接待 4
その次は65階にあるナノの部屋に行った。
「住民の暮らしを体感するメインイベントなのー。あたしの家なのー」
ナノの部屋も私の部屋と同じ、何の変哲もない2DK。わざわざ王様に見てもらうような場所じゃないと思うんだけど、ナノはどうしても庶民っぽい交流をしたいらしい。とはいえ20人くらいの集団が入れる広さではないので、半分の人数だけナノの部屋に入ってもらい、残りは向かいの私の部屋で接待することにした。
私の部屋に来るのはモロッコの政府関係者たちと、記者1人と、マホとミラ。10人が入ると結構狭い。お茶菓子を出してテーブルについてもらった。
「すみません、何も珍しくない普通の狭い部屋で」
「いえいえ、大変素敵なお部屋です。暮らしぶりがよくわかって参考になります。ピコさんは楽園のナンバー2のお立場だそうですが、そのピコさんが思ったより質素なお部屋で暮らしていらっしゃるということは、一般庶民はもっと狭い部屋で暮らしているということですかね」
「いえ、私は一人暮らしですので比較的狭い部屋なんです。皆さん立場に関係なく、家族が多ければもっと広い部屋で暮らしています」
「立場に関係なく皆等しい暮らしをなさっているということですか。部屋の内装もつつましいですね」
「ピコさんのお部屋は飾り気が無さすぎますわ。あまり女性らしさが感じられませんことよ」
「それは単に私の好みだから」
この街の経済とか福祉とかについて色々質問されたので、こちらからもモロッコの国営企業の経営とかについて色々と質問してみた。大雑把な話にはなったけど有意義な情報交換になったと思う。
「このゴーグルが普及したことで生活は変わりましたか?」
「そうですね、何でも声で指示することに抵抗が無くなりましたね。ルナ、テレビをつけて」
テレビに報道番組が映った。アナウンサーがしゃべっている。
「現場のメカマホさん、陛下の状況はいかがでしょうか」
テレビにナノの部屋が映った。
「はい、メカマホです。『陛下にソーラーキャッスルの人々の暮らしを体験していただく』言うてナノ社長が自宅に陛下を招待しはりまして、ここがナノ社長のお部屋です。『まるで友達を家に呼んだような親密な接待』としまして、ご覧のようにテレビゲームを始めはったんですけど、なんやもう陛下そっちのけで盛り上がってはります」
ナノと鈴木がゲームで対戦している。メカマホはチアにマイクを向けた。
「なんでこないな状況になってんですか?」
「いやー、王様はゲーム弱くてすぐ脱落したッスよ。まあ王様は子供の時にゲームなんてあんまりやらなかったと思うんで仕方ないッスけど。この中では鈴木が一番ゲーム強くて、それにナノ社長が必死でくらいついていってるとこッス」
何やってんのまったく! こんなの全然接待じゃないよ! 私はナノの部屋に乗り込んだ。
「こらナノ、何やってんの!」
「これは作戦なのー。わざと攻撃をよけさせて、鈴木をこっちに追い込んだのー」
「そんなのどうでもいいよ! 王様ほったらかして自分たちで楽んでないで、ちゃんと接待してよ!」
「ピコさんとしては、ゲーム初心者の陛下に接待プレイで楽しまはってほしい言うことですか?」
メカマホがマイクを向けてきた。
「接待プレイなんて実際の接待じゃやらないよ! 友達じゃないんだから、接待でテレビゲームするのがおかしいよ!」
「陛下はナノ社長のお宅を訪問してどないでした?」
メカマホが王様にマイクを向けると、王様は顔をそむけた。
「余は女性宅を訪問するのが初めてである。勝手がわからず緊張しておる」
何、このアラサーと思えないほどうぶな反応。
「まったく、あんたらだけで盛り上がってるなんてマジありえないしー」
ミラもナノの部屋に乗り込んできた。
「やっぱあーしが参戦しなきゃだめっしょ」
ミラはナノからコントローラーを奪い取った。
「自分がゲームやりたいだけかー! もー、ゲームなんてやってないで、そろそろ次の場所に行こうよ」
王様の護衛が割り込んできた。
「陛下、ここは我々に任せて先へお進みください。陛下の仇は我々がとってみせます!」
「あなたたちまでゲームしたいんですか!」
「ま、冗談はこれくらいにするしー」
「そうなのー、そろそろ次に進むのー」
ミラと鈴木はあっさりとコントローラーを手放した。護衛はきょろきょろ見回しながら言った。
「あ、も、もちろん、私も冗談ですよ。陛下の護衛の任務を放り出してゲームなんてするわけないじゃないですか」
そのキョドりっぷり、絶対に冗談じゃないよね。
次の場所として88階のサフィーヤさんの部屋を訪ねた。サフィーヤさんが手料理をふるまうホームパーティーが今日の夕食だ。やっと「住民の暮らしを体感する」というイベントらしくなってきた。
