住むならこんな街 1
半月ほど過ぎ、十一月上旬。私はマホ、ナノ、リンと一緒に山奥の温泉街に旅行に来ていた。でも朝から雨が降っていて、午後から豪雨になり、電車を降りてバスに乗るだけでも足元がびしょ濡れ。とても観光を楽しめるような状況ではなくなった。なので私たちは早めに温泉旅館に向かった。
旅館に着いたときには頭からびしょ濡れになっていた。寒い。部屋に荷物を置いてすぐに全員で大浴場に行った。
マホはうきうきしている。
「ああ、大浴場、楽しみですわ」
「マホのいた世界だとこんなの無かっただろうね」
「ええ、初体験でしてよ」
脱衣所で服を脱いでいると、マホが隣で服を脱ぎだした。マホのスタイルが良いのが気になる。軍人だけあって筋肉の多い引き締まった体つきながら、胸やお尻にはたっぷり脂肪がついていてとても女らしい。やせっぽっちな私とは対照的だ。
マホは下着に手をかけつつ、魔導石を手にした。
「大勢ででお風呂に入るときは、こうするのでしたわよね」
マホの手からまぶしい光が出た。そして白い光の帯になってマホの胸と股を隠した。
「確かにこの前一緒に見たアニメでそういうシーンがあったけど! というかアニメでよく謎の光の帯があるけど、実際にはこんな光の帯は無いよ!」
「へー、ピコってマホにそういうアニメを見せてるのー」
そう言うナノの前にも光の帯が発生している。
「たくさん見せたうちの一つにたまたまそういうのがあっただけだから! そんなのばっかり見せてるわけじゃないから!」
私の前にも光の帯が発生した。
「って、光の帯は無くていいって!」
「あらあ、こういう作法なのかと思っていましたわ。隠さなくてよろしくて?」
「女しか見てなければ隠さなくていいの」
ふと違う疑問が頭をよぎった。
「あれ? 人形って、大浴場に入れていいんだっけ?」
「愚問じゃ。アヒルのおもちゃを持って入る幼女もおるじゃろ」
「そっか……いや、だいぶ違うでしょ!」
「細かいことを気にするでない」
みんなで湯船につかった。冷えた体をお湯の熱さがビリビリと刺激する。徐々に体があったまっていき、ゆったりと解放感を感じてきた。
「あー、あったまるー。生き返るね」
「ピコさんは今までお亡くなりになっていらして?」
「三途の川あたりまで行ったところで……なわけあるかー! 体が冷え切っていたから、あったかいお湯につかって気持ちよくて、生き返るような心地良さってこと」
「今日はほんとつらかったのー。マホは初めての旅行なのにねー、こんな大変な思いをさせてごめんなのー」
「いえいえ。お天気ばかりはどうにもなりませんことよ」
マホは魔導石を持ったまま湯船につかっている。これが無いと翻訳魔法の効果が切れるのだろう。
「天気はどうにもできないけどさ、できるだけ屋外に出なくて済む場所だったらよかったな」
「地下街とかなのー?」
「ああいいね、地下街。どんなに雨が激しくても、寒い日でも暑い日でも、いろんなお店を快適に巡れるよね。いっそのこと街全体に屋根があればいいのに」
気持ちよくて、私はだんだん後ろの壁に寄り掛かる体勢になってきている。
「おー、そんな街ならお出かけがすごく楽なのー」
「さすがピコさん、素敵な発想でしてよ」
「わらわの足じゃとあまり遠くに行けぬ故、誰かに抱えられて出かけることになるじゃろうから、屋根があろうが無かろうがあまり変わらぬがのう」
「どんな建物もすぐ近くにあるといいのにね」
「そうですわね。この温泉旅館も、家から歩いて5分の所にあれば気軽に立ち寄れましたのに」
「それ、旅行じゃない」
「旅行をせずともこの気持ちよさを味わうことができれば、それに越したことはなかろう」
リンにとってはお湯が深すぎて、水面から顔を出すために伸びあがっている。本当に気持ちいいのかな? そもそも人形がお湯につかって気持ちいいのかな? まあどうでもいいか。
「もし街中の建物を全部1か所に集めたら……」
「狭い土地に超高層ビルだらけなのー」
