっての! マホってパーティーしたことないでしょ」
「あらまあ。前代未聞のパーティーなのですわね」
「しょぼさが、ね」
「そうか、これは戴冠式か。ならば我が冠を授けよう」
鈴木が瓶ビールの栓、俗に言う「王冠」を拾ってナノの頭に載せた。
「新女王ナノよ、民の幸せのために尽力するがよい」
「王冠はあと2個あるッスよ」
「せっかくだからそれもサービスだ」
ナノの頭に3個の王冠が載った。
「王冠を3つもかぶる女王なんて空前絶後なのー!」
「そんなことで喜ぶ女王も空前絶後だよ。それにしても、よく自治権なんて認めてもらったね」
「大統領との交渉でねー、こっちからも色々カードを切ったのー。モーリタニア沿岸部に飲料水と農業用水と電気を供給することとねー、地元の人を積極的に雇用することを約束したのー。そしてねー、最終的には国に治める税金の額で決着したのー」
なるほど、ナノの交渉の結果だったか。
「ただしねー、自治権のほかにこっちからも要求したのー。モーリタニアとモロッコの関係についてはうちは中立でいたいのー。だからねー、うちがモロッコ政府とも交渉することをモーリタニア政府に認めさせたのー」
「モーリタニアの領土内に建てるんだからモロッコの許可は必要ないよね?」
「モロッコと敵対関係になるとあとで面倒なのー。早いうちに両方と仲良くなっておきたいのー」
うーん、パワーバランスは結構危ういんだね。
「まあとにかく、自治区ってことは結構こっちの都合で進められるって事だよね」
「自治区だからねー、イスラムの慣習に従う必要ないのー。豚肉食べてもお酒飲んでもいいのー。公用語も通貨も好きに決めていいのー」
「公用語を日本語にすることもできるってことッスか!」
「でもねー、プロトキャッスルの住人は世界中から集めたいのー。公用語は英語がいいのー」
「えー、英語なんて全然わかんないッスよー」
「ふっ、英会話など我にかかれば翻訳魔法で朝飯前だ。チアもせいぜい翻訳魔法の修練に励むことだな」
「自分、不器用なんで翻訳魔法はなかなか成功しないッス。公用語は日本語を希望ッス」
「まったく、何を甘っちょろいこと言ってるのかしら」
委員長がメガネに指を当てた。低レベルな話に我慢できなくなってきたようだ。
「私なんて英会話も翻訳魔法も全くできないわ! 公用語が英語なんて、もってのほかよ!」
逆だった――!
「え――! 委員長って、すごく頭良さそうなのに!」
「英語を聞きとれるかどうかは別問題よ」
「あ……確かに、私も聞くのは読むより苦手ですね。でも、エンパワー社からいいお知らせがありましたよ。ニューロコンピューターの小型版の開発に成功したそうで、いずれタブレット端末に搭載されるそうです。小さいぶん性能は抑えられますけど、翻訳くらいなら難なくこなせるそうですよ」
「ちょうどいいのー! プロトキャッスルの住人全員にタブレット端末を配るのー! それさえあれば誰とでも会話できるのー!」
「いつも持ち歩くと考えると重さが気になるところだけど、全員が同じタブレット端末を持ってるなら電子マネーとか導入しやすそうだね」
「そうなのー。他にも色々面白いことができるかもしれないのー。プロトキャッスルでの暮らしにどんな制度が必要か、みんなで考えるのー」
「国の法律を全部一から考えるのは大変だぞ」
「ベースはモーリタニアと日本の法律なのー。そのためにねー、モーリタニアから法律の専門家が日本に来てくれることになったのー。その人と協力してみんなで考えてほしいのー」
こうして私たちはプロトキャッスルの建物だけじゃなく暮らしについても設計することになった。せっかく新しい制度を作るのなら、社会の仕組みもなるべくデジタルな方法で回るようにしたい。私は技術部門の責任者として、システムエンジニアたちとナノたちとの間を取り持つ形で会議に参加することにした。




