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接待 2

 空港内の駅から電車に乗った。


「残念なのー、結構混んでるのー」


「座席を確保してはおらぬのか」


「この電車に指定席は無いんですよ」


「いくら住民の暮らしを体感するとはいえ、立たされたままなのはいかがなものか」


 私だって、もし旅行会社の添乗員がいるツアーの最中に電車で立ったままだったら嫌だ。住民の暮らしを体感してもらうというコンセプトだと全然おもてなしにならないんじゃないだろうか。


 そんなことを考えている間に、マホが乗客に話しかけた。


「申し訳ありませんわ。あちらの方が足腰の弱い貧弱な方でいらっしゃって、席をお譲りいただけませんかしら」


 マホの後ろから王様が口をはさんだ。


「聞こえておるぞ。誰が貧弱だ。本当のことを申さぬか」


「あら、失礼いたしましたわ。では、あちらの方は自分が一番偉いと思ってらっしゃって、周囲が何でも譲ってくれて当然と思ってらっしゃる方でしてよ」


 乗客たちは逃げるようにその場を離れて行った。


「さあどうぞ、席が空きましてよ」


「こんな譲られ方をして気分が良いわけなかろう」


 失礼なことをしてはならない状況なのに、もう失礼なことをしでかした。これから大丈夫かなあ。


 電車に乗っている間に私がルナの説明をした。


「このルナが身分証になっていまして、どこへ行くにも必要です。例えばお店に行って有料の商品を買う場合、持ち帰るだけで銀行口座から代金が引き落とされます。人物評価システムにもつながっていまして、持ち主の行動や会話、表情などを記録し続けています」


「ずいぶん監視社会であるのだな。そのことを住民は受け入れておるのか?」


「監視目的ではありません。個人の記録は私たちやシステム管理者もアクセスできませんし、警察官でも捜査令状に書かれた範囲の情報しか知ることはできません。記録を取る目的は統計データを活用することと、システムが各個人を評価することです」


「システムはどのようにして人を評価するのであるか?」


 私はかばんからクッキーを取り出した。


「例えば私がこのクッキーを食べますと、このゴーグルのカメラにそのことが映ります。あむっ、ほももみもほうぼうおあおうああま……」


「食べ終わってからしゃべるがよい」


「すみません、そのときの表情とか脳波などからこのクッキーがおいしかったかどうか判断するんです。おいしかった場合、クッキーの製造や流通に関わった人たちの評価が上がるんです。それから、もしこのクッキーの袋を私が電車の中に捨てたら私の評価が下がりますし、その後誰かがこの袋を拾ったらその人の評価が上がります。先ほどはマホが陛下に失礼なことを申し上げましたので、陛下の表情やお言葉からシステムが察してマホの評価が下がったことでしょう」


 カメラ付きのゴーグルが普及したことで、私たちは自分で「いいね」を押す必要が無くなった。


「評価に人の判断や私情が関わらぬようになっておるのだな。それ(ゆえ)常に記録し続けておるわけか」


「はい。システムに評価されると様々なスキルレベルに反映されます。社会の役に立つようなレベルが上がれば報酬がもらえますし、自分の技能に関するレベルが上がれば仕事を選べる幅が広がります。レベルが上がると達成感を味わえるので、行動を記録することが皆さんに受け入れられているのです」


「評価結果に問題は出ておらぬのか?」


「自分の評価結果に納得がいかないという意見は結構ありますね。なのでこの人物評価システムがどれだけ公平に評価しているかを採点する人たちがいるんです。その採点結果をもとに評価システムを改良していってます。とはいってもこれだけではまだ不十分でして、ゆくゆくはいろんな団体が独自の評価システムを作れるようにして、誰もが自分の気に入った評価システムを選べるようにしようとしています」


「ふむ、興味深い」


 電車は公園に差し掛かった。


「大きな木が多いな」


「外国から運んできて移植したんですよ。皆さんの憩いの場にするには木陰が必要だと思いまして」


 ボール遊びや昆虫採集を楽しんでいる人たちが見える。暑いのに子供は元気だ。


 ルナの説明を終えた後、メカマホと一緒にロボットの説明をした。ピアロイドは人間と同じ心を持っているので人間と分け(へだ)てなく生活している。一流のプロによる知識データを無料でダウンロードできるので、いろんな仕事をプロ並みにこなすことができる。でも一人のピアロイドにインストールできる量には上限があるので、必要無くなった知識データは削除している。


