研究開発 3
私は充電器の設計を終えて図面をナノに渡した。それから少し過ぎた十一月下旬のある休日のこと。私はナノを自宅に招いた。
「やっほー、今日は会議をするのー」
「いらっしゃい、ナノ。上がって」
「会議はお風呂でするのー」
「あら、そうですのね。では入りましょう」
マホ! そこはツッコむところ!
「お風呂は会議する場所じゃないから!」
「アニメではよく風呂で会議をしておるぞ。これもピコの知識じゃがのう」
「ちょっとリン、人の余計な知識を披露しないの」
「温泉旅館ではお風呂でいいアイデアが出ましたわ」
「うちのお風呂に3人だとぎゅうぎゅう詰めで、余裕が無いかな」
「そこがポイントなのー」
「何をしたいのよ!」
私はナノたちを私の部屋に連れて行った。
「この前ねー、大学の学長から呼び出されたのー。教員の仕事を勝手に変えないでくれって言うのー。あたしは教員に命令したわけじゃないのー、協力してくれる人を募っただけなのー」
部屋に着く前からそんなことを愚痴りだした。いらだった表情からして、相当不満だったに違いない。
「学長は自分が出しゃばりたいだけなのー。自分が知らない所でプロジェクトが動くのを嫌がってるのー」
「へえ。それでどうしたの?」
「魔法の成果を発表する記者会見はねー、学長の好きにしていいって言ってやったのー」
「意外だ! ナノのことだから、暴言吐いて帰っちゃったかと思った」
「そんなことしたらあたしたちの活動を妨害されちゃうのー。あんなのは何か適当な役目を与えとけば満足するのー」
ナノのリーダーとしての手腕は学長を上回っているようだ。私に対しては段取り悪いのに、よそに対しての権謀術数はできるのよね。
「それよりナノ、充電器のほうはどうなったの?」
「工場で作ってもらえることになったのー。千個で285万円なのー」
「えー、1個3千円もするの、あれ!」
「金型を作るのにお金がかかるのー。だからねー、追加発注するぶんはもっと安くなるのー」
「そのお金はどうするの?」
「あたしの親から借りるのー。社債なのー」
「社債?」
「合同会社『楽園』の社債なのー」
「何その会社」
「ピコの勤め先の会社なのー」
「知らないよ、そんな会社」
「ピコさん、ご存じないうちにご就職おめでとうございますわ」
「おめでたくないよ! だから何なのよ、その会社!」
「温泉旅館で話したのー。あたしの作った会社なのー」
「なんだ、架空の会社か」
「実在するのー」
「どういうこと?」
「設立してきたのー」
背筋が寒くなった。ナノの行動力なら、本当に会社を作ったとしても不思議ではない。会社を作るって話、本気だったんだ!
「マジで!?」
「マジなのー。ピコもマホも役員として登記してあるのー」
「あらあら、わたくしも就職してしまいましたわね」
マホは平然と笑っている。この人は勝手に何をされても平気なのかな。何もわかってないだけの気もするけど。
「なんでそんなこと勝手にするかな!」
ナノに詰め寄ろうとしたら、リンが割って入った。
「会社の役員なんぞ、名義だけなることも可能じゃろう」
「そうなのー。ピコには損は無いのー」
損得で怒ったわけじゃなくて、知らない所で勝手な事されたうえに名義を使われたのが嫌なんだよ。まあ、ナノはそういう気持ちをわかってくれない人なので、あきらめるしかないんだろうな。
「わかった、好きにして」
私はすごく不満そうな表情をしてみせた。嫌な気分だったということさえ示せれば、この話でこれ以上揉めたくない。
「ではマホ役員。魔導石の研究の進捗を報告してくれたまえなのー」
語尾は「たまえ」と「なのー」のどっちかにしようよ! 私は思わず噴き出しそうになり、不満げな表情は早くも崩れた。
「はいですわ。人を攻撃できない制約のある魔導石の実用化のめどがつきましてよ」
「おおー。よくやったのー」
「この魔導石では、火を放ったり切り刻んだりといった人に害を与える魔法は人のいる方向には発動しなくなりますわ。そのうえ、新しく魔導石を作るときにこの制約を外すことができなくなりましてよ」
「すごいね、魔法発表会でマホが宣言した通りに出来ちゃった。これなら争いには使えないのかな」
マホの顔が曇った。
「まあ人を直接攻撃できないというだけですので、人を狙わなければ……例えば建物を壊すとかはできますわね。あと自分に魔法をかけることはできますので自分の体を強化することができましてよ。でも、これ以上制限を強くすると何もできなくなりますわ」
「そこは仕方ないんだろうね。どんな道具でも使い方次第で人を殺せるだろうし」
「わかったのー、それでいいのー。マホはこれから魔導石の量産に取り組んでほしいのー」
充電器を千個も作るんだから、魔導石も千個くらい作るんだよね。
「よろしくてよ。来月中に20個作ることを目指しますわ」
「うん、よろしくなのー」
「えっ、たった20個でいいの?」
私が驚くと、マホとナノは冷たい目で私を見た。
「わたくしはたくさんの研究に関わっていますので、魔導石を作る事だけに時間を割くわけにはいきませんわ」
「ピコってば、人に無茶なことを押し付けたらだめなのー」
「それはナノに言われたくない! ナノはいっつも無茶振りするじゃん! 魔導石が20個でいいんなら、なんで充電器は千個も作るのよ!」
「千個の充電器はねー、今はまだ必要な段階じゃないのー。あとできっと必要になるのー」
「計画があるんだったら教えてよ」
「うふふ、なのー」
「なんで秘密なの」
「そんなの決まっておろう。ピコをからかうのが面白いからじゃ」
「正解なのー」
「からかうな――!!」
ナノとリンが一緒に笑っている。頭にくるなあもう!