「もうすぐパーティーの準備が整うデスヨ。隣のお宅が会場デス。私の娘を預けているお宅デス」
「娘を隣人が育てておるのか」
「ソーラーキャッスルには『育児士』というお仕事がありましてよ。お仕事で忙しい夫婦の代わりに子供を育てるお仕事でして、わたくしも娘を預けておりますわ。育児士の方のお子さんの妹のように育てていただいていましてよ」
「おかげで私ももうすぐ市長の仕事に戻れそうデス」
「もう次の選挙でスライマーンさんに勝ったつもりでいるのは油断しすぎだからね」
隣の部屋を訪ねると家族で出迎えてくれた。夫婦と幼い子供2人がいて、さらに夫が赤ちゃんを抱えている。この赤ちゃんがサフィーヤさんの娘だ。
「自分の子供を育てながらよその子供も育てるというのは、負担ではないか?」
「夫婦の両方が家にいて子育てできるので、結構楽ですよ。夫婦の片方だけが子育てするよりずっと負担が少ないです」
5人家族の部屋なので結構広く、総勢30人近い人数でもなんとか入ることができた。サフィーヤさんが大量の料理を運んできてパーティーが始まった。タジン鍋などの郷土料理がメイン。ピザもある。結構おいしい。
王様はサフィーヤさんとアラビア語で話がはずんでいる。市長として経験した話を王様が聞きたいということもあるし、サフィーヤさんが話好きというのもあって話が途切れない。やっぱり最初からサフィーヤさんが接待したほうが良かったんじゃないかな。今日は王様を散々な目に遭わせてばっかりだったけど、このパーティーで多少は挽回できただろうか。
そして今日最後のイベントは100階のナイトプール。ウォータースライダーの入り口があるプールだ。音楽と光の演出でいいムードの中、若者たちでにぎわっている。ここで楽しんでもらって今日の印象を良いものにしてもらいたい。
「さあ泳ぐのー!」
ナノはいきなり水着姿になった。
「ずっと水着を下に着てたんだ。暑くなかった?」
「水着は暑くありませんことよ」
マホはビキニの水着姿になっている。それだけ露出が多けりゃ暑くないよ!
「ほならうちらは向こうで水着に着替えてきますわ」
メカマホたちは更衣室に向かった。戸惑っている王様にマホが海水パンツを差し出した。
「陛下もこれをお召しあそばせ」
「いやさすがに男女が水着で戯れるというのはいかがなものか」
「これも経験のうちですわ」
ナノがプールに飛び込むと水がはねて王様にかかった。
「あらあら、乾かして差し上げますのでお脱ぎあそばせ」
マホが念動魔法で王様の服を脱がし始めた。
「マホ! こんな所で着替えはまずいよ! スキャンダルだよ!」
護衛がこっちの様子に気付いた。
「おい、陛下に何をしている?」
まずい! 私は王様を物陰に押し込み、立体映像魔法で王様の姿を映した。
「お前、陛下をたぶらかそうとしていないか?」
「そんな、めっそうもありませんわ。わたくしには夫がいましてよ」
「陛下、このようないかがわしい場所は立ち去りましょう」
王様の声までは真似できない。私がフォローする形にしないと。
「陛下は今、異文化を体験なさろうかとお悩み中です。少しの間一人にしてさしあげませんか?」
「皆さんのぶんの水着も用意しておりましてよ」
マホは護衛の一人に海水パンツを手渡した。私ももう一人の護衛に海水パンツを手渡して……あれ? いつの間に私は海水パンツを手に持ってたんだろう? いやこれは海水パンツじゃない、王様がはいてたパンツだ!
私はさっき王様を押し込んだ場所にあわてて戻った。そこには王様の姿は無く、ウォータースライダーの入り口があった。ということは今、王様は全裸でウォータースライダーに流されてるって事!?
「どうしたのー?」
「ナノ、大変だよ! 王様が裸でウォータースライダーに流されちゃったみたい! 助けなきゃ!」
水着のメカマホが撮影スタッフを連れて戻ってきた。
「陛下のご様子はいかがでっしゃろかー? 色気ムンムンの水着に着替えて来ましたでー」
私は水着姿の王様の立体映像を映した。
「これから泳いできたいそうで」
王様がハイテンションでプールを泳ぎ回る姿を私が映している間に、ナノが王様の服を持ってウォータースライダーの出口に向かった。後でナノから聞いた話によると、王様は恥ずかしそうに「このことはくれぐれも内密に」と言ってきたそうだ。たぶん印象は最悪になっただろうな……。
その夜、王様たちはホテルのうち最高級の99階にある部屋に泊まった。ナノは庶民的な部屋も薦めてみたけど、さすがにもう嫌だと断ったようだ。




