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彼女は父の後妻、  作者: あとさん♪
第二章
13/45

12.労働後の朝食

 

 風の精霊ゼフィーの指先が向けられた先を見下ろしたルーカスは、いろいろなことを一瞬のうちに理解し後悔した。


 城の屋根の上で、クエレブレ辺境伯サルヴァドール・フアンが腕組みをしてこちらを見上げていた。

 彼は執務室で話し合いをしたときと同じ、シャツにスラックスという軽装のままだ。

 眉間に皺を寄せ、憤懣(ふんまん)やるかたなしといった表情。

 ――少し、疲労の色が見える。


(しまった! あの顔……怒ってる!)


 いや、怒っているというより。

 正しくは、心配しすぎてその心配が突き抜け怒りの域にまで達している状態なのだあれは。

 いろいろと察したルーカスは動揺した。

 『風の噂』に時間をかけ過ぎてしまった。すぐに戻って父の心配を晴らさねばならないと思った。


 だが。


(あれ? 動かない……?)


『風の噂』をかけ続け、かれこれ十八時間ほどが経過していた。その間、同じ姿勢を取り続けていたルーカスの身体はこわばり、急に動こうと思っても動けなかったのだ。


 動きたいのに動けず焦っていると、なにやら目の前がちかちかと点滅する。

 急激に喉の渇きと空腹を感じ。

 平衡感覚が怪しげになり。


(んん? どうしたんだ、ぼくは)


 自分の身体を自分が思うように動かせないなどと、過去にはなかった事態に混乱する。

 世界がぐにゃりと歪んだように感じた。

 清々しい朝日が昇っているのに!

 朝日を浴びるといつも身の内に力が灯る感覚があったというのに!


『やれやれ。世話が焼ける……』


 風の精霊が呟くと、ルーカスの頭をそっと指先で押した。

 絶妙なバランス感覚で立ち続けていたが、その些細な力が加わったことでルーカスの身体は尖塔のてっぺんから放り出された。


(ゼフィー! いまわざと押したね!)


 風の精霊を睨むがなすすべなく宙に投げ出されたルーカスの身体は、やっぱり自分の意思で動かすことができない。固まったまま落下する。

 視界いっぱいの空がぐるぐると回る。


(やばい、この角度で落ちたら城の中庭だ……!)


 朝早いからまだだれも中庭にいないだろう、落ちても迷惑をかけないだろうとか。

 受け身をうまくとれなかったら骨の一、二本は覚悟すべきかとか。

 なんでゼフィーがぼんやり見てるだけなんだとか、いろいろ思ったとき。


「この大バカ者がっ!」


 凝り固まったルーカスの小さな身体は、サルヴァドールのがっしりとした腕の中に抱きとめられていた。

 ルーカスの大好きな父の香りに包まれる。

 え? と思うあいだも落下は続き、ついでズシィィィンと音を立ててサルヴァドールが中庭に着地した。砂煙がもわっとあがる。


 視界の狭まったルーカスには見えていなかったが、彼の落下を目撃したサルヴァドールは息子を受け止めようと城の屋根からダイブした。

 彼は空中でみごとにルーカスを捕獲し、中庭に降り立ったのだ。


 ルーカスの視界の中、父の厳めしい顔が吠えた。


「ルーカス! この、大バカ者がっ!」


 それさっきも言ってたね、とは言えなかった。

 とてもとても怖い顔をしたサルヴァドールの瞳に光るものが見えたのだ。


「いくらおまえでも夜どおし魔法を発動させるなんて無茶なこと、今後はするな! その挙句、あんな高い所から落ちるなんて、私の寿命が縮むようなまね、金輪際(こんりんざい)するんじゃない!」


 そうは言ってもと反論したかったルーカスだが、声帯も固まったのかうまく声が出ない。喉からは掠れた音声のようなものが出るのみで。

 サルヴァドールがルーカスの身体を強く抱きしめた。


「……心配、するではないか……」


 続いた父の小さな呟きに、ルーカスは息を呑んだ。

 父の身体が微かに震えていた。泣いているのかも、しれない。

 自分の頬が、彼の頬に触れる。ずいぶんと熱く感じるが、それはルーカスの身体が冷え切っているせいだ。彼の少し伸びかけになった髭が当たる。……痛い。

 サルヴァドールの大きな手がルーカスの頭を撫でる。

 彼の匂いや気配に包まれると、いつもルーカスは安心する。ルーカスの存在を許容する温かくて大きなサルヴァドール。大好きで尊敬している父。


「ちちうえ……ごめんなさい」


 なんとかがんばって出した声は、小さいし掠れるし喉は痛くなるし。

 でもしっかりと父の耳に届いたらしい。父が無言のまま何度か頷いた。


「閣下、若さまのごようすは?」


 老執事の声が聞こえたのでそちらを見ようとしたルーカスだったが、サルヴァドールの大きな身体の向こう側にいるのかよく見えない。


「若さま、まずはお水を」


 目の前にずいっと差し出されたコップには、なみなみとつがれた水。夢中で一気飲みをした。


「あー。声がでるー」


 乾いた身体に水が染み渡る感覚にほっと息をついたとき。


「次に身体を温めるものを」


 いつのまにかすぐそばにテーブルセットが出現していた。その上に、温かそうな湯気を立てている琥珀色の透き通ったスープのお皿が。

 椅子に座らされたルーカスが震える手で皿を持ち上げ、直接口をつけて飲み干すと、


「お野菜もお召し上がりください」

「こちらに肉を」

「ふかした芋も」

「パンも」


 