エピローグ:ルーカス・ドラゴ・デ・クエレブレ
あいかわらずルーカスの一日は、日が上るまえに城の北側にある神殿の礼拝堂の一番高い鐘楼の、さらに上の尖塔の先端に立ち『風の噂』を集め『風の守護結界』の確認をすることから始まる。
ルーカスが出奔していたとき、風の精霊ゼフィーが『風の守護結界』を勝手にパワーアップさせていた。
あのとき『魔力を預かる』などと言って余分に奪い取っていたが、そういう理由かと納得した。納得はしたが、自分が構築したものより高性能にしやがってと、なんとなく面白くない気持ちを味わったルーカスである。
『あーるーじー。まだ怒っているのかー?』
(怒ってないってば)
風の精霊ゼフィーがルーカスのそばを漂いながら話しかける。
ルーカスは『念話』で応える。
近ごろのルーカスはおとなの身体を手にいれたせいか、能力が格段に強くなった。
いままでなにげなく考えたことは『念話』となってゼフィーに駄々洩れ状態だったが、いま現在は思考と『念話』を切り離すことができるようになった。
おかげで(?)ゼフィーがこうして心配し、顔色を窺うような質問をするハメになるのだが、それはまあ、仕方のないことだから諦めろと言いたいルーカスである。心のうちまで共有されたくないのだ、子どもじゃあるまいし。
『で? 主はいつ、ちゃんと思い出した?』
(それは……ぼくが竜だってこと?)
フォルトゥーナの口づけにより『時止め』の魔法が解けてしばらくしてから……であろうか。
自然と記憶が甦ったのだ。
自分がどういう存在なのかを。
ルーカスの本性は竜である。
すべての生き物の頂点である竜は、すべての生き物に形態変化できる。
そして若年の竜は、さまざまな生き物に生まれ変わりながら修行を繰り返す。人々によく知られている例としては鯉という魚や蛟という蛇が多いが、鳥や獣、人の形態を取る場合もある。
そうやって、その時々の形態で命をまっとうし、また生まれ変わり。長い長い時を生き永らえながら修行していく。
なんども繰り返し生きていくなかで唯一無二の番を見つける。
見つけた番にはその魂に名を刻まれ、その後転生を繰り返しても必ず見つけ出すことができ、最後の転生で同じ竜の夫婦となる。
それが竜という生き物であり、人界からみれば神になる存在だ。
修行を繰り返した暁に、本物の竜神として転生する。
完璧な正竜、本物の竜神にならなければ違う次元にある竜神界へは帰れない。
いまから二十年前。
ルーカスは何度目かの転生を繰り返し、そんな状態にちょっとだけ疲れていた。
次の転生を拒み、卵に包まったままふて寝していたとき(人間界では魔獣避けになる不思議な石として扱われていた)に、サルヴァドール・フアン(のちのクエレブレ辺境伯)と出会った。
不思議と彼とはシンパシーが通じ合う気がして、彼の好む形態に変化した。人の形態をとったのは初めてのことだった。
誤算だったのは、完璧に『人の子』としての体裁を整えてしまったせいで、竜だったころの記憶まで忘れてしまったことだ。
人の子は転生しても前世を覚えていないのが普通だ。
それでもおとなになれば、自然と竜としての本性を思い出すはずであったが。
いまから十三年前、ガブリエラ辺境伯夫人が亡くなったとき。
自分の妻が亡くなり悲嘆に暮れた辺境伯は、たったひとり残されたルーカスを抱きしめこう呟いた。
“おまえは私をおいて逝かないでくれ。いつまでも私のこどものまま、そばにいてくれ”
辺境伯は、養子であるルーカスにずっと自分たちの親子関係は続くのだという意味で言った。