「いやいや。ビルの上にビルを積み重ねて、ビル同士をくっつけて、一番上のビルを屋根にするの。自分の家の上も下もビル」
「そうなったら街全体が一つの建物なのー」
「そういうこと。どこかに出かけるのに東西南北だけじゃなくて上下にも移動出来たら、5分で行ける範囲がものすごく多くなるよ」
「ピコの発想は面白いのー」
ナノは犬かきで泳ぎ始めた。
「上下移動するのでしたら、大きな吹き抜けがあって、そこを魔法で飛ぶのかしら?」
「その発想は無かった。上下移動はエレベーターで……いや、あまりに巨大な建物だとエレベーターは混雑しすぎる。エスカレーターがいいね」
「みんなが魔法で飛び回る街も楽しそうなのー」
「全員が魔法を使えることが前提の街?」
「魔法を使えずとも、下方向への移動は可能じゃ」
「落ちろってこと!? 死ぬよ!」
リンも犬かきでナノの後ろについていこうとして、浮くことができずに沈んでいった。
「たくさんの人が一か所に密集して暮らしてるなら、水平方向の移動もバスだと混雑しそうだね」
「大きなパイプの中を人が飛ぶのー」
「そこも魔法……いや、それって昭和の人が『未来はこうなる』って想像した絵にあるやつ?」
「そうなのー。車もパイプの中を飛ぶのー」
「そういう謎の設備じゃなくて、動く歩道にしておこうよ。大人数が移動するのに効率よさそう」
一つの建物でできた街。想像しているうちにわくわくしてきた。
「ピコさんは効率が良いのがお好きでして?」
「そうだね。効率の良さを突き詰めていくのって、パズルみたいで楽しい。そういえばさ、道路の上空ってスペースとして全然活用できてないよね。もし巨大な建物の1階が道路だったら、2階より上は別のことに活用できるから、どんなに広い道だとしてもあまりスペースをとらない。これって効率いいよね」
「なるほどねー、そういう効率の良さなのー。何階建てなのー?」
「短時間で行ける範囲を広げるために高さを追求したいけど、そもそも垂直方向に移動するのは水平方向よりも大変だよね。せいぜい100階建てじゃないかな」
「水平方向はどのくらいの大きさなのー?」
今日のナノはやけに食いつきがいい。こんな空想の話にそんなに興味があると思わなかった。
「水平方向にはいくら広げてもいいと思うよ。街の人口次第」
「じゃーねー、人口は100万人なのー。地方都市レベルなのー」
「よし、100万人が暮らす100階建ての建物の大きさを考えてみるね。街には住宅のほかに商業施設、学校、オフィス、工場とかが要るから、50階ぶんが住宅としてみよう。1件の家と、その前にある共用部分の廊下を合わせて、100平方メートルが1家族の持ち分としてみる。」
「その数字はどこから来たのー?」
「マンションのチラシに80平方メートルとか書いてるのを見かけるから。で、1家族の平均が2人として……」
「お父さんとお母さんしかいませんわ」
「一人暮らしが多いかなって思ったの。計算しやすい数字でいいでしょ。で、50階ぶん合わせて、100平方メートルに100人。100万人が暮らすなら100万平方メートル、つまり1平方キロメートル。東西1キロ、南北1キロの正方形だね」
「ピコ、すごいのー。よくそんな具体的な数字がすぐに出てくるのー」
知らない数字を聞かれたら、知ってる数字を組み合わせてだいたいの桁を推測する。それは技術者に必要な資質で、私の得意なことだ。
「1キロってどのくらいでして?」
「歩いて15分くらいの距離」
「ということは、5分くらい歩けば街の中心部に着きますわね」
正方形の辺の中点あたりに住む人なら5分で中心に近い所まで来るけど、正方形の隅のほうに住んでいる人はもっと時間かかる。
「100万人が住む街の中心部だったらねー、どんなお店でもあるのー。どんなお店も歩いて5分で行けるのー、すごいのー」
中心部の端に到達するまでが5分。そこから目的の店に着くまでもっと時間が……いや、どうでもいいか。動く歩道だともっと速いし。
ナノはそのまま洗い場に向かった。私もお湯から出て体を洗うことにしよう。




