建設会社と専門家たち 2
私がプロトキャッスルのレイアウトを委員長に渡すと、委員長は一週間の間、考え込んだりフィオさんと相談したりした。そして委員長とフィオさんがナノに相談すると、ナノはスーパー銭湯に行くと言い出した。
土曜日、スーパー銭湯には私のほかにナノ、マホ、委員長、フィオさんが集まった。湯船に浸かると、ナノが話を切り出した。
「これよりねー、プロトキャッスル建設に向けての経営方針会議を行うのー」
「会議をするのにお風呂に来る必要無いっていつも言ってるのに。でもまあ、関係者がみんな女で良かったね」
「お風呂で経営方針会議をしたいからねー、重役に採用するのは女なのー」
「そんなどうでもいい理由で男女雇用機会均等法に違反しないでよ!」
「あー、そういえばそんな法律あったのー。次から気を付けるのー。でもお風呂での会議はやりたいのー」
「お風呂で会議するとだらっとできるぞ。理想の会議室だぞ」
「しかもここの食堂の天丼は絶品なのでしてよ」
「リラックスしていい発想が生まれそうだわ。でもフィオがだらだらするのはいただけないわね」
「委員長が本当にリラックスしてるのか疑問だぞ」
お風呂で会議することには誰も疑問を持たないようだ。
「オンライン会議もお風呂でできるといいのー」
「裸でカメラに映るなんて嫌!」
「そろそろ今日の議題を、委員長どうぞなのー」
「では、私から発表させてもらうわ」
眼鏡をくいっと上げる仕草をしたけど、今は眼鏡をかけていない。
「プロトキャッスル内には工場やお店などの施設がいくつも存在するわ。施設内部の設計と施工は外注するのか、それとも人材を確保して社内で行うのか、検討したいわ」
「社内でやるとどうなるのー」
「ノウハウが無いから経験者を雇うことになるわ。でも寄せ集めのチームだと共通の手順を構築することから始めなくてはならないから、それぞれのスキルを活かせないままグダグダになる可能性もあるわね」
「経験を積まないといいものはできないぞ。だが、積んだ経験は会社に残って、その後の事業に役立つぞ」
「よその会社に外注するとどうなるのー」
「その会社の担当者にはモーリタニアに滞在してもらうことになるぞ。担当者はその会社内の人たちの支援を受けて作業を進められるから、うちの社内でやるよりも専門知識がたくさん使えるぞ」
「ソーラーキャッスルを建てるときにはもっと大規模な工場を作ることになるから、また同じ会社に外注することになるよね」
「ソーラーキャッスルが完成するまで、その方はお帰りになれませんわ。プロトキャッスルの住人になるということになりますわね」
「それってねー、その担当者をうちで雇ってるのと変わらないのー。もっと高度な専門知識が必要なところだけ外注すればいいのー」
「よその会社から担当者を引き抜いてうちで雇うとしても、一人の知識でできることは限られるわ。たくさんの人のノウハウが要るわね」
「その人の古巣の会社にお金を払って、技術協力だけしてもらうこともできるぞ」
「外注すると施設の内部は外注先の会社の責任になるわ。責任を細かく分割していけば、個々の担当者の責任が明確になって設計しやすくなるわね」
どうやら委員長は外注したいようだ。それにフィオさんとナノが疑問を持ったからこの会議が開催されたのだろう。外注のデメリットについて掘り下げてみよう。
「そうですけど、例えば配管とかみたいに施設の内部と外部の両方にまたがる物の設計がしにくくなりませんか?」
「全体の責任もあいまいになって、設計方針が立てにくくなるぞ」
「そうね、そういうデメリットもあるわね」
「プロトキャッスルの住人は皆さん楽園の社員なのでして?」
「そんなことないのー。楽園はパン屋さんはやらないのー」
「そういう楽園の中核事業に関係ない仕事はよその業者に外注しても問題ないぞ。でももし中核事業を外注すると、その後ずっとその業者に頼ることになって楽園の収入がなくなるぞ」