「そんなピコさんに良いお知らせがありましてよ」
マホが気を使ってくれた。マホは優しいなあ。
「ピコさんが提案して下さいました、石とカーバンクルファイターを使ったプラスチックがですね」
「カーボンファイバーね。全然違うよ」
「そうそう、それですわ。そのパイプの強度を測ったら、今までよりもずっと良い結果が出たそうですのよ。圧縮にも引っ張りにも強いから折れにくくて、衝撃にも耐え、それでいて軽いそうですわ」
「よかった! あの石芯炭素繊維強化プラスチック、いい素材になりそうだね」
「よかったのう、石材入り炭素繊維強化セルノースナノファイバー混合エポキシ樹脂」
「名前が長すぎるのー! ピコが考えたパイプだから、ピコパイプなのー」
「それは私が恥ずかしいよ」
「もっと可愛らしく、ピコピコパイプはいかがかしら?」
「叩くとピコッと音がしそうだよ!」
「スピーカーを組み込めばいいのー」
「いらない機能を付けないで!」
「まあ名前はともかく、ピコさんの発想力はすごいと評判になっていましたわ」
そうやって持ち上げられると嬉しい。マホが友人でよかった。
「ピコは頭いいのー」
かなり難関な私たちの大学の中でも私の成績は上位だけど、ナノの成績はもっと良さそうだ。高校の時に学年トップの座をナノから奪えた回数はあまり多くない。
「いやいや、ナノのほうが頭いいでしょ」
「そうなのー」
「そこは謙遜しようよ!」
「ぷしししっ。じゃーねー、ピコパイプを特許申請するのー」
「特許? どうして?」
「魔法を使う製造方法はまだ誰も知らないからねー、特許を取り放題なのー。魔法が世の中に広まったらみんな一斉に特許を取ろうとするはずなのー。だからねー、先手を打って合同会社楽園ができるだけ早く魔法の特許を押さえるのー」
「なるほどね」
「魔導石はマホの特許にするのー。錬成魔法で素材を混ぜ合わせたものは片っ端から特許にするのー」
それには違和感を感じた。ここでナノを止めておかないといけない気がする。
「ちょっと待って。それはやりすぎだと思う」
「どうしてなのー?」
「私たちが特許を取ったら、他の人は錬成魔法を自由に使えなくなるって事だよ」
「魔法を世の中に広めるのがわたくしの使命でしてよ。魔法はできるだけ自由に使っていただきたいですわ」
「あたしたちが特許を取らなかったらねー、他の人が特許を取ってあたしたちが錬成魔法を自由に使えなくなるのー」
「他の方法でなんとかならないかな」
「これを見るがよい」
リンがスマホで見せたのは、特許法についてわかりやすく解説しているサイト。ナノがそのスマホを奪い取って注意深く読み進めた。
「このサイトによるとねー、世間に発表された事については誰も特許を取れないのー。例えば本に載ったりした技術は発表されたことになるのー」
「そうでしたら、魔法を世界に公開するときに錬成魔法の使い方を細かく説明すれば、同じ方法では誰も特許を取れないことになりますわね」
「あたしたちが儲からないのは嫌なのー」
さすがナノ、汚い本音を包み隠さない。見た目のかわいらしさでごまかせることにも限度があるよ。
「マホがこの世界に来て初めて会ったのが私たちってのはただの偶然だから、私たちが権利を独占するのはフェアじゃないと思う。特許を取るのは私たちが自分で研究したものだけにしたいな」
「法律上はあたしたちが権利を取得して問題ないのー」
「私はね、できるだけたくさんの人の役に立つことが幸せなの。魔法を使う権利を私たちが独占したら、限られた数の人にしか役に立てないの。それに、特許を取らないほうが魔導石がたくさん売れてナノも幸せなんじゃない?」
「むー……。わかったのー。まずはピコパイプと魔導石だけ特許を取るのー」
やった! ナノの考えを変えさせることができた。私がナノの強引さに勝つことなんてめったにない。
その日はそれから雑談になった。ピコパイプという名前が定着してしまったことに突っ込み損ねたと気付いたのは、ナノが帰った後だった。




