住むならこんな街 2
「街にはなにか産業が必要なのー」
体を洗いながらさっきの話の続き。この話がよっぽど気に入ったようだ。
「オートマタを基にしたロボットを作る工場があるといいな」
洗い場にマホとリンもやってきた。
「魔導石を作る工房も欲しいですわね」
「大量に電気を消費しそうじゃのう」
みんな体を洗い始めた。リンも当然のように石鹸で体を洗っている。人形は石鹸で洗うものなのかは疑問を挟むところじゃないんだろう。
「街の外には延々と太陽光パネルが並んでるといいね。余った電力を売れるし」
「一旦作ってしまえば働かずとも金を稼げるのう。ピコよ、良い目の付け所じゃ」
「ロボット工場も、ロボットが働けば人間が働かなくて済むんだよね」
「働くのはわらわかー!」
「働くのはお嫌いでして?」
「私は嫌ってわけじゃないけど、もし楽しいことだけやって暮らしていけるんだったらいいよね」
「あたしはねー、世界中をあっと驚かせるような仕事がしたいのー」
ナノが魔法で一儲けしようとしているのはよくわかってる。
「そんな仕事、私だってしてみたいよ。面白い仕事は楽しいことに含めるの。つまらない仕事が無い街だといいってこと」
「どんな仕事も世の中に必要な大事なことですわ」
「必要無い仕事もあるみたいだけど、確かに大部分は必要だね。要は、面倒な仕事をできるだけ省いて、やらなくちゃいけない仕事は楽しくやれればいいな」
「わらわは働きたくないのじゃー!」
リンの存在意義っていったい……。
「その街には、家とお店と工場と、それから何がありまして?」
「学校と、オフィスと、えーと……」
「食べ物屋さんなのー。おっきなフードコートがいいのー」
「市役所はあるじゃろ。警察署と消防署もじゃ」
「公園も欲しいね。それから病院」
「教会もあるといいですわ」
「楽しい所がほしいのー。遊園地に、動物園に、証券取引所なのー」
「なんで楽しい所に証券取引所が含まれるの!? カジノかなんかと間違えてない?」
「それならゲームセンターも欲しいところじゃ。それとスタジアムと、ボクシングジム」
「リンがボクシングって、誰が相手なの!? コアリクイ?」
「この温泉もいいですわね。それから死刑台」
「中世には死刑が見世物だったって言われてるけど、現代だとありえないよ!? みんなわざと変なもの挙げてない?」
「わざとに決まっておろう」
「想像のお話ですから、何でも言いたい放題ですわ」
なんだ、みんなふざけてただけか。
「それならねー、最上階から1階までウォータースライダーがあるといいのー。街中をめぐっていろんな景色を楽しめるウォータースライダーなのー」
「世界最大のウォータースライダーだね。どんな所を通るの?」
「普通の道端も通るし商店街も通るのー。水族館も、学校も、教会も、病院も、食品工場も通るのー」
「道端を歩いてたらいきなり水着の人がすごい勢いで流れてくるんだよね? 商店街で買い物してたり、水族館でデートしてたり、学校で試験中だったりしても、いきなり水着の人たちが通り過ぎるんだよね? 教会の結婚式で夫婦初めての共同作業中に水着の人たちが割って入るんだよね? 病院の手術室の前で家族が緊張して待っていて、手術室のドアが開いて外科医が出てきた瞬間、水着の人たちがはしゃぎながら通り過ぎるんだよね? 食品工場でドーナツがベルトコンベアーに乗って次々揚げられていく横で、水着の人たちが次々流れていくんだよね?」
「毎日の生活が楽しそうですわね」
「楽しいというより落ち着かないよ」
「ウォータースライダーで流しそうめんもできるのー」
「もっと落ち着かない」
「でも皆さん、この他にもこの街での暮らす人々に無くてはならないものがありましてよ。それは……」
マホが体を洗っているのを横からナノがじっと見ている。
「よく揺れる胸なのー」
マホが体を洗うたびに大きな胸が揺れている。
「そうじゃのう。理想の街に無くてはならないものは美しさ、すなわち、よく揺れる立派な胸じゃ」
「よく揺れる胸は無くてはならないものじゃないよ。マホ、何なの? 無くてはならないものって」
「この1つの建物でできた街で暮らす人々に、無くてはならないもの……それは、入口ですわ!」
「当たり前だよ! 入口は当然あって、人も車も出入りできるよ! 建物に入口が無かったら誰も住めないよ!」
「建物が完成しないうちに中に入ったらねー、住むことはできるのー」
「一生出られないよ! 食べ物も手に入らないよ!」
