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魔術回路から半導体へ 1

 週明けに安川研究室で、オートマタ中枢部の電子顕微鏡解析の結果を電子工学科の学生から聞くことになった。マホとリンも同席している。


 写真を見ると、薄いシート状のものがたくさん重なっている構造が写っている。それぞれのシートは細かい模様がびっしりと埋め尽くしている。


「これが魔術回路ですわね。このように見るのは初めてですわ」


 いくら魔法使いでも、これだけ小さいものを見ることは無かっただろうね。


「この魔術回路のシートは1辺が固定されていて他の辺は自由になっています。つまり、ぴらりとめくれるようになっています。それが幾重(いくえ)にも重なっていますので……」


「本、でして?」


「そう、本のような構造になっているわけです」


 人間の脳が扱う情報は膨大だからそれと同等の機能を持つ回路となると、いかに微小な回路といえども1枚の平面に収めることはできず、立体的に重ねる必要があったのだろう。魔法といっても理屈に反したことはできないんだろうな。めくれるようになっていることもきっと何か理屈があるはず。ちょっと聞いてみよう。


「ページをめくれるのは何のためなんでしょう?」


「そこまではわかりませんね……。まあそれはともかく、この本の1ページに同じパターンの模様が繰り返し存在しています」


「きっとその1つ1つが脳細胞を模したものなのでしょうね」


 脳細胞を模したニューロコンピューターについては私が調べておいた。ここでみんなに説明しておこう。


「人間の脳細胞をニューロンと言います。複数の入力と複数の出力がありまして、脳細胞に入力された信号の総和が一定値を超えると信号を出力する、というものです。ニューロン同士は神経でつながれていまして、そのつなぎ目をシナプスといいます。信号を何度も流しているうちに次第に強く流すようになり、しばらく使わないと弱くなります。これが学習です。この模様はきっと、1つのニューロンにつながるたくさんのシナプスを模しているのでしょう」


「それじゃと、演算をするのも学習をするのも、魔術回路に魔力を流せば済むのう。本を閉じた状態で全部事足りるのであれば、ページをめくれる必要はないはずじゃ」


 リンがそう言うと、マホが()に落ちたという顔をして言った。


「本を開いてページをめくらなければ出来ないこともありますわ。それはおそらく、本の書き換えでしてよ」


「書き換えって……そっか、私の知識をリンに移したとき!」


「そうですわ。あの時点で魔術回路はすでに完成していましてよ。完成後にピコさんの知識をリンの魔術回路に書き込んだということは、リンの中に魔術回路を書き換える装置があるはずでしてよ」


「そっか、シナプスの学習結果を強制的に書き換えるために、シナプスを外部から物理的に操作する装置があるんだ。その装置で魔術回路に直接(さわ)れるようにするために、本を開く必要があったんだ」


 ニューロコンピューターのシナプス素子(そし)も外部から学習結果を書き換えできるはずだけど、電気的な操作で書き換えるためにはシナプス素子と同じ数だけ書き換え装置を配置する必要があり、装置全体が大きくなってしまう。本のようにめくって機械的に操作するなら書き換え装置は1つで済むから、ニューロン素子やシナプス素子を狭い所に大量に詰め込むことができて処理速度が上がる。


 本のようにめくれる集積回路なんてものはこの世界の技術には無かったはず。これを半導体で再現するのは相当難しいだろうけど、できたならコンピューターが一気に発展するかもしれない。


「これと同じ構造をシリコンで作るのって……難しいですかね」


 私がそう言うと、電子工学科の学生は困った顔をした。


「そうですね……。さすがに、これを作れと言われたら我々もお手上げです」


 錬成魔法を使えば作れるかも? いや、なるべくなら機械で量産できるようにしたいから、魔法を使うのは避けたい。


「魔法ではどうやってこの構造を作っているんだろう?」


「わたくしも、魔法がどのような原理で動いているのかは存じておりませんことよ」


 錬成魔法の原理から調べるとなると、完成はいつになることやら……。やはり既存の技術でなんとかするしかないか。


「既存の技術で作るならどの辺りまでできそうですか?」


「薄いシート状のシリコンに回路を焼き付けて、それを1ページずつに切り離すことまではできるでしょうね。でも、全ページを(たば)ねて本にして、基盤からそれぞれのページに配線をする、というのは困難でしょう」


「どうしてですか?」


 私がそう(たず)ねると、電子工学科の学生はあきれたような顔をした。


「どうしてって……集積回路って、回路を描いたマスクに光を当てて半導体に焼き付けて作るんですよ。平面的な構造しか作ることができないんです。こんな立体的な組み立てなんてできません」


 なんか違和感がある。別の分野の技術も組み合わせないと新しいものは作れないよね。この人は自分の知っている集積回路の技術だけで作ろうとしている。それだと光学顕微鏡から電子顕微鏡に発展させることはできても、走査トンネル顕微鏡にはならないぞ。


 ……ん? ふと気になった。走査トンネル顕微鏡で原子の並びを画像にするには、原子のすぐ近くまで針を近づけて、原子との間に流れる電流の強さを測る。その電流の強さを手がかりに針を動かすことで、原子の形をなぞることができる。これって、針の動きを原子レベルで制御できるってことだよね。提案してみよう。


「そこは微小なロボットアームで組み立て可能なんじゃないでしょうか。走査トンネル顕微鏡みたいな技術で」


「そんなこと言われても困ります。自分には無理です」


 話がかみ合っていないと思ったら、この人は自分一人に任されようとしていると思ってたのか。そこは機械の分野だから、機械情報工学科で研究すると言ってあげないといけないよね。


「思いあがるでない、小僧。そなた一人に任せられるなどと、はなから期待しておらぬわ」


 リンってば、もっと優しく言ってあげて!


「リンが大変失礼しましたわ。申し訳ありませんわ、あなたのような見当はずれの方に相談をしてしまいまして」


 マホ、フォローのつもりだろうけど、もっと失礼な言い方になってるよ! 私がフォローしないと!


「マホ、そんなことないって! すごくよくわかったって!」


「ほれ見よ、ピコもわらわに賛成しておる。このような(やから)に任せるのは無理とわかったと」


「違――う!」


 私がそんな叫び声をあげて慌てていると、後ろで黙って聞いていた安川先生が口をはさんだ。


「いえいえ、とても有益な情報でしたよ。魔術回路をここまで調べてくださって助かります。マイクロアームについては機械情報工学科に詳しい人がいますので、話を持ち掛けてみましょう。そちらではシリコンのシートにニューロン素子とシナプス素子を配置する研究をしていただきたいです」


 さすが先生、頼りになる。これで研究が進みそうだ。


 魔法というと理屈抜きの不思議な原理で動作しているイメージがあったけど、こうして拡大して見てみると意外と理にかなった構造をしているようだ。ナノレベルのサイズでは科学的に動いていて、それが集まって目に見えるサイズになると不思議な現象に見えるのかもしれない。

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