魔法使いと女子大生 1
私がその魔法使いと出会ったのは十月上旬のある日の、大学構内を歩いていた時のことだ。
一見して魔法使いとわかる黒いとんがり帽子、黒いローブに、フリルがごてごてしたロングスカートの中世ヨーロッパ風衣装。そんな金髪の白人女性が路上できょろきょろしていた。
コスプレか。うちの大学には変わり者も結構いるし、いちいちツッコんでいたらキリがない。
と、その女性が私に近づいて声をかけてきた。
「もし。冒険者ギルドはどこか、ご存じでして?」
なるほど、なりきりプレイか。きっと村の入り口でうろうろしている村人に声をかけたといったところだろう。村人としては、これから冒険者になりたい魔法使いを案内しなくては。私は親友と待ち合わせをしているところだけど、親友ならこの事態をもっと面白くできるかもしれない。
「それなら私も今向かっているところです。ご一緒しませんか?」
「あらまあ、ぜひ。助かりますわ」
しゃべり方からして役に入っている。道端で堂々とこんなことができるなんてなかなかの度胸だ。そのうえ整った顔立ち、高身長、大きな胸。コスプレイヤーとして名を馳せていてもおかしくない。
二人で待ち合わせ場所の空き教室に行った。
「ナノ、お待たせ」
そう言って教室のドアを開けると、親友は机の上にちょこんと座っていた。身長132センチ、童顔、ウサ耳カチューシャ。しゃべり方も仕草もあどけなく、何から何までかわいらしい。これで20歳だなんて詐欺で捕まるよ。
「おー、ピコなのー。あたしも今来たばかりなのー」
語尾に「なのー」が付くから「ナノ」。彼女にそのあだ名を付けた私は「ピコ」というあだ名を付け返された。1ミリメートルの百万分の1が1ナノメートルで、その千分の1が1ピコメートルという由来だ。かわいいナノに釣り合わない地味メガネの私はそのくらい粗末な名前がお似合いかもしれない。
「あれっ、誰なのー?」
魔法使いが両手でスカートをつまみながらお辞儀した。
「わたくし、この町で冒険者になることを希望しましてよ。ここが冒険者ギルドと伺いまして」
「そうなのー。じゃあねー、さっそく入会手続きをするのー」
さすがナノ、理解が早い。
「まずは名前と年齢なのー」
「イリス・オリヴィエ、18歳ですわ」
年下だったのか。見た目から年上かと思ってた。
「面白いしゃべり方なのー」
「人のこと言える!?」
思わずツッコんでしまった。私はナノよりも変わったしゃべり方の人を知らない。
「ごめんあそばせ。翻訳魔法であなたがたの言語に変換しておりますので、きっと不自然に聞こえていましてよ」
なるほど、凝った設定だね。って、こんな特殊なしゃべり方に変換するほうが難しいんじゃない!?
「じゃあねー、じゃあねー、ジョブは何なのー?」
「上級魔術師ですわ」
「戦闘経験はどのくらいなのー」
「わたくしは2年ほど冒険者としてドラゴンを討伐したりしておりましたが、ここ3年ほどは従軍しておりまして、他国の軍から街を守る戦いに身を投じてましたわ」
お嬢様口調なのに14歳でドラゴン退治って、どういうキャラだよ。
「じゃあ魔法の実力を見るのー。まず基本魔法、炎の魔法をこの子にぶつけるのー!」
ちょっと待て! なんか私が的になってる!
「なんで私に!?」
「この子はピコ、トップクラスの冒険者なのー。炎の魔法くらいへっちゃらなのー」
なるほど、そういう設定か。じゃあのってあげよっか。
「どんな魔法でも私の魔法障壁で受け止めてみせるから、思い切りぶつけていいよ」
私はそう言って両手を前に出して身構えた。
「わかりましてよ、ご覧あそばせ」
イリスは私に向かって片手を突き出し、詠唱を始めた。
「炎の素よ、集え、集え、火の玉となれ……」
イリスの手のひらの前に火の玉が現れた。って、えっ!? 何これ、本格的すぎない? 目の前の現実に私の理解が追い付かないまま、本能が危険信号を出し始めた。
「我が眼前の敵を焼き尽くせ!」
火の玉は大きく燃え上がり、私に向かってきた! 熱い熱い熱い!! たちまち私の服に燃え移り、私は炎に包まれた! 痛い痛い痛い!! 意識が遠のいていく……。
……暖かい。あちこちに痛みを感じるけど、だんだん痛みが遠のいていく。
目を開けると、まぶしい光を感じた。私は教室の床に横になっていた。
「ピコ。ごめんなの」
ナノはしゃがんでいて、すまなさそうに私を見ている。イリスもしゃがんでいて、私に手をかざしている。まぶしい光はイリスの手から出ていた。
「今ね、イリスちゃんが治癒魔法でやけどを治してくれているところなのー」
なんか非現実的なことを言われた気がするけど、今しがた非現実的な目に遭ったこの状況では受け入れざるを得ない。
自分の腕を見てみると、赤く焼けただれている所がみるみる小さくなり、白い肌になっていっている。それにつれて痛みも嘘のように消えていく。そこにイリスが布をあてがうと、布がうねうねと形を変え、焼失した袖を補った。
「魔法……なんだ」
「そうなのー、イリスちゃんは本当に魔法使いだったのー。イリスちゃん、ごめんなさいなのー。あたしたちは冒険者じゃないし、ここは冒険者ギルドじゃないのー」
イリスの手の光が消えた。痛みはすっかり消え、焼けたはずの服も元通りになった。
「治療は終わりましたわ。わたくしのほうこそ申し訳ありませんわ、いきなり炎を浴びせてしまって、とんでもなく熱い思いをさせて……」
目から涙があふれかけている。私は急いで上半身を起こした。
「もう平気だから。それより、あなたって何者?」
イリスはうつむいた。
「そうですわね、わたくし、おかしいですわね……。あの、到底受け入れられないかもしれませんが、驚かずにお聞きくださいませ。実は、わたくし、別の世界で一度死んで、突然この世界に来てしまいましてよ」
「ああ、異世界転生ね」
「しかも魔法のある世界からなのー」
イリスは目を丸くして驚いた。
「ええっ、ご存じなのでして!? このような事って、よくある事なのでして!? 到底受け入れられませんわ!」
「驚くなと言った人が驚いてどうするのよ。いや、異世界転生ってのは物語の中ではよくあるけど、実際にあるとは思ってなかった」
「え、ああ、そうなのでして」
息が荒い。あまりに驚いて動転したようだ。
「今まで何があったのか、話してくれる?」
「あたしも聞きたいのー」