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彼女は父の後妻、  作者: あとさん♪
第五章
30/45

28.いつのまにか説得モードに(side:公爵令嬢)

 


 恋を自覚したフォルトゥーナは、とてもすっきりした気分で城に戻った。

 発熱し寝込むほど悶々と悩み続けた問題が氷解したのだ。それもあっけないと思うくらいあっさりと。


 霧が晴れたような。

 暗中模索で途方に暮れていたときに、一筋の希望の光を見つけたような。

 そんな胸の()くような心地になったのだ。


 辺境伯の後妻になるためこのクエレブレに来たのに、その責務を果たしていない現状――言うなれば、誇り高いフォルトゥーナが一番唾棄する怠惰な行為――を打破できる。


 思いたったら即実行だ。

 くよくよウジウジと思い悩むなど、フォルトゥーナらしくないことをしてしまった。


 この地を治めるのはクエレブレ辺境伯サルヴァドール・フアン。

 彼がこの地の最高責任者にして法律。彼の意思決定がなによりも優先される。彼が白だといえば黒いものも白になる。ここはそういう土地である。


 自分のこの想いを叶えるため、そんな辺境伯との話し合いから始めねばならない。

 自分に有利になるように話し合いを進めるにはどうしたらいいのだろうか。

 フォルトゥーナは脳内であれやこれやさまざまなパターンで交渉する場面を想定し考えを巡らせた。


 このときのフォルトゥーナは、実は本人が思うより冷静さを欠いていた。

 それに気がつくのはやらかしたあと。




 ◇




 その日の夕食の席についたのは、辺境伯とフォルトゥーナのふたりだけであった。

 ルーカスは騎士団の若い騎士たちに拉致されたまま帰還しなかった。

 フォルトゥーナが訓練所で起こった一連の出来事を辺境伯に説明したところ彼は鷹揚に笑い、それならばルーカスは騎士たちと鍛冶職人の工房にいるか、魔法騎士たちの実験場にいるかだろうと言った。


 伯の予想は当たった。

 夕食がほぼ終わりかけの時刻に、ルーカス本人から帰城は遅くなる夕食は共にできないという連絡が入ったのだ。魔法騎士たちの実験場で魔法付与の講習会になってしまったらしい。


 その連絡を聞いたフォルトゥーナはがっかりした。

 彼女は伯との話し合いをするのに、ルーカスに同席してもらいたかったのだ。

 ルーカスの同席がないのならば、話し合いは後日に延期すべきか。

 一瞬、そう思ったがなんだか気が()いた。

 どうしてもすぐに話したくて堪らなくなった。

 いや待て。ここは一時撤退し策を練り直すべきではないかという考えも浮かんだ。


 それでも。いや待て。


 想いは千々に乱れた。その混乱が頂点に達したとき、なにかに追い立てられるかのごとく急いた気持ちが爆発した。


「フォルトゥーナ嬢? いかがした?」


 さきほどまでにこやかに会話しながら食事を進めていた令嬢が、思い詰めたようすで黙りこんだ。辺境伯はそんな同席者を気遣い声をかけた。


 すると。

 弾けるように顔を上げたフォルトゥーナ嬢は、おもむろに叫んだ。


「辺境伯閣下! ルーカスさまをわたくしにくださいっ」


「――は?」


 そこここでガチャンと食器の触れ合う音がし、フォルトゥーナは自分の失言に気がついた。


(話の前後もなにもなく、なにを言い出したの、わたくしったら!)


 内心は動揺しまくったフォルトゥーナであったが、あいにく(?)彼女の鍛え抜かれた精神力と表情を変えないスキルのお陰でその動揺は周囲の人間に気取られることはなかった。


 代わりに(?)動揺したのは、食後のお茶を給仕しようと側に立っていた老執事を始めとする使用人たちだった。

 突拍子もないセリフを耳にし動揺した彼らは、片づけるために手にした食器を粗雑に扱い音を立ててしまった。同時に使用人たちの動きが止まる。


 彼らが息を止めて見守るなか、辺境伯は鷹揚に答えた。



「あー、そうは言うてもな、フォルトゥーナ嬢。ルーカスは猫の仔ではないから、はいどうぞと令嬢にお譲りするわけにはいかないな」


 辺境伯はニヤニヤとどこか面白がるような顔でフォルトゥーナに話しかける。

 もしかしたら辺境伯はこのまま笑いに紛らせて有耶無耶にしてしまうかもしれない。

 そう危惧したフォルトゥーナは、頭の中で展開させていた“辺境伯との交渉パターン”をぜんぶ白紙にした。

 彼には策を弄するより、心情に訴えた方が有効な気がしたのだ。


「話しの順番を間違えましたわ、閣下。まずわたくしが申し上げたいのは、わたくしと閣下との婚姻のお話を解消させていただきたい、ということですの」


「おや。私はふられたか。私のなにがダメだったのだ?」


「駄目ではありません、閣下は素晴らしいお人です。役立たずになってしまったわたくしを引き取ってくださるほど、お心の広いお方です。父の思惑がどうだったのか、今のわたくしには分かりかねますが、いまわたくしがこうして話しをできるまでに回復したのは、ひとえに、辺境伯閣下をはじめとするこちらの城の皆さまと、なによりもルーカスさまの献身があったおかげだと聞きおよんでおります。そして、わたくしの心はルーカスさまに向かってしまいました」


