軌道に乗って成長へ 2
翌日、休憩室でマホと話をしていたときのこと。
「なんでナノって、外国に支社を作るなんて大事なことを私たちに相談も連絡すらもせずにやっちゃうかな」
「全部自分の力でやってみたいのかしらね」
「小さなことだったらそれでいいけど、重大なことだったらまずいよ。ナノって物事の重大性の感覚がおかしい」
「そうですかしら?」
「借金も知らないうちに5千万円になってたし。今日だって、『買い物に行ってくるのー』って言ってふらっと出かけちゃったけど、そんな気軽さで1億円の買い物してくるかもしれないよ」
「ナノさんだとやりかねませんわね」
そこにナノがやってきた。
「買い物してきたのー」
「ああ、おかえり。ねえ、買い物した金額はいくらだった?」
「1億円なのー」
「ほら、やっぱり」
「ピコさん、納得している場合ではありませんことよ」
え? 何かおかしい? えーと、1億円の買い物……。え!?
「ええ――――っ!! 1億円!」
まずい、私も重大性の感覚が少しマヒしていた。
「何を買ったらそんなことに!?」
「パッションロボティクス事業部を買っちゃったのー」
パッションといえば、日本の大手家電メーカー。ロボットも扱っているとは知らなかった。
「なるほど。よく1億円で買えたね」
「ロボットの注文がほとんど無くて潰れかけてた部署の経営権を安く買い叩いたのー」
「すごいね、ナノ」
あれ? また何かおかしいぞ?
「じゃな――い!! なんでそんな重大なことを、誰にも相談せず進めちゃうのよー!」
「借金する銀行の人には相談したのー」
「そっか、それなら安心……じゃなくて! 私たちに相談してよ!」
「ピコへのサプライズなのー」
「私のためにやってくれたんだ。って、そんなサプライズはやっちゃだめだよ!」
「今日のピコさんはノリツッコミが激しいですわね」
「私のツッコミが飽きられないように、こうやってバリエーションを……なんてやってないよ! なんかナノの非常識さに慣らされちゃって、私の常識が揺らいできてるんだよ!」
「あらあら。日常を揺るがす存在がいると大変ですわね」
「マホも困ってるよね。って、マホの存在自体が一番の非日常だよ!」
もう我慢ならない。ナノに対して常日頃不満に思っていることをぶつけるなら今だ。
「ナノは何でも自分一人で決めすぎだよ! 私のやる事もナノが勝手に決めて押し付けてくるし。私は道具じゃないの、人間なの。人間だから、自分の考えを持ってるの。どうすれば一番人の役に立てるかを考えて、計画を立てて行動してるの。わかる?」
「どうしたら一番人の役に立てるかはねー、あたしがちゃんと考えてるのー」
「私の知識とナノの知識は違うから、それを前提にした私の考えとナノの考えは違うの。だからね、ナノ一人の考えで何もかも進められたらね、私の考えは全部捨てなきゃいけないのよ! 人の役に立ちたいという思いにも、こうすれば実現できるというアイデアにも、全部背いて行動しなきゃいけないの! こんなの、もう嫌!!」
ナノの顔が怒りでゆがみ、顔が真っ赤になった。ナノがこれまで一度も見せたことが無いほどの怒り顔だ。
「うまくいく方法はあたしが考えてるって言ってるのー!! みんなのために考えてあげてるのー!! あたしの言う通りにしてれば問題ないのー!!」
「ナノの考えには欠陥があるよ!!」
ナノはびっくりして目を見開いた。全く予想外の反論だったとみえる。今ならもっと攻められる!
「もしナノがすべてを完璧に見通せるんだったら、私が今言ってる話も想定してたはずだよね。でも考えてなかったでしょ。私がこんな不満を抱えてるってわかってなかったよね。それと同じ。ナノが知らなくて私が知ってることもたくさんあるわけ」
ナノは黙って私をにらみつけた。
「だからね、何かをするときはみんなで話し合って決めようよ。お互いが持っている考えをすり合わせて、みんなのそれぞれの考えに一番近い方向性を探そうよ」
言いたいことを言えた。ナノは黙ったまま涙目になっている。私がマホのほうを見ると、マホは優しい顔でナノの頭を撫でた。
「これから気を付ければよいことですわ。よしよし」
マホがナノの母のように見える光景だけど、ナノのほうが年上なんだよね。
「先ほどのお話にあった買収した事業部というのはどうなりますかしら?」
「パッションロボティクス事業部は楽園の子会社の楽園ロボティクスになるのー。楽園ロボティクスの作るロボットに搭載するニューロコンピューターはねー、2割引きの値段で仕入れることができるのー」
「そういえば、エンパワーのCEOとそんな約束してたね」
「これでオートマタを基にしたロボットの開発ができるのー」
ナノの話によると、楽園ロボティクスの社員は44名で、その多くが研究開発や設計の仕事をしている。今までテーマパークなど向けの人型ロボットや介護用のパワードスーツなどを開発してきた。ロボットを工場で生産するのはパッションの機械工場に委託するので、社員に工場勤務の人はいない。
「じゃーねー、ピコに相談してあげるのー。楽園ロボティクスをピコならどう変えていくのー?」
そんなこと急に振るものじゃないという気はするけど、今までオートマタを研究してきたからロボットのビジョンはある。今わかる情報から今後の展開を予想してみよう。
「まずは企画を練る必要があるけど、たぶんこれからは社会の中で広く働く汎用的なロボットを量産することになるかな。ニューロコンピューターが頭脳の中枢だけど普通のCPUも組み込まれてて、カメラやマイクとかのセンサーや手足のモーターやエアシリンダーを制御するのは普通のCPUを通したほうがいいね。それでいて関節の配置はオートマタに近いほうが、ニューロコンピューター内の知識データを活用しやすいから……うん、オートマタとロボットの両方に詳しい人がロボットを設計したほうがいい」
「それはピコさんですわ」
「いやいや、私はどっちかというとソフトウェア担当だよ。オートマタとロボットの機構を研究してきたのは安川研究室の筧さんだよ」
「じゃあ筧さんに今までの研究結果を全部伝えてもらうのー」
「そうだね、筧さんに相談してみよう。それからこれは私の経験だけど、錬成魔法は試作品を作るのにすごく向いてる。形が不ぞろいだから量産には向かないけど作るのはものすごく早い。だから研究する人はまず錬成魔法を習ってほしいね」
「おー、あたしじゃ出てこないアイデアがピコから出てくるのー。じゃーねー、十年後はどうなってるのー?」
「きっと会社やお店でロボットが普通に働いてるんだろうな。そうすると巨大なロボット工場が要るね。そこで働いてるのもほとんどがロボット」
「夢がふくらむのー! うん、これからはピコやマホにもちゃんと相談するのー」
いつも強引なナノがやり方を改めてくれた。これで一件落着……でいいんだっけ? 勝手に1億円で会社を買収したことって、それで済む話なんだっけ?
筧さんにメールで事情を説明すると、翌日こんなメールが返ってきた。
「まだ就職が決まってなくて焦ってたから、この情報は助かるよ。楽園ロボティクスの就職面接って受けられるかな?」
この事をナノに伝えると、楽園ロボティクスの新社長になるパッションロボティクス事業部長にナノが連絡し、筧さんはすぐに面接を受けられた。ナノからの指令とあって、筧さんは破格の好待遇で入社することになった。そして大学院の卒業を待たずに仕事を始められるようにと、インターン学生として在籍することになった。
私はこの新社長や筧さんと会議をして、私が抱いているロボット開発のビジョンを共有した。そしてそれは楽園ロボティクスの開発方針になった。