だがそのことばを“子どもの状態で”居続けろという意味に受け取ったルーカスは、無意識のうちに己に『時止め』の魔法をかけた。
大好きな養父の涙ながらの懇願を叶えたかったからであるが、まだ人のことばの裏を読めるほどの機微もなく、むしろ『人として』は幼いといっても過言ではないころのことだ。
当時のルーカスは幼すぎて、自分自身に魔法をかけたことすら分からなかった。
辺境伯自身も自分の言った決定的なひとことを忘れているし、そのせいで息子が『時止め』の魔法を使っただなんて思ってもいない。
『人』という生き物は脆弱すぎるうえに忘れっぽいし、感情のなりたちが複雑で面倒くさいのだ。
とはいえ、ルーカスの本性は竜である。
成長すれば自然と己の本性を思い出すはずであったが、それを思い出すまえに無意識に使った『時止め』の魔法のせいで成長を止めたあげく、中途半端に竜の力も使えるようになってしまった。
超人的な力が使えたり、すべての精霊と契約できたり、クエレブレの環境が変わったことも。
(それでも本当に竜として目覚めたときと比べれば、ほんの僅かなものであるのだが)
それらのことはすべて、『竜の封印を受けたから』できたのではない。
『ルーカスが竜だから』、自然と竜の力を使えただけの話である。
『新世界を作ればよかったのにー』
(しつこいぞゼフィー)
彼は今でも樹海で提案した意見を口にするから、ルーカスは閉口する。
いま現在、その樹海へは魔獣討伐隊という名の探検隊が組まれ遠征が行われている。
その指揮を執っているのはサルヴァドール・フアン。
辺境伯位をルーカスに譲ったあと「暇になったからちょうどいいな!」とにこやかに笑い、意気揚々と出発した。
環境や生態系も一新してしまったので調査も兼ねて遠征しているが、脳筋たちを率いた父は実に楽しそうである。
『樹海の開拓も楽しいと思うぞ?』
ゼフィーはまだ言うのかと、ルーカスはちょっとだけ呆れる。
(うーん。そうかもしれないけどさ、ぼくはフォルトゥーナに苦労してほしくないし、彼女が帰ろうって言うからさ。彼女の決定に逆らうぼくなんて、ぼくじゃないでしょ)
だからクエレブレに帰ってきたのだとルーカスは思う。
樹海で精霊たちに“もう自由になれ”と提案された。
人としての生をまっとうするにしても、いつまでも同じ地域で生きる必要もなかろうと。
少しだけ、魅惑的な誘いだなと思ったのは事実。
なんの柵もない場所で自分の王国を築くのもいいかもしれない。
初代建国王がそうしたように。
けれどルーカスは、クエレブレで生活することを選んだ。
なによりフォルトゥーナ自身が“いっしょに帰りましょう”と提案してくれたから。
フォルトゥーナがそう言ってくれて、ルーカスは嬉しかったのだ。
心の底にあった本心を、愛する人に言い当てられた気がしたから。
彼女はルーカスのことを理解しているのだなと思えたから。
彼は、やっぱりクエレブレの父やみんなが好きなのだ。
みんなと一緒に『人としての』命をまっとうしたくなったのだ。
(やっぱりぼくのフォルトゥーナはすごいなぁ)
ルーカスがフォルトゥーナと初めて出会ったとき。
彼女は父の後妻、だと認識した。
でも彼女の可憐なくちびるを見たときから、ルーカスの心臓は跳ねた。
彼女の赤い髪が一房零れた姿から、目が離せなかった。
釘付け、という表現はあのときのルーカスの状態でまちがいないとゼフィーは言った。
『無意識のレベルだったが、番を見つけた竜のそれだったぞ』
ゼフィーには最初からお見通しだったらしい。
(ところで……ゼフィーはぼくの本当の親のことって知ってるのか?)