「……あれが有能だから?」


 このとき辺境伯は“ルーカスの能力値の高さに目を付け”、結婚するなら若く懐柔できそうなルーカスを選ぶ気なのかと聞いたつもりだったのだが。


「えぇ! ルーカスさまは素晴らしいですわ! なんてうまくわたくしの心のひだを掴んでしまったことか! わたくしはルーカスさまが愛しくて堪らないのです。ルーカスさまのやさしさ、お心のうつくしさ、気高さ、高潔な騎士ぶり……すべてに心が射貫かれてしまいましたの……わたくし、こんな気持ちは本当に初めてなのです……あの方がいいのです。あの方でなければ結婚などしません」


 フォルトゥーナ自身は自覚していなかったが、頬を染め、興奮したようすで語る彼女の瞳は潤み、息苦しいと言わんばかりに抑える胸元にはルーカスの瞳の色と同じ宝石が輝いていた。

 どこからどう見ても、そこにいたのは恋する乙女だった。

 ルーカスの能力値の高さを計算しそれを手に入れようと画策する年上の女ではなかった。


 辺境伯はしばしあっけにとられた。これが演技ならとんでもなく才能に溢れた女優だと思った。


「フォルトゥーナ嬢……」


「たしかに、年の差はあるでしょう……ルーカスさまご本人にとっては、こんな年上の女、願い下げかもしれません。でもっわたくしは好きな方を目の前にして、別の殿方に嫁ぐようなまね、したくはないのです。ですから閣下……!」


 辺境伯がフォルトゥーナのことばを遮るように、手の平を向けた。

 そのときようやく周囲に目を向けた彼女は気がついた。

 夢中になって話していたフォルトゥーナは気がつかなかったが、いつのまにか老執事を始めとする使用人たちが退室し、食堂は辺境伯とフォルトゥーナのふたりだけになっている。


(もしかして、気をつかってくれたのかしら)


 急に気恥ずかしさが蘇り、フォルトゥーナはいたたまれない気持ちになった。


(なんというか……熱く、語ってしまったわ……)


 辺境伯は静かな声で場所を変えようと言い、席を立った。その顔を窺えばどこか笑いを堪えているような表情だったので、少しだけホッとする。


(ご自身に絶対の自信がおありになる方特有の、鷹揚さと寛容を併せ持つ方。クエレブレ辺境伯さま……)


 フォルトゥーナが感じた辺境伯の印象は、彼女の生まれ育ったラミレス公爵領からよく見える大海原だ。すべての恵の源であり、ときには荒々しく人を遠ざける。

 懐に入って匿われるような立場になれば、どこまでも甘やかしてくれる人だと思った。

 その分、敵には情け容赦しないだろうけれど。


 その辺境伯に目線だけでついて来なさいと言われたような気がしたフォルトゥーナは、黙って彼のあとに続いて食堂を出たのだった。




 ◇




 辺境伯のあとに続き訪れたのは、城の西翼の三階奥。


(そういえば、西翼の三階から上だけは案内されていないわね)


 城の案内をしてくれたルーカスからは、辺境伯のプライベートエリアだから足を踏み入れない方がよいという注意を受けていた。フォルトゥーナはそのことばに従い、不用意に立ち入らないようにしていたのだが。


(この階段、のぼったことがあったような……へんね、気のせいかしら)


 辺境伯に続いて入室したのは、うつくしい婦人の肖像画が何枚も飾られた部屋であった。

 嫋やかでいまにも儚く消えてしまいそうなその絵の婦人の瞳は、よく見るとルーカスと同じ紅玉色(ルビー)


 辺境伯はその絵の前に立つと、愛おしそうに、どこか哀愁をともなうように見つめている。

 彼の雰囲気に、この絵はもしやと問いかけた。


「閣下。もしかしてこの絵のご婦人は……奥さまでしょうか」


「あぁ。私の妻。ガブリエラだ……もともと身体が弱くて……十三年前に亡くなった」


 辺境伯は絵から目を離さないまま応える。


「ルーカスさまと同じ瞳ですね」


「あぁ、そうだな。……この色でなければ、私はあの子を引き取らなかったかもしれない」


「え?」


 しみじみとした口調で応える辺境伯のことばに、わずかに引っかかるところがあった。


(この色でなければ、引き取らなかった? あの子って、もしかしてルーカスさまのこと?)


 辺境伯のことばをそのまま受け止めれば、この絵画の婦人と同じ瞳の色を持った子を引き取ったという意味になるのだが……。

 ルーカスは養子だということなのかと、フォルトゥーナは息をつめる。


「フォルトゥーナ嬢。これから私が話すことは、すべて嘘偽りのない真実だと誓おう。妻の前で私は嘘を言ったことがないんだ」


 絵画に向けていた目をフォルトゥーナへ移した辺境伯は、とても凪いだ瞳で静かに語った。


「そして」


 とてもとても、はにかんだような笑みを見せた。


「たとえ生まれ変わったとしても、私の妻はガブリエラただひとりだ」


 そう言って笑った男の顔はとても好ましいとフォルトゥーナは思った。


「だから……好いた男のまえで他の男に嫁げないと言った君の気持ち、理解できる。

 そうだな……まずなにより、こちらの事情を説明しよう。

 うまく説明できるか分からないし、それを聞いた君がどう思うか……私には想像するしかないが……


 長い話になるから、座りなさい」




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[一言] 思ってたより勢いよく行った────!!!! Σ(・ω・ノ)ノ!
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