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彼女は父の後妻、  作者: あとさん♪
第二章
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8.黒曜石の瞳

 

 そーっと。


 ルーカスのできうる限り、極力最大限の気を遣いながらドアを開ける。

 音を立てないように。

 ゆっくりゆっくりドアを開け、中にいるはずのクラシオン夫人の姿を探す。


 城の南棟の四階、特別室にて。

 今日の夫人は窓際の安楽椅子に腰を下ろし、編み物をしている姿勢のままどうやら居眠りをしている。陽射しが暖かく、昼寝には絶好の場所かもしれない。


(おじゃましまーす)


 声をかけることでわざわざ起こしてしまうのは忍びないと、ルーカスは心の中だけであいさつしながら入室する。そして開けたときと同じように、ゆっくりゆっくり時間をかけ細心の注意を払いながらドアを閉める。


 以前はちゃんとノックして入室してもよいか尋ねていた。

 けれどクラシオン夫人からノックの音に令嬢が怯えてしまうと聞き、それ以降は(ルーカスに限り)自由にドアを開けることを許可された。

 ルーカスが必ず丁寧なあいさつをし礼儀正しく、完璧に静かなドアの開け方をする事実が夫人からの了承を勝ち取った要因らしい。


 夫人がいるこの部屋の続き部屋に『彼女』がいるはずである。そこにはドアという隔たりがないため、さっきよりもよっぽど気をつかい、足音を立てないように歩く。


 続き部屋との境界の入り口付近から、ひょいっと中のようすを窺う。

 こちらはフォルトゥーナ嬢のために設えた部屋で、昼間の彼女はよくここにいる。(ちなみに、この部屋のさらに奥の続き部屋が寝室である。こちらへはちゃんとドアが取り付けられている)

 部屋の中央には応接セット。

 その向こう側には大きめのクッション。よくここに令嬢がいる。

 入口付近には食事をとるための丸テーブルとそれに合わせた椅子もある。

 長椅子は大窓へ向け設置され、そこから外の景色を眺められる。

 部屋の隅には観葉植物。


(あれ? お姿が見えない。寝室の方にいるのかな)


 そう思ったが令嬢の気配はある。気配があるのに姿が見えないとはどういうことだろうと中に入った。足音は立てないように。

 もっとも毛足の長い絨毯を敷き詰めた部屋なので、もともと足音は響かない。

 いつもは窓際のクッションに座っているのにと考えながら、長椅子のところまで歩を進めると。


(あぁ。ここでお昼寝中だったんだね)


 フォルトゥーナ嬢は長椅子に横たわりクッションにもたれて、すやすやと眠っていた。

 ここに寝転んで天井まである大窓から空でも見ていたのだろうか。心地よい陽射しの中、そのまま眠ってしまったのだろう。

 部屋の入り口からは、長椅子の背もたれ部分が令嬢の姿をしっかり隠してしまい見えなかったようだ。


(クラシオン夫人もお昼寝中だし、クッキーは机の上にでも置いておけばいいか)


 令嬢に喜んでもらいたくて作ったクッキーをいれた箱を、長椅子の脇にあるサイドテーブルの上にそっと置く。


 そういえばこんなに近くに来たことは今までなかった。

 いつもは部屋の入口付近から見ていたから。

 手が届きそうな距離。


 思わず長椅子の前に――令嬢の顔の正面の位置に――正座してしまった。


 フォルトゥーナ嬢は暖かな陽射しを浴びながらすやすやと眠っている。

 艶やかな髪の毛がキラキラして、長い睫毛の先がくるりんってしてて。

 心なしか、いい匂いがして。

 やわらかそうな頬がすこし赤くて。

 唇が笑みの形を作っていて。


(夢の中くらいは、安心できているのかな。……そうだといいな)