なるほど。いろんな事業を、外注するものと自社でやるものに分類すればいいんだ。
「うー、なんか気持ちよくなってきたぞ。私はだらっとするから、あとは好きにしていいぞ」
「集中力が切れるのが早すぎます!」
「まったく、これだからフィオさんは」
委員長は立ち上がり、腰に手を当てた。でも裸だから、どこか間の抜けた雰囲気になる。やっぱりお風呂でかっこよくきめるなんて無理。
「外注できない中核事業といったら何なのー?」
「お寿司屋さんは外注できませんわね」
「お寿司屋さんもパン屋さんと同じで中核事業じゃないよ! なんでマホはいつもそんなに日本食のお店にこだわってるの!」
「わたくしはこの世界に来てから人生が変わりましたわ。前の世界には日本食のお店がありませんでしたもの」
「そりゃ人生変わっただろうけど食文化の違いのせいじゃないよね。大丈夫、うちの会社で寿司の事業を始めなくても、おいしいお寿司屋さんを呼べるよ、きっと」
「そうしますと、楽園の中核事業は、魔法・建設・ロボット……それに発電や水の供給ですかしら?」
「そうそう、プロトキャッスルで暮らすためのライフラインの供給はうちの会社でやりたいね。……ってマホ、どうしたの。すごくまともな事を言ってるよ。どうしてそれにお寿司屋さんが入ってきたの?」
「お寿司はライフラインなのー」
「違うよ!」
「回転寿司のレーンが全部の家を巡ってるのー」
「そんなに毎日寿司ばかり食べないよ!」
「ライフラインを中核事業にするなら、ネトゲも楽園でやる必要があるぞ」
半分眠っているフィオさんが口をはさんできた。
「ネットワークゲームがライフラインだなんて、あなた馬鹿なのかしら?」
「こんな冗談も通じないなんて、委員長は頭が固すぎるぞ。それはさておき、社員食堂を自社の事業に含めるのはありだぞ」
「社員食堂?」
プロトキャッスルは誰も住んでいない所に建てるから、住人の食事は当然いつもプロトキャッスル内だ。住人の多くは一人暮らしだろうから、自炊はせずに店で食べることがほとんどだろう。限られた店で毎日食べるのであれば、その店が社員食堂だとありがたい。
「なるほど。プロトキャッスルの住人の多くはうちの社員だから、社員相手に食べ物屋をするなら社員食堂だね。そこのメニューにお寿司があってもいいわけか」
「いい考えなのー。パン屋さんをやるのも悪くないと思えてきたのー」
「いいお寿司職人を雇いたいですわね。社員以外の方々はどうなさるのかしら?」
「社員食堂を使えないのはかわいそうなのー。社員以外でもお金を払えば使っていいようにするのー」
「結局普通の食堂になってる気がするけど、まあいいか。料理人をたくさん雇う必要があるね」
「食堂以外だとどんな専門家がうちの会社に必要なのー? アニメの専門家なのー?」
「私はアニメがライフラインなんて言わないからね! えっと、ライフラインというと、太陽熱発電に、上下水道でしょ。あと巨大な建物だから、空調もライフラインだと思うんだ。この3つについては設計も施工も運営も保守点検も、全部うちの会社でやりたいな。通信についてはどうしよう」
「光ファイバーを張りめぐらせるのはうちでやるのー。だから通信事業もやりたいのー」
「建設会社と聞いていたのに、なんか電力会社になってるわね」
「建設についてももちろん専門家が必要ですよ。グランドシャフトやトラス床は他の建築には無いオリジナルなものですし、大量に必要なので資材を作るところからやりたいです」
「ほら、フィオさん。どう思うかしら?」
委員長がフィオさんに声をかけた。そろそろ目覚めさせないと溺れてしまいそうだった。
「う――。資材を作るとなると、材料の専門家も必要になるぞ」
「あら、意外と聞いていたわね」
会議に意識を向けていても周囲にはだらけているように見せるとは、さすがマイペースな人だ。




