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接待 1

 役員選挙から2年が過ぎた。私たちがモーリタニアに来て6年が経ち、これから7年目になる七月。私はもう29歳。


「おはよー、朝だよぉ」


 ルナの声で目が覚めた。私は枕元に置いてあったゴーグルをかけた。このゴーグルをかけるとルナの画面が目の前に表示されるし、画面に何も映っていない所は向こうの景色が見える。ゴーグルからカメラが突き出ていて、私の表情をルナが把握できるようになっている。ルナ本体はスマホサイズだ。ちなみに私のゴーグルは近視用レンズを貼り付けたカスタマイズ品だ。


「ナノさんからメッセージが届いてるよぉ」


 ゴーグルにはマイクとイヤホンも付いていて、ルナの声や外国語の日本語訳をイヤホンで聞くのが普通になった。脳波を測るセンサーもある。


「開いて」


 目の前にメールの内容が表示された。


「今度の接待について話したいのー。3時に本社のお風呂に集合なのー」


 オフィスの大浴場は仕事の途中でリフレッシュできるといって意外とみんなに人気の場所になっている。それはともかく、会議の予定を当日に入れるのはやめてほしい。


「行くかなぁ?」


「あー、行く行く」


 身支度(みじたく)をして、アニメを見ながら朝食を取り、家を出た。ゴーグルには周りの人の名前や肩書などが映るし、外国語の看板は日本語に訳されて映る。道行く人もゴーグルをかけている人が多いけど、ゴーグルをかけずにイヤホンやカメラだけで済ませている人もいる。時々ルナの顔がちらちら映るけど、ずっと一緒にいるという安心感を出す演出なんだろう。


 楽園本社オフィスで仕事をして、3時にオフィス内にある大浴場に行くと、知り合いが何人も集まっていた。


「今度の王様の接待のことで考えたことがあるのー」


 モロッコ国王がソーラーキャッスルの視察に来ることになっている。最近即位したばかりの若い国王、サミール1世陛下。モロッコには国有企業が多いので、王様の影響力は政界にも経済界にも大きい。


「王様には視察を思い切り楽しんでほしいのー。だからねー、あたしがプランを考えるのー」


「ナノは礼儀知らずだから、失礼なことをしでかす未来しか見えないよ。モロッコとモーリタニアは戦争をした敵同士なんだから、何かやらかして私たちがモロッコの敵だと疑われたら戦争になるからね」


「じゃあピコがやるのー?」


「私は他人の気持ちを()むのが苦手だから無理。サフィーヤさんみたいに気配りできる人がやらないと」


「私でもさすがに王様をもてなす自信は無いデス」


「モーリタニア政府の手先のサフィーヤに任せるのはまずいのー」


 サフィーヤさんは首をかしげた。


「私が政府の手先デスカ?」


「最初に会った時にねー、自分はスパイだって言ってたのー」


 数秒間沈黙した。


「あ――!! 私はスパイだったデス、忘れてたデス!!」


「忘れとったんかーい! ずっとスパイっぽいことしてないなって思ってたけど!」


「上司に報告するのもずっと忘れてたデス! どうしたらいいデスカ!」


「そのままでよろしくてよ。元上司の方も、元市長のサフィーヤさんには手出しできませんことよ」


「そうデスネ……。うん、娘のためにも、スパイなんて仕事からは足を洗うデス!」


 サフィーヤさんは結婚して出産していた。出産前に市長を辞任しているけど、また近いうちに市長選に出たいらしい。


「娘のために頑張るなんて、いいね」


「ピコさんも早く結婚するデス。(かけい)さんとはどこまで進んだデスカ」


 時々一緒に出掛けたりはした。でも私が筧さんを好きなのかどうか、自分でもはっきりしない。これって付き合ってるって言えるのかなあ?


「うーん、進展無いなあ。付き合ってるかどうかはっきりしない感じ」


「もう2年間もその調子デス、こっちがイライラするデス! もっと積極的に誘うデス、からめとるデス!」


 なんでサフィーヤさんはそこまで私たちを付き合わせたがるんだろう。


「ピコさんも早く結婚なさったほうがよろしくてよ」


 マホも結婚して娘を出産したので大きな胸がますます大きくなっている。結婚相手はあのパトリックさんだ。異世界出身者同士で気が合ったんだろう。


「もー、今話してるのは結婚の話じゃないのー! 王様の接待プランをあたしが考えるって話なのー!」


「それなら私がやりますの。一流ホテルマンの知識データをダウンロードすれば、失礼の無いおもてなしができますの」


 アキコさんが今の市長だ。控えめな性格ながら数々の苦情を解決していった手際の良さが買われて当選した。最近はいろんなプロフェッショナルが知識データを公開することで貢献レベルを稼いでいるので、質のいい知識データがたくさん手に入るようになった。


「王様だったらそういうVIP待遇は慣れててつまらないはずなのー。フレンドリーなおもてなしのほうが新鮮なのー」


 そう言われるとそんな気もする。誰彼構わず距離の近い付き合いをするのはナノの特技だ。でも失敗すれば戦争の危機なのに、ナノのやり方に任せるのはリスキーだなあ。


「面白そうッス! 自分たちで手作りのおもてなしをするッス!」


「あーしもなんか面白い事してみたいしー!」


 ノリの軽い人たちが乗っかってきた。その後、ナノのやり方で接待をするということで話が進んだ。




 訪問当日。空港に政府専用機でやって来た王様を私たちが出迎えた。私と同年代の格好いい王様だ。護衛や政府職員を十数人連れている。私とナノ、マホ、ミラで出迎えた。


「ソーラーキャッスル空港にようこそなのー。あたしが楽園社長のナノなのー」


 ナノはフォーマルなブラウスとスカート姿だ。童女に見えない年齢になる前に自分のキャラを変えておこうと、大人らしいナノを演出したいらしい。でもウサ耳カチューシャはトレードマークとして欠かせないようだ。


()がモロッコ国王である。ここは人払いができておらぬようだな」


 空港は多くの人で混雑している。国王訪問を見ようと集まった見物客もいるようだ。


「今日は視察だからねー、普段通りのソーラーキャッスルを見てもらうのー。特別態勢はとらないのー」


「余の暗殺を狙う者が(ひそ)んでおるやもしれぬ。人混みは避けたいものである」


 チアと鈴木が前に出た。


「ここは自分たちに任せるッス!」


 二人は障壁魔法で王様たちを囲った。


「これは障壁魔法で、銃弾だって弾くッス。これを透明にしてずっと周りに張っておくのでどこでも安心していいッスよ」


「なるほど、それがそなたらの警備と申すのであれば、良きに計らうがよい」


「面白いしゃべり方ッスね」


「ルナの翻訳機能で口調を設定したのである。日本語にも様々な口調があって、『王様口調』というのも存在するのであるな。興味深い」


 事前に渡してあったルナで、興味本位で王様口調を選んだんだ。なかなか面白い王様だ。


「うちはメカマホ言うテレビ局のロボットです。今日はよろしゅうお願いします」


「ほお、本当に人間と変わらぬ見た目なのであるな」


 報道記者やカメラマンの集団も王様に付いて回る。


「じゃーねー、これから電車でソーラーキャッスルまで移動するのー」


「なんと。防弾仕様のリムジンが待ってはおったりはせぬのか。この視察はお忍びではなく公式の外交であるぞ」


 やっぱりそういう反応になるよね。王様の公式訪問の雰囲気じゃないもん。


「物々しい警護の中から視察しても何もわからないのー。住民の暮らしを体感してもらうのー」

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