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彼女は父の後妻、  作者: あとさん♪
第一章
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6.父が遭遇した夜会の顛末③

 

 サルヴァドールとカブレラ騎士団長が立ち上がり睨み合うと、その場は一触即発の剣呑な雰囲気に包まれた。


 両者ともに、背が高くたくましい体躯を誇る。そして両者ともに有能な剣の使い手としてその名を馳せている。両者とも端的にいって、『コワイ』外見でもある。


「ウルバノを鍛え直さねばならんのです!」


「それは君の息子だ。私には関係ない。だから断る!」


「そこをなんとか!」


「ならん!」


「あのバカの再教育のために!」


「私にそんな厄介者かつ足手まといのバカの面倒をみる義理などない!」


「あなたを(おとこ)と見込んでのお願いなのです!」


「君に見込まれんでも私は男だ!」


「サルヴァドール殿! あなただけが頼りなのです!」


「ならんものはならんっっ!」


「そこを曲げて!」


「曲がらん!」


 体躯もいいし声量もある両者が怒鳴り合う声は、室内にびりびりと響き渡る。


 腕組みをしそっぽを向くサルヴァドールと、なんとか彼に了承してもらおうと食い下がるカブレラ騎士団長。

 お願いします、いやだの応酬。

 どちらも我を曲げないせいでいつまでも続くかと思われたが、両者の言い争いを止めたのはラミレス宰相だった。


「カブレラ騎士団長。よろしいか」


 宰相の声は静かであったが、だれの耳にもすんなりと届いた。怒鳴りあっていたふたりも思わず宰相に視線を移した。


「カブレラ騎士団長。さきほど約定された我が娘への慰謝料の件であるが……辞退しても、よい」


「え?」


「その代わり、といってはなんだが……ご子息を我が領地のラミレス騎士団に引き取らせて貰いたい」


「え……それは、なぜ……」


 戸惑いを隠せないカブレラ騎士団長の問いに、宰相はにやりと笑って応えた。


「クエレブレほどではないが……我が領地も海に面しているため海の魔獣がでる。裕福な領地ゆえ海賊も横行する。我がラミレス騎士団とて勇猛を馳せた猛者ばかりだ。ご子息の性根を叩き直す場に不足はないかと。そのお役目、是非我が手にお譲りあれ」


 なるほどとその場にいる全員が思った。

 娘を傷つけた野郎に自分の手で報復したいのですねと。


「それは……私怨を晴らす目的になりはしないか?」


 いきすぎた私刑(リンチ)になりはしないか。

 そう危惧をした国王が口を挟めば、宰相はゆっくりと視線を国王へ向け微笑んだ。


「なに、命まで奪ったりはしません。騎士見習いウルバノ・カブレラには、じっくりゆっくり、た っ ぷ り 再教育に時間をかけますとも。

 ……あぁ、王家からの慰謝料もご辞退しましょうか。とはいえ婚約破棄に対する賠償金は減額するつもりありませんが」


「え゛」


「そうですねぇ。いっそカブレラ騎士団長ご子息の修業の場を『王命』としてこちらにお預けいただければ、王家からの慰謝料分はご辞退申し上げます。いかがですか?」


 その提案をまえに、国王は引き攣った笑顔で沈黙した。沈黙は了承を意味した。


「“王命”ですので、騎士団長も納得いただけますね?」


 宰相のなんともいえない迫力に押されたのか、カブレラ騎士団長は黙ったまま小刻みに何度か頷いた。

 もはやすっかり宰相の独壇場になってしまった感が場を支配する。


 国王と騎士団長を黙らせた宰相は、次にサルヴァドールへ視線を向ける。


「クエレブレ辺境伯閣下。閣下が引き取りを拒否した『厄介者かつ足手まといのバカ』を我がラミレス騎士団で引き受ける代わりに……」


 宰相の蒼い瞳が光ったようにサルヴァドールは感じた。


「我が娘を引き取って頂きたい」


「え゛」


 さきほどの国王のような声をだしたサルヴァドールに、宰相がたたみかける。


「今回の婚約破棄騒動で、娘の体面に傷がついてしまいました……娘自身に非はないとはいえ、醜聞の的になるのは免れませんし年頃の合うまともな人間には既に婚約者がいる現状。つまり、あの子の嫁入り先がないのです。こんな土壇場で醜聞などなければ、いかようにもできたものを……っ」


 ここでちらりと国王夫妻に視線を投げるあたり、宰相閣下はなかなか腹黒である。

 視線で告げた隠しことばは「おまえらのバカ息子のせいでな!」である。


 そのせいか、国王夫妻は宰相の視線に沈黙を守ったままだ。


「人前で婚約破棄を告げられるなど、そんな恥辱にまみれた娘の行く先など知れている。修道院か後添えになるか、だ。いまのあの子の現状では修道院など行ってもどうなるのか……。

 だが閣下。あなたには怯えなかった。

 むしろ頼りにしているような態度であった。あなたになら、娘を預けられる。お願いします。是非、あの哀れなフォルトゥーナを閣下の後添いにしてやってください」


 騎士団長のように大声で怒鳴るでなく、切々と情に訴えるさまに心が揺さぶられた。


 とはいえ。


 サルヴァドールにしてみれば、はいそうしましょうとすんなり頷くわけにもいかない。


「いや、だが私は……」


「奥方さまは、もう十年以上前に儚くなったと伺っております。なんの問題もないかと」


 強硬な依頼ならば同じように強気な態度で跳ね返すことができるが、このように情に訴え切々にかつ理路整然と訴えられるとどう返答したらいいのか分からない。

 サルヴァドールの人柄さえ加味された説得は、他者の言によって一時中断された。


「お話し中、失礼いたします。宰相閣下。令嬢の状態なのですが」


 宰相へ声をかけたのは、神官長であった。神官たちはこの国でも希少な光の精霊と契約し治癒魔法を使える者たちである。

 その中でも今代のケルビム神官長は、人の精神に触れ心の治療にまで長けた一流の能力保持者として有名であった。すぐにでも大神官にという呼び声が高い。

 彼は典医たちとフォルトゥーナ嬢の診察をしていたのだが。


「今回の騒動と頭部を強打したせいか、その……私が治癒の魔法をかけお心内まで診たのですが……令嬢の外界に対する意識の門が閉ざされた状態です……すぐの回復は、見込めません」