 電車がソーラーキャッスルに到着した。まずは昼食にしようと27階のフードコートに案内し、ルナで注文をする方法を教えた。


「ハラルメニューの中から選ぶのがお勧めですよ」


「メニューが多彩で選びきれぬな。うむ、余は『シェフの気まぐれランチ』を所望(しょもう)する。余が選ぶものより、シェフが最も薦めるものを食してみとうなった」


 ミラが私たちのルナにメッセージを送ってきた。


「シェフの気まぐれランチってのは、その日に余ってる食材をぶち込んだものだしー。味に関しては全然薦められないしー」


「わたくしがなんとかしてみせますわ。先ほどの失礼を挽回してみせましてよ」


 マホが厨房に走っていった。


「あーしも最高の料理を考えてくるしー!」


「こういう展開は燃えるッス! 自分も何かしてみたくなったッス!」


 ミラとチアも厨房に走っていった。


「チア! 警護はどうすんのよ!」


「ピコ先輩よろしくッス!」


 仕方がないので私が障壁魔法を展開した。しばらくして3人が戻ってきた。


「最高のおもてなしができるように、わたくしたちがメニューを考えて厨房に伝えてきましたわ」


「どんなメニューにしたの?」


「豚生姜(しょうが)焼きは至高の一品ですことよ」


「かつ丼は最高ッス!」


「パーティーするなら餃子(ぎょうざ)だしー」


「なんでそろいもそろって豚肉料理なのよー! イスラム教徒が豚肉を食べるわけないじゃん!」


「しまったッス! 豚肉はやめるように言ってくるッスー!」


 チアは厨房に向かって猛ダッシュした。


 しばらくして王様が受け取ったのは、衣だけの載った玉子丼と、玉ねぎだけの生姜焼きと、餃子の皮。見るも無残な見た目だ。


「見たことも無い珍しい料理であるな。何と言う料理であるか?」


「あたしも初めて見たのー」


「シェフの創作料理だと思いますよ」


「なるほど、気まぐれランチであるが故、新しく思いついた料理も出るのであるな」


 私は成形肉ステーキを受け取った。みんなで食べ始める。王様は違和感なく食べているようなので、まずくはないのだろう。


「今日は住民の暮らしを体感するということであるが、そなたらは普段からこのような食事をとっておるのか?」


 そんな餃子の皮だけとか、とんかつの衣だけとか食べてるわけがないよ!


「わたくしたちは普段通りの食事ですわ。でもたまに贅沢(ぜいたく)をしたいときは有料のレストランに行きましてよ」


 マホは天ぷらうどん、ナノはオムライス、ミラはドリアを食べている。


「巨大企業である楽園のトップであるそなたらは、普段から豪勢な食事をしておるものかと思うておった」


「立場なんて関係ないのー。みんなと同じ食事がいいのー」


「そうそう、みんな経営陣だからといって贅沢な日常を送ったりはしませんね」


「そう言うピコはステーキ食べてるのー」


「え、これはミンチを固めて焼いたものだから、作り方も値段もハンバーグだよ。歯ごたえと見た目がステーキに似てるだけ」


「成形肉ステーキですわね。霜降りステーキに似せて作ったまがい物でしてよ」


「まがい物じゃないよ。赤身と脂身の一番おいしい比率を追求した料理だよ。手間暇かけて育てた霜降り牛の貴重な部位を使う霜降りステーキよりも、普通の牛の余った部位の肉で作れる成形肉ステーキのほうが効率よくて私は好きだな。名前が偽物っぽいから『歯ごたえハンバーグ』みたいな名前だったらいいのに」


「ピコってそういうとこあるのー。本物かどうかよりもコスパ優先なのー」


「『偽物』ってのが『詐欺(さぎ)』とか『違法コピー』とかじゃなくて単に『安物』って意味だったら、『本物』の価値は品質だけだと思うな」


「どういう意味であるか」


「品質が同じなのに『貴重だ』とか『昔からある』といった理由で値段が高いとしたら、それは『周囲がうらやましがること』に価値があるということです。しかし他人の持ち物をうらやましがるという風潮は近年はかなり薄れてきています。本物を持つことのメリットは、もはや自己満足くらいしか無いのではないでしょうか」


「そのような考えもあるか。有名店の高級料理より、余が今食しておるような名も無き料理のほうが味が優れておるやもしれぬな」


 王様ごめーん! それは無いから! 今食べているものは詐欺という意味での偽物料理だから!

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