研究開発 1
あの温泉に行った日より少し前のこと。魔法発表会の後、マホは色々な研究室に呼ばれるようになった。そこで魔法について語ったり実験に協力したりしているらしい。リンもマホのマネージャーとして少しは役立っているようだ。
私のほうはというと、私の所属する機械情報工学科で安川先生という先生の研究室の設備を使っていいことになった。まだ2年生なので研究室に所属するわけではないのだけど、勝手に研究するぶんには構わないらしい。
安川研究室の先輩たちはオートマタの研究に取り組むことになった。心を持たないオートマタをマホが作り、それをバラして構造を調べるらしい。
私は魔導石の充電器の試作に取り組むことにした。ナノから頼まれていたものだ。工場に発注するようなものを作るとなるとそこそこ性能が良くないといけない。効率の良い充電方法を探るため、魔導石に電極を当てる位置を色々変えて充電する実験をした。
――で、温泉での一件があり、帰ってきた後のある日のこと。私は安川研究室で充電器の構造を考えていた。
「どう? 研究進んでる?」
声をかけてきたのは筧さんという修士1年の男子学生だ。私は研究室に所属していないとはいえ、もうすっかり研究室の仲間として気にかけてもらっている。
「ええ、魔導石に電圧をかけたときの特性はだいぶわかってきました。満タンまで充電されると電気抵抗が上がるので、充電されたということがわかります。魔導石の両端に電極を当てたときが一番効率よく充電されます」
魔導石は卵型だ。私はそのてっぺんとおしりを指で挟んで見せた。
「それから、電流は交流よりは直流ですね。ダイオードを組み合わせて直流にしてみたら効率よくなりました」
「へえ。これからどうするの?」
「試作をしてみたいんですけど、どんな材料にしようか考え中です」
「だったらうちの研究室の3Dプリンターを使ってみたらどうかな」
なるほど、3Dプリンターならプラスチックで複雑な形を作れるから、完成形に近い形を試すことができる。
「あ、いいですね。使っていいんですか?」
「まあ、あまり材料を無駄にしなければね。結構高いから」
うん、いい先輩だ。やっぱり共に仕事をする仲間とのコミュニケーションはこうでなくちゃ。ナノの一方的で強引なやり方は非常識だよね。
ふと、筧さんの持っている小さな箱が気になった。たくさんのコードが伸びている。
「それ、何ですか?」
「ああ、これ。オートマタの部品なんだけど、たぶんこれが中枢部」
そう言って蓋を開けて見せてくれた。中には小さな板状の部品がぎっしり配置されていて、虹色に輝いている。
「へえ、きれいですね」
「うん、さすが魔法の産物だね。これがどんな仕組みなのか、見当もつかないや」
マホが作ったものだけど、中身がどういう仕組みになっているのかはマホも知らないそうだ。魔導石の中にある情報を魔法で引き出すことで勝手に出来上がっていくらしい。
それにしてもこの虹色の輝き、CDの裏面に似ている。CDはナノメートルレベルの微小構造があるから、光を反射するときに波長によって干渉して打ち消されて虹色になる。これもCDと同じようなものかもしれない。
「ナノレベルの微小構造じゃないですかね」
「そうか、光の干渉か。なるほど、そう言われるとそう見える。君、頭いいね」
「いえいえ」
「ふーむ、だとすると、電子顕微鏡で調べなきゃわからないな」
「そうですね」
機械情報工学科では電子顕微鏡は扱ってないので、電子顕微鏡を使うあてが無かった。
「魔力の信号がどんなふうに流れているのか測ることが出来たら、もっと仕組みがわかるだろうな」
「魔力の信号を測れるものがあるかどうか、マホに聞いてみますね」
帰宅後にマホに聞いてみると、魔力の計測器は知らないけど魔力に反応するものなら作れる、ということだった。
翌日の昼休み。学生食堂でナノと一緒に昼食をとりながら、昨日あったことを話した。
「だから、中枢部はきっとナノレベルの微小構造になってると思うの」
そう言ったとたん、ナノが急に険しい表情をした。
「あたし、そんなにちっちゃくないのー!」
「え? どういうこと?」
「ちっちゃいってことを言うのに『ナノレベル』なんて言わないでほしいのー!」
「ナノメートル単位って言いたかっただけだよ! ナノのことは言ってないよ!」
ナノに笑顔が戻った。
「なーんだ、そういうことなのー。『ナノ』がナノメートルの『ナノ』なのか、ナノの名乗る名の『ナノ』なのかの誤解なのー」
「ナノだらけで何言ってるかわかんないよ! 『ナノ』って何回言った?」
「10回なのー」
「もしナノが猫の妖怪だったらどうなると思う?」
「にゃのがにゃのめーとるのにゃのにゃのか、にゃののにゃにょるにゃにょにゃにょにゃにょ……言いにくいのー!」
「ナノ、かわいー!」
「あたしは猫じゃなくてもかわいーのー。それでねー、その微小構造をどう調べるのー?」
「電子顕微鏡じゃないと調べられないと思うよ。電子顕微鏡はうちの学科には無いし」
「どんな学科なら電子顕微鏡がありそうなのー?」
「化学系だろうね。あと理学部や農学部の生物系。電子工学科にもあるかな?」
「じゃーねー、あたしに任せるのー。借りられるように話をつけてくるのー」
さすがナノ、たいした行動力だ。
充電器の試作品を3Dプリンターで作るには3Dモデルを作る必要がある。私は研究室のパソコンを使って充電器の3Dモデル作りに取り組んだ。3Dソフトは使ったことがなかったので、マニュアルを見ながらちょっとずつ作ることにした。
作り始めた矢先、研究室にナノがやってきた。
「電子顕微鏡での解析、やってくれる人を見つけてきたのー!」
早いよ! ナノに電子顕微鏡の話をしてから1時間しか経ってないよ!
ナノが連れてきたのは電子工学科の先生と学生。私と筧さんがオートマタの説明をしてから話し合って、電子工学科の学生がオートマタの中枢部の構造を調べることになった。