「入口のほかに、駅も欲しいところじゃ。他の街に電車で行けるようにのう」
「建物の中に飛行場もあってねー、飛行機が出入りする穴が壁にあるのー」
「住民への騒音がひどすぎるよ! そして操縦が少し狂っただけで大惨事だよ!」
ナノはシャワーを浴び始め、私のツッコミが聞こえていないようだ。マホもシャワーを浴び始めた。私だけ体を洗うのが遅れてる……そうか、ツッコミばかりしてたから体を洗う手が止まってた! 急いで洗わなきゃ。
体を洗い終えて、もう一度湯船を堪能する。
「こんな大きな建物建てるとしたらねー、誰もいない場所の土地を安く買ってねー、ゼロからいきなり大都市にしたいのー」
建てるとしたら? 住むとしたら、という話じゃなくなってきてる。
「そっか、どんなお店もそろってる建物だから、不便なところにぽつんと建っていても問題ないんだ。山の中に建てるとしたら、斜面の形に合わせて傾いた建物になるだろうね」
「インドアで山登りができましてよ」
「砂漠に建てたら平らだしねー、太陽光パネルもフル稼働なのー」
砂漠! 日本の話じゃなくなってきた。
「砂漠の強烈な日差しを有効活用するなら、太陽光発電よりも太陽熱発電かな」
「なにそれー、知らないのー」
「鏡を使って太陽の光を1か所に集めて、その熱でお湯を沸かして蒸気の勢いで発電するの。日本では知られてないけど外国には結構あるよ」
「虫眼鏡で火をつけるようなもんじゃのう」
「ただねー、砂漠だと快適に暮らすには1つ問題があるのー」
1つどころじゃないよね。
「砂漠だと水が足りないのー」
当たり前だ。でも当たり前だからといって取り合わないのも夢が無い。問題を解決する方向で考えてみよう。
「砂漠ではよく海水の淡水化といって、海水に圧力をかけて浸透膜を通すことで真水を作ってるよ。でもせっかく太陽熱発電でお湯を沸かすんだから、海水を沸騰させて真水にするなんてのはどうかな? 蒸気をお湯に戻して繰り返し沸かすのに比べたら、冷たい海水から沸かさなくちゃいけないから発電の効率は悪いけど、電気も真水も手に入るから得だよね」
「おおー!一石二鳥なのー!」
「蛇口からお湯ばかり出て、冷たい水が出ないことになるのう」
「そこは、砂漠の乾燥した風を当てて蒸発させることで、冷ましてから水道に流したいね」
「砂漠の太陽の光で真水ができるのでしたら、その水を使って砂漠で農業ができますわね」
「産地直送の新鮮野菜サラダを食べられるのー!」
砂漠に広がるレタス畑を想像して、食べてみたくなった。そういう幸せもあるね。
「それから、お手洗いからの排水を畑に流せば肥やしになりますの」
「急に食べたくなくなったよ!」
「妙なことをぬかす奴じゃ。それは有機栽培野菜という高級品じゃ」
そういえば確かにそうだ。肥やしに直接触れてない所を食べるぶんには構わないんだろうけど……排水をそのまま流すのはどうかと思う。
「砂漠一面、鏡だらけの銀一色にするのー。そしてねー、お湯を沸かしまくって砂漠を畑で埋め尽くして緑化するのー」
「銀一色にしたいの、緑一色にしたいの、どっち?」
「どっちもなのー」
「それ二色!」
砂漠の緑化ときたか。夢の壮大さに拍車がかかってきた。いったい何の話からこうなったんだっけ。
「あれ? 雨の日の外出がつらいから街全体に屋根が欲しい、という話から始まったんだよね。砂漠だったら雨なんてめったに降らないじゃん」
「砂漠の夏は暑くて外出できないのー。だから屋根が必要なのー」
「街全体を冷やす最強のエアコンが要るのう」
「そこも水の気化熱でなんとか冷やせないかな。あ、そうだ、そんな巨大な建物だと換気が大変だね」
「窓を開けたら隣の部屋ですわ。換気をするなら全部の部屋の窓を開けなくてはなりませんわね」
「そんな窓無いよ! 換気用のダクトを全部の部屋までいきわたらせなきゃ」
「家に窓が無いのは殺風景なのー。その代わりにこの建物の窓がある所は全部展望台にするのー」
「いいね。100階からの景色の見える公園とか。展望レストランとか展望ホテルとかもあるといいムードだろうね」
「この温泉も、遠くの景色を見ながらゆっくり浸かりたいですわ。そのあとは外に出て魔法で飛び回ってはいかがかしら」
「外を人が飛んでるんだったら、温泉が窓の外から見られ放題ってことじゃん!」
「謎の光の帯で大事なところを隠せばよいじゃろう」
「いいわけないよー!」
なんか話が一周した感じがする。すっかり体の芯まで温まり、けだるさを感じながら大浴場を後にした。