 父から聞いていた話では、ばあやさんであるクラシオン夫人と辺境伯である父以外のすべてのものが魔獣に見えているらしい。

 だから移動する時には視界を覆うフードが必需品であると。

 この辺境の地(クエレブレ)に来たときの格好もそのせいだったと。

 用意されていたこの部屋も、最初は夫人の手を握っていないと怯えて泣き続けていたらしい。

 時間が経ったいまでは、この部屋にある物だけは自分に害をなすものではないと理解してくれたらしいのだが。


『お嬢さまは、赤ちゃんからやり直しているのだとばあやは思うのです』


 仲良くなったクラシオン夫人がかつて語ってくれたことばだ。

 令嬢の意識は彼女の心の奥底で眠ってしまったけれど、それは疲れ過ぎてしまったせい。

 いまは一からゆっくりとやり直しているのだと。

 赤ん坊のころ、すべてのものに怯えて泣く子がいる。それと同じなのだと。いずれ慣れれば大丈夫ですよと。

 だからルーカスも急激な刺激を与えないよう、邪魔にならないよう、遠くからようすを窺うだけにしていた。


 それにしても。


 こんな間近くで見てもいいのだろうかとドキドキする。

 でも眠っているし、いいかと思う。

 あぁでも眠っている淑女の顔を覗き見るなんて、もしかしてもしかしたら失礼なんじゃなかろうかと気がついた。

 いや、覗き見っていうのは物陰とかからこっそり見ることで、今のルーカスは真正面から堂々と見ているわけで――というところまで考えて気がついた。


(え? ということは、いつものぼくって失礼なマネをしているってことだよね⁈)


 これはダメだ。これはいかん。

 首をぶんぶん振って不埒な自分の考えをなんとかしようと思う。でもなんとかしようって、なんとかなるものだろうかとぐるぐる思い悩む。


(あれ? ぼくは、ぼくって、ものすっごく、……ふ、不審者ってやつなのかな⁈ ダメな奴なのかな⁈)


 焦ったとき。

 なんの前触れもなく、令嬢の瞳がぱちりと音を立てて開いた。

 髪の毛と同じ色の長い睫毛がくるりんとして。

 黒曜石みたいなキラキラの瞳とばっちり目があって。


(キレイだぁ……)


 ルーカスは息を呑み、動けなくなった。

 その瞳があまりにも澄んでいたから。

 陽射しを浴びて、なんだか虹色に光っているみたいに見えたから。

 感動してしまったのだ。

 うつくしいものは人の心を捕まえてしまう力があるのだと納得した。


 そして、思い出した。

 彼女が見る者ある物、すべて自分に害をなす魔獣に見えているのだと聞いたことを。


(ど、どうしよう……!)


 せっかくこの部屋には慣れてくれたのに、思いっきり不審なモノ(ルーカス)がいるではないか!

 不用意に動いて怯えさせてはいけないと思うから息をすることさえままならない。


 そんな、内心は焦りまくっているが身動きひとつしないルーカスを前にしたフォルトゥーナ嬢は。

 しばらくアーモンド型の目をぱっちりと見開き、自分の目の前にいるルーカスをじーーーーっと見つめた。


 その目がふにゃりと形を変えて。


 ゆっくりと令嬢の手が伸びて。


 その手の動きに合わせてふわりと甘い香気が舞って。


 ルーカスの頭にそっと乗り。


 やさしく、何度も、撫でた。


(ふぇっっえぇぇぇぇぇぇぇっっっ?!?!)


 令嬢の少し冷たい指が、ルーカスの髪に触れる。

 手触りを楽しむように、何度も何度もやさしく撫でる。

 その間、フォルトゥーナ嬢が――ルーカスの見まちがいでなければ――笑みを浮かべている。


 ルーカスは身動きがとれないまま長椅子の前で正座し、フォルトゥーナ嬢が自分の頭や髪や耳や頬やらに触れるままにさせた。


 その間、嬉しいやら恥ずかしいやら。

 どうしてこうなったのかと冷静に判断しようとして失敗したり、だれかフォルトゥーナさまを止めて! クラシオン夫人助けて! と思ったり。

 いやもしかしてこれってぼくとしては願ったり叶ったりな状態なのでは? だって令嬢に見て貰いたいって思ってたよね? あれ? 願いが叶った? 竜神さまありがとう! あぁでもでもでもっ! このあと、どうしたらいいの⁈ いつ動いたらいいの? やっぱり動いちゃいけない? 動いたら負けか! 怯えさせたくないしっ! ぼくは置き物、この部屋にずっとあった置き物です、だからこわくないですっそのはずですっ!

 あぁでもでも、それにしてもっ!

 いったいぜんたい、ぼくはこれからどうしたらいいんだよーーーーーーーっと心の中で盛大に吠えまくっていたのだった。


 ――うたた寝から目覚めたクラシオン夫人が、あらあら微笑ましい光景だことと声をかけてくれるまで。







※メレンゲクッキーは夫人があーんさせて、令嬢が美味しく頂きました。


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