建設会社と専門家たち 1
研究成果発表会より前に、ナノがこんなことを言っていた。
「プロトキャッスルのデザインはだいぶ固まってきたのー。そろそろ建てる準備を始めるのー」
「そうだね。でも壮大すぎて何から手を付けていいものやら」
「まずは建設会社の準備なのー」
「ああそっか。専門的なことは建設会社に依頼しないと始まらないね」
「依頼はしないのー」
「ん?」
「温泉旅館でソーラーキャッスルの話を思いついたときに言ったのー。あたしたちで建設会社を作るのー」
「どうやって?」
「よその建設会社から人材を引き抜くのー。募集もするし、ダイレクトメールも送るのー」
ナノはそれから採用の準備を進め、そして研究成果発表会でソーラーキャッスルの計画を発表したときに、建設のスキルのある人材の中途採用を大々的に行うということを発表した。その後もナノは広告を出したりして積極的に募集をかけた。そのかいもあり、中途採用の面接に来る人が毎日のように現れた。
ロボットの商品化の方向性も決まった六月。建設関連で採用を決めた人は60名を超えている。そんな折、会議でナノが言った。
「あたしたちの建設会社がようやく始まるのー! すごい人材を2人も採用できたのー!」
ナノは誇らしげな笑顔だ。よほど気に入ったに違いない。
「一人はねー、30歳の若さで大手ゼネコンの組織改革を成功させた凄腕マネージャーなのー。もう一人はねー、おっきなショッピングモールの設計をあっという間に完璧にこなした天才建築士なのー」
よくそんな人材が来てくれたものだ。
「さあ二人とも、入ってくるのー」
背の高いスーツ姿の女性が入ってきた。細い眼鏡にアップでまとめた髪。クールできりっとした印象だ。この暑いのにスーツを着ているあたりに堅苦しさを感じる。
「桜田明美よ。よろしく」
「何か呼びやすいあだ名は無いのー?」
「鬼の桜田、とでも呼んでくれればいいわ」
「初対面でそれは呼びづらすぎます!」
「じゃあ委員長と呼ぶのー」
「学校でもないのに委員長はおかしいでしょ!」
私がそう言うと、桜田さんは私をにらみつけて言った。
「『委員長』という役職ではなく、あだ名としての話よ。学校じゃないからおかしいという理屈は成り立たないわ。可能性を狭める発言は慎むべきよ」
私のツッコミに対してその指摘はあまり的を得ていない気がする。
「私が言ったのはツッコミです。ツッコミとは、世間の常識や一般的な価値観を基準として、そこからどれだけ外れているかを可視化することで、ボケの笑いどころを明確にするという技術です。『委員長』という言葉から『学校』が連想されるのが世間の常識であり、そこを強調して笑いを完成させることの何が間違っているでしょう」
桜田さんは口元を緩めてメガネをクイっと上げた。
「あなた、なかなか理論的に自分の意見を通すわね。気に入ったわ。私のことは鬼の委員長と呼ぶがいいわ!」
「私の言ったこと、全然理解してないでしょ!」
きっと私の発言を全部理解したうえで、あえてその逆をいってみせるというボケだろう。相手のやり方に瞬時に合わせるところに頭の良さを感じる。
「もう一人がなかなか来ないのー」
「ちょっと連れてくるわ」
委員長が廊下から小柄な女性を引っ張ってきた。Tシャツに短パン、ぼさぼさの長い髪。タブレット端末を見ながら歩いている。自分の興味のあること以外は全く気にしない印象だ。
「ほら、自己紹介なのー」
「うー、泉沙理亜だぞ」
しゃべっているときも目線はタブレット端末のほうを向いている。
「あだ名は何がいいのー?」
「そんな面倒くさいものどうでもいいぞ」
「じゃあねー、あだ名は『そんな面倒くさいものどう』なのー」
「それでいいわけないぞ! 仕方ないから、私のあだ名は『フィオ』でいいぞ」
その名前、絶対あらかじめ考えてたよね。他人と関わりたくないふりをして、実は構ってほしいのかな。
「二人とも、意気込みを語るのー」
「私はソーラーキャッスルの壮大な計画を知ってとてつもない可能性を感じたわ。人類の未来を切り拓く巨大な集団を私は率いていきたいわね。そのために、無駄はとことん省き、あらゆる人たちの知恵を総動員していくつもりよ」
「うー、私は好きなことだけして、あとはだらっとしていたいぞ。この会社は面白いものがゴロゴロしてそうだし、ソーラーキャッスルの計画が動き出したらどんどん面白くなりそうだぞ」
「あなた、そんな個人の興味で動いていたら、組織の足並みがそろわなくて瓦解するわよ」
「そんな誰かが決めたことしかやらない人だらけの会社は、新しいことができなくて潰れるぞ」
委員長のほうは規律を愛する仕切り屋なのだろう。そしてフィオさんのほうは自由な発想で自分の理想の建築を設計するのに没頭するのだろう。天才肌ということは共通してるけど、よくもまあこんな対照的な印象の二人を連れてきたものだ。まさに適材適所。
「これで、新しい子会社『楽園建設』を設立できるのー! フィオには楽園建設の社長になってほしいのー! 委員長にはプロトキャッスルの設計のチーフをお願いするのー!」
「逆でしょ! 委員長が社長で、フィオさんが設計」
「あら、どうしてかしら。私は建築士よ」
「私の専門は経営や人事だぞ」
「え――! イメージがまるっきり逆だよー!」
そっか、人は見かけによらないものだった。……で済ませられるレベル?
「あたしもねー、フィオはイメージと違うなーと思ったのー。最初はこんな子供っぽい人に社長が務まるか不安だったのー」
「それはナノが言っちゃだめなセリフ! きっとナノを初めて見た人はみんな同じこと思ってるよ!」
「うー、こんなクソガキが社長やってる会社の子会社だから、私でも務まるぞ。面倒なことはどっかの誰かに押し付けるぞ」
なんか楽園建設の先行きが不安になってきた。
「フィオは従来の型にとらわれない自由な発想だからねー、きっと活気のある組織を作ってくれると期待してるのー。それからピコ、プロトキャッスルのデザインを委員長に渡すのー。プロの目線できっちり設計してもらうのー」
「え、私の考えたのって素人っぽくて、なんか恥ずかしいな。委員長が最初から考えたほうがよくない?」
委員長が私にきつい目を向けた。
「あなた、私の仕事を誤解しているようね。私の仕事は、顧客の思い描く要求をきっちり実現できる形に整えてみせることよ。顧客であるあなたが自分で思い描いている理想を私に余すことなく伝えなければ、私の仕事は何も進まないわ」
自由なフィオさんとは対極。自分個人のアイデアについては何一つ言わない、自分の好きにするという発想すらしないタイプだ。ソーラーキャッスルのほうも全部私が発案しないと先に進まないのかな。




