魔法発表会 2
マホが翻訳魔法で留学生や外国語教師と様々な外国語で会話してみせた。マホが空中に舞い上がって炎や電撃を放ってみせた。錬成魔法で造花を作ってみせた。リンを「魔法で作ったオートマタ」として紹介し、客と会話をさせてみせた。
それからマホが転生したいきさつを説明した。魔導石を見せ、充電することで魔力をためることができることを説明した。
「つまり魔導石があればこの世界の人でも魔法を使うことができるのです。実際に私が今から魔法を使ってみます」
私はカバンから魔導石を出し、光を出すことを想像した。ちゃんと指先から。鼻の穴じゃなくて。……鼻の穴?
まずい、視界の下のほうが明るくなってきた! 私はあわてて手で鼻を隠した。何百人もの視線が私に注がれている。いっそ私の顔ごと隠したい!
すると私の体が浮遊魔法でふわっと浮き上がり、そのまま加速して天井を突き破った! 私の頭が天井に刺さってぶら下がっている状態だ。確かに顔は隠れているけどもっと恥ずかしいよ! 穴があったら入りたい!
再び浮遊魔法が発動し、私は自分があけた穴から天井裏に体をねじ込むことになった。天井裏はなんとか横を向いて寝転がることができるくらいの高さしかないが、なんとか隠れることはできた。
でも隠れていても事態は好転しない。何かの目的でわざと天井を突き破ったように見せかけないと。そうだ、まだカバンを持っている。この中にはバニースーツが入っている。私は急いで服を脱いでバニースーツを着た。
「光よ、灯れ」
私の全身が輝きだした。体が宙に浮き、穴を通ってゆっくりと下に舞い降りた。まるで最初からこういう演出だったかのように堂々と、神々しく光り輝きながら。大歓声が沸いた。バニー姿でこの人数の前に立つのも恥ずかしいけど、なんかもう吹っ切れた。
「いかがでしょう、私の魔法は」
いかがもなにも、私的には大失敗なのだけど、あたかも大成功のような顔で言った。
「まあまあ。ピコさん、なんてお美しい登場ですこと。そのお召し物、そうやって着るのでして」
マホはそう言ってほほ笑むと、急に明るく光りだした。まぶしい! マホの姿が見えない! 少しして光が収まったときにはマホはバニースーツを着ていた。
「わたくしも着てみましたわ」
またもや大歓声。マホのスタイルがいいだけに客の食いつきが半端ない。
マホが上に向かって手をかざすと、天井の穴がみるみるふさがっていった。天井裏にはまだ私のカバンと服があるんだけど、まあ後で取りに行けばいいか。予定通りこれで魔法の実演は終わりにして、協力を募る話に移ろう。私はマイクを手に取った。
「ご覧のように、魔法にはとても役立つ力があります。しかしそのメカニズムは謎に包まれています。そこで、魔法を研究する協力者を募集します」
マホにマイクを渡した。
「わたくしと一緒に魔法の研究をしたいという先生方は……」
「マネージャーのわらわに連絡するのじゃー! メールアドレスは……」
リンが黒板に向かったけど黒板に手が届かない。仕方ないので私がリンを持ち上げてあげると、リンは黒板にメールアドレスを書いた。先日マホがスマホを契約したけど、そのとき決めたアドレスをリンが書いたということは、リンはマホのスマホを自分のものとして使う気満々らしい。
ナノがマイクを奪い取った。
「魔法を使って新しい商品やサービスを企画したいときはねー、プロデューサーのあたしに連絡するといいのー」
マネージャーにプロデューサー。マホはアイドルか! それなら私の肩書は何?
「技術的な話ならこっちの下僕にどうぞなのー」
「下僕になんかなってない!」
「では質疑応答なのー。質問のある人は元気よく手を上げるのー!」
みるみる手が上がり、次々と質問が来た。
「魔法はどのようにして成り立ったのですか?」
「最初に魔法を使ったのは魔族だと伝えられていますわ。人間はそのやり方をまねながら発展させていきましてよ」
「空から二人の女の子が降ってきたとネットで話題になっているのって、あなた方ですよね。夢を見ているかのような美しいお姿でした。噂通り、この魔法発表会と関係あったんですね」
パジャマで商店街に降りてきたのがネットで話題になってたのかー!
「あれはこの発表会のためのティザーなのー。狙い通りに噂が広まってくれたようなのー」
ティザーって、具体的な内容を隠した宣伝って意味だよね。そんなこと全然狙ってないんだけど!
「オートマタの思考を司る部分は既製品で代用できないというお話でしたが、どのような仕組みなのでしょうか?」
「具体的な構造はわらわも知らぬが、人の脳細胞を模したものじゃと言われておる。人工知能と言われるニューラルネットワークも脳細胞を模しておるが、それぞれの細胞の状態を端から順に1つ1つ計算していく必要があるじゃろ。しかしじゃ、細胞を模した極小の素子が無数にあるハードウェアであれば、全部の細胞の状態を一度に並列的に計算できるのじゃ」
「その原理であれば、ニューロコンピューターというものが研究されています。まだ実用化はされていませんが」
それは知らなかった。私も何か言わなきゃ。
「では、オートマタを研究することがニューロコンピューターの実用化に役立ちそうですね」
ますます多くの人が質問してくる。
「魔法の原理とは?」
「精霊の力を借りていると言い伝えられておりますが、定かではありませんわ」
「マホさんの好みの男性のタイプは?」
「わらわが答えてやろう。そなたではない」
「魔法の存在はこの大学内の秘密にしておくべきでしょうか?」
「わたくしは魔法をできるだけ世界中に広めたいと願っていますわ」
「まず2か月くらい研究するのー。それからねー、年末あたりに一気に学会発表して世界に認めさせるのー」
「マホさんのスリーサイズは?」
「禁則事項じゃ」
他にも色々質問があったが、そのうちの一つとして、政治学の先生がこう言った。
「この魔法の力は軍事目的にも使用可能ですね」
どよめきが起きた。そういえば鯉を切り刻んで見せたり空中から炎や電撃を放ったりしたんだった。他人への攻撃や威嚇ができると受け取られても当然だ。
言葉に詰まっている私からマホがマイクを取った。
「ええ。わたくしのいた世界では、魔法は戦争のために使われていましたわ」
やばい! 講堂の空気が一気に冷え込んだ。
「そうでしょうね。誰かが強力な魔法の力を手にすれば、周りの人は魔法で攻撃されることを恐れます。周りの人も自衛のために魔法の力を手にし、いつでも報復できるぞと威嚇するでしょう。そうなればお互いに、相手が攻撃してくるのではという疑いを持つことになります。そして攻撃される前に攻撃しなければというところまでエスカレートすると、戦争が起きます……違いますか?」
「間違いありませんわ。そのような戦争は何度も起きておりまして、わたくしも戦争を経験しておりましてよ」
この話の流れはまずい。でも私は反論を思いつかない。鼓動が早くなる。
「あなたは戦争を望みますか?」
「決して望みませんことよ。戦争は地獄でしてよ。あの恐ろしい日々をこの世界に持ち込みたくはありませんわ」
「であれば、魔導石をすべて破壊することを提案します。そうしなければ、この世界でも魔法をめぐる戦争が起きるでしょう」
そうきたか! このままだと魔法は使用禁止だ! 私は魔法をこの世界に役立てたいのに。私は意を決し、マホからマイクを奪い取った。
「これまでも人類は、危険なものでも承知の上で研究して制御できるようにすることで科学を発展させてきました。危険の可能性があるからといってこの世界から消してしまうのは、科学の芽を摘むことになります」
相手はたじろいでいる。私、かっこよく反論できた! バニー姿で。
「可能でしょうか? 他人が魔法を使っても、それを脅威だと感じないようにすることが」
マホがマイクを手に取った。
「ええ、やってみせましょうとも。魔導石に制約を加える研究にわたくしが取り組みますわ。そして、人を攻撃できない魔導石を作りだしてみせましてよ!」
喝采が起きた。マホの表情と声から固い決意が感じられる。バニー姿で。
「よろしい。人を攻撃できない制約のかかった魔導石が完成した暁には、制約のない魔導石はすべて破壊すること。制約のかかった魔導石からは制約のない魔導石を作り出せないようにすること。よろしいですね?」
「よろしくてよ」
魔法のプラス面ばかりに気を取られてマイナス面を気にしていなかった。いい勉強になったと思う。
そして大盛況のうちに魔法発表会は終了した。
魔法発表会の後から、大学内のSNSは魔法とマホの話題で持ちきりになった。その中で、ナノは敏腕プロデューサー、私は優秀な研究者と持ち上げられてしまった。バニー姿の私の写真付きで。
実質的にリンのものになっているマホのスマホにはたくさんの研究室からの協力依頼メールが届いていた。理学部からは魔法の原理の研究。医学部からは治癒魔法の研究。工学部からは錬成魔法とオートマタの研究。文学部からは翻訳魔法と異世界の文化の研究。そして複数の男子学生からマホを食事に誘うメールが届いていた。
ナノと一緒に学生食堂で昼食をとりながらその話をすると、ナノはこう言った。
「あたしもあれ以来よく声をかけられるのー。よくお菓子をくれるのー」
「ナノはかわいいから餌をあげたくなるんだよね」
「そんなことより、ピコの最初の研究なのー。魔導石の充電器を作ってほしいのー」
「どうして?」
「コンセントからむき出しの金属の上に置いて充電なんて、危なすぎて他の人に勧められないのー。魔導石をたくさん作るのに、安全な充電器がたくさん必要なのー」
「たくさんって、どれくらい?」
「まずは千個なのー」
「工場に発注するレベル!」
マホが制約のかかった魔導石を作れるようになることを前提に、ナノは魔導石を商品化しようとしている!