今のルーカスにとって“親”といえば、サルヴァドール・フアンとガブリエラ・フアナのクエレブレ辺境伯夫妻のことだ。彼らからの温かい愛情を受けたルーカスはわりと素直な少年に育ったと思う。
だが竜であるルーカスをこの次元に赴かせた両親がいるのも確かなことで。
ふいに、疑問に思ったのだ。
それを知っているのは彼しかいない。
かたわらに立つ精霊をじっと見つめれば、空の色を閉じ込めたような青い瞳がルーカスの赤い瞳を見つめ返した。
今回も“いずれ分かること”と流されるかと思えば。
『知ってるぞ。主を我に託したのは主の親だ』
などとあっさり答えた。
幾度も転生を繰り返したルーカスであるが、竜にとって精霊は“従えるモノ”。
ルーカスにとってのゼフィーは“生まれるまえに付けられた侍従”という存在だ。
ゼフィー以外の精霊たちは、転生を繰り返したルーカスがそのつど自身に仕えさせた者たちだ。
だから彼ら精霊はルーカスを“あるじ”と呼ぶ。
契約して一対一の関係を持つ人間とは認識が違うのだ。
(へー。……いつか、会えるかな)
竜には人の子のいうところの“親子”という概念は薄い。
自分たちの手元で育てず、違う次元の世界へ放置する。
放置された竜は自力で自分を鍛え、本来己がいるはずの次元へ帰る力を養うのだ。
力をつけた竜は、竜神界を目指す。
そういう本能が備わっている。
竜神たちの世界へ行けば、自分の親に当たる竜のことも本能で分かるのだ。
『そうだな。息子が番に会えたことを寿ぎ、喜び勇んで見にきてたしな』
(え?)
寝耳に水な発言を聞いた気がしたルーカスはゼフィーを睨む。
『なんだ?』
(いつ?)
“喜び勇んで見にきた”とはどういう意味だ。それはいつのことだと目を剝くルーカスに、ゼフィーは飄々とした返事をする。
『目覚めの乙女が回復したのは、あのとき『竜の寿ぎ』を受けたせいぞ? 気がつかなんだか?』
あのときか!
死の山の花畑でフォルトゥーナとふたりきりでいたときの!
ルーカスが思わず内心を吐露し、無駄だと思いつつも彼女にプロポーズしたあのとき、確かに二頭の竜が頭上を舞っていた。
二頭の竜? もしかして両親揃って⁈
(聞いてないよ!!!!)
『聞かぬ主が悪い』
ルーカスは頭を抱えてしまった。
竜の顕現という慶事をすっかり忘れていた己の迂闊さと、ゼフィーのその場しのぎのいい加減さに。
◇
フォルトゥーナは辺境伯城の屋根の上に出た。
ここからは鐘楼の上にある尖塔の、さらにてっぺんに立つルーカスの姿を一番間近で見ることができるからだ。(とはいえ、それなりの距離はあるが)
朝一番に朝陽を浴びるのはとても気持ちがいいと彼女は思っている。
それが彼女の大好きな人を見ながらなんて、なんて贅沢な特等席なのだと鐘楼のてっぺんを見上げた。
風に吹かれるオブジェのような、うつくしい夫の姿にうっとりする。
奇しくも、かつての辺境伯が同じ場所に立ち『風の噂』を集める息子を見守っていたことがあった。そのとき彼はほぼ一昼夜、息子の動向を見守るハメになったのだが。
当時の息子は、現在“辺境伯閣下”と呼ばれる身分になった。
そして彼の妻が屋根の上にいると気がついた途端。
ルーカスは光の速さで妻の許へ戻ったのであった。
【おわり】
【たぶん】
ここまでのご高覧ありがとうございました。
お楽しみいただけたのなら幸いです。
当初予定していたよりも構想が膨らみ長くなり。
このまま続けると「タイトルの嘘つきっ」状態になってしまうので、切りのいいところでエンドマークをつけることにしました。
【おわり】です。
いうなれば第一部、完。みたいな。
なんせ『彼女』はルーカスの『妻』になっちゃったし、もうおねショタじゃないしwww
伏線はぜんぶ回収したし。……したよね?
回収しきれなかったものは第二部で活躍するはず……です。
その第二部、公開するときは違うタイトルになると思います。
とはいえ公開時期は未定。いまださだまらず。
まだ書いてないし!
続きを書きたい気持ちもあるので【たぶん】を付けた次第。
公開して後悔……にならないよう精進します。
最後に。
お気に召しましたなら、評価、ブクマをお願い致します<(_ _)>




