建築の骨組み 1
「条件は整ってきたのー。そろそろ考え始めてほしいのー」
ナノから唐突にそんな話を切り出されたのは、九月下旬の、ナノたちと一緒に食事をしていたときのことだ。
「目的語が無くて何の話だかわからないよ?」
「サハラ砂漠に建てる、400万人が暮らせる建物なのー」
忘れていた。そこを目標として会社を作ったんだったっけ。
「うーん、あれって現実味が無くて、どこから手を付けていいのやら……」
「そんなことないのー。お金も人材もだんだん集まってきてるのー。もうすぐ手が届くところに来るのー」
確かに、会社を作る事すら最初は突拍子もないことだと思っていたけど、ちゃんと作って成長させた。この急成長っぷりならいつかは手が届くかもしれない。
「まあそうだね。じゃあ、考えられるところから少しずつ考えていこうか」
「親子丼のお店が欲しいですわ」
「そこから考え始めちゃだめでしょ!」
「順序だてて考える必要があるのー。親子丼のお店を作るためには養鶏場が必要なのー」
「そうじゃなくて! そんなどうでもいいとこから考え始めたら、親子丼を食べるための都市になっちゃうよ!」
「では、どこから考え始めるのかしら?」
「まずは骨組みかな。柱や梁をどんな形に配置して、100階建ての重量をどうやって支えるか。これが決まれば全体の形が決まるから、そこにいろんな施設を配置していけるよ」
「四隅におっきな柱を立ててねー、その間に床を張ればいいのー」
「そんな巨大な床、自重で崩れるから。こういうのはパソコンでちゃんと3Dの図面を作って、柱や梁にかかる力をシミュレーションしないと」
「強度を試してみたいのでしたら、錬成魔法でミニチュアを作ってみてはいかがかしら?」
「ミニチュアにするなら、縮小した倍率だけ弱い材料で作らないといけないね。それで参考になるかどうか」
「いえ、実物と同じ材料でよろしくてよ。魔法で重力を強くすればよいのですわ。わたくしの世界のお城はこの方法で設計されたと伺っておりますわ」
魔法のある世界には魔法を使った設計方法があるんだ。
「なるほど。じゃあマホ、あとで教えて」
「この建物の材料は何かしら?」
「鉄とコンクリートだよ」
「それを手に入れる必要がありましてよ」
「それならあたしに任せるのー!」
翌日、コンクリートと鉄骨のがれきを積んだダンプカーが会社にやって来た。
「来たのー! ビルの解体工事をやっている所からもらったのー!」
ナノのやる事にも慣れてきたから、このくらいじゃ驚かないよ。
会社の裏の駐車場にがれきを積み、マホと一緒にミニチュア作りを始めた。
「100分の1のサイズで作りたいな。この鉄骨の太さが40センチくらいで長さが5メートルくらいだから、太さ4ミリ、長さ5センチくらいの鉄骨?」
マホが魔法をかけると鉄骨の端が融け、そこから小さな鉄骨が姿を現した。鉄骨というより小さな鉄の棒で、なんかかわいらしい。指ではじくとチリンと高い音がする。柱に使う中空の四角い棒と、梁に使うH型の断面の棒を作った。さらに、マホはこの鉄骨100本を一気に作ってみせた。私も作ってみる。まず1本、2本……やがて100本を一気に作ることができた。
次に、この小さな鉄骨の端を少し融かして鉄骨同士をくっつけ、四角い格子状にした。これも魔法で一気にやってみる。鉄骨を魔法で浮かせて空中に並べ、全部の端を融かしてくっつけ……うまくいった。
この調子で積み上げていき、幅と奥行きが1メートル、高さ3メートルの鉄の骨組みが出来上がった。コンクリートを融かして鉄骨にまとわりつかせ、柱と床を作っていく。そうして、100階建てのミニチュアビルが完成した。幅と奥行きは現実だと100メートル相当だけど、強度を調べる目的だからこれ以上横に大きくしなくていいだろう。
100分の1サイズだから、柱の断面積は1万分の1、重さは100万分の1。重力を100倍にすれば実物と同じ条件になるのかな? 待てよ、実物と同じコンクリートを使っているから、コンクリートに使っている砂粒の大きさを100倍にして考えると、大きな石を使ったコンクリートと同じということになってしまう。全然同じ条件じゃない。そう考えたら、鉄の結晶のサイズとか無視できなくなるし……まあいいや、大まかな条件を探るための実験だと割り切ろう。
「これで重力を100倍にして耐えられるか試そう」
マホが魔法をかけると、ミニチュアビルがミシミシと音を立て始めた。目に見える変化は無いが、今このビルにはものすごい重力がかかっていて、近づくと危険なのだろう。やがてパキパキと音がして、一気にドシャッと崩れた。
「100倍になる前に潰れてしまいましたわ」
「現実だと自重だけで壊れることになっちゃうね。普通のビルと同じじゃだめなのか」
私は超高層ビルの構造をネットで調べてみた。やはり、柱の建て方が普通のビルとは違うらしい。
太さ1センチの中空の棒4本を縦横5センチの正方形の四隅に立て、その間に短い棒をたくさん付けて補強することで、太さ5センチの柱を作った。この柱を15センチごとに立てて、その間を梁でつなぎ、コンクリートを融かして床を作った。さっきと同じサイズの100階建て。
このビルに100倍の重力をかけてみた。今度は耐えている。
さて、どこまでの重力に耐えられれば安心できるか。そういえば、大学の授業で習った「安全率」というのを思い出した。例えば100キロの力に耐えられる設計にする場合、計算上は300キロの力がかかったときにやっと壊れるような寸法にするという。このときに掛けた「3」を「安全率」という。
「300倍の重力にしてみよう。これで耐えられれば大丈夫だよね」
300倍の重力でもまだ耐えている。地震を想定して揺さぶってみた。ビル全体がしなって壊れそうだが持ちこたえている。
「よし、これならいける!」