「意識の門が、閉ざされた状態?」


 それは端的にいえば『狂ってしまった』という状態なのだろうかとサルヴァドールは考えた。

 実の親にまで悲鳴をあげ逃げ惑う令嬢は、たしかに普通の精神状態だとは思えなかった。


「……令嬢には見る者ある物すべてが自分に害をなす恐ろしい魔獣に見えているのです……とくに、騎士の制服に強い恐怖を感じておられました」


「見るものすべてが魔獣に見えている、だと?」


 問い返す宰相の声が僅かに震えた。


「例外が、あのご婦人と辺境伯閣下ですね。ご婦人に対しては暖かい寝具、閣下の印象は大樹でした」


 サルヴァドールたちが別室に移る前に見たフォルトゥーナ嬢のようすを思い返せば、比喩表現であろうがなるほど頷けた。

 魔獣から逃げて大きな木の下へ避難した……みたいな感じなのかとサルヴァドールは納得する。

 とくに強い恐怖心を騎士の制服へ感じたというのは……騎士団長の息子が騎士見習いとして制服を着ていたことに由来するのか。そういえば第一王子も騎士服の盛装姿だった記憶がある。

 サルヴァドールも騎士服姿ではあるが、彼の制服は辺境騎士団の制服で黒一色の地味なものだ。金モールがふんだんに使われている王都のそれとは違う。


 そう思案していたところへ。


「宰相閣下が令嬢をクエレブレ辺境伯閣下のもとへお預けしたいと聞こえましたが、私はそれに賛成です。人の多い王都やラミレス領では、令嬢の心が休まらないでしょう。クエレブレならば人も少なく令嬢も心穏やかに過ごせるはずです」


 ケルビム神官長の邪気の無い穏やかな瞳がサルヴァドールへ向けられた。

 彼はラミレス宰相へ話しかけていて、サルヴァドールへは視線を向けただけだ。

 直接『お願いします』などと言われたわけではない。彼は『賛成』しただけである。

 だがその態度はことば以上にフォルトゥーナ嬢のクエレブレ行きを勧めていた。


「クエレブレは、竜の霊廟に守護されたこの王都と違い、本物の魔獣が頻繁(ひんぱん)に出没する場所なのだが……」


 魔獣の幻影に怯える令嬢に良い場所ではないと言いたかったのだが。


「あの強固な城に踏み入られた過去がないことを、私はよく存じております」


 サルヴァドールの力なき反論は、ケルビム神官長の穏やかな笑顔に封じられてしまった。



 実は、サルヴァドールはケルビム神官長と面識がある。

 彼はもともとクエレブレの出身なのだ。

 そして辺境伯夫人ガブリエラの臨終に立ち会い彼女に癒しの魔法をかけ続けてくれていたのが、当時は地方神官だったケルビムだ。

 その恩義もあって断り辛い空気になってきた。

 しかも彼はクエレブレの現状をほぼ正しく知りつつも、それを王都へ漏らしたりしていない。

 その恩義もある。

 さらに彼は()()()()()()()()()()()()()()()

 サルヴァドールにとって、それが最大の恩義である。


 その恩義あるケルビム神官長は、いつのまにか宰相の陣営に与している。サルヴァドールの抵抗はもはやいつまで保てるのか時間の問題かと覚悟し始めたとき。


 宰相が涙目になってサルヴァドールを見上げ始めた。

 もうことばにして依頼などしない。娘に対する父の気持ちを汲んでくれとばかりに見つめるのみ。

 つまり。


 ――空気を読んでくれという空気になってしまった。


 場の空気など読めなければ断れるものを! と内心で己を叱咤するが、あいにくガサツに見えるサルヴァドールは空気が読める人間である。


 ラミレス宰相が英邁だという評判は、一分(いちぶ)の隙もなく真実なのだなとサルヴァドールは思ったのだった。




 ◇ ◆ ◇




「そういうわけでな、事件の加害者の入領を拒む代わりに被害令嬢がこのクエレブレに来ることになったのだよ……ルーカス? なんとか言ってくれないかな、そんなジト目で見るのは止めてくれないかな、ルーカス?」


「ちちうえの、後添い……なの」


 後添い。妻と死別あるいは離別した男が次に結婚する妻のことを指す。

 そのことばの意味を、ルーカスはきちんと理解している。

 なのに、胸の奥にモヤモヤしたものがある。なぜこんなものがあるのか自分でも理解できない。


「あぁ。だが彼女はお預かりしただけだ。この地で静養してもらう。その……令嬢はばあやさん以外の人間は受け付けないと思うから……ばあやさんを助けてやってくれないかな」


 父の情けなく下げられた眉を見ると、よけいにモヤモヤしたものを感じたルーカスであった。

 けれどその胸のモヤモヤを解明できないまま、こっくりと頷いた。


「――わかった。ちちうえがそうお望みなら」




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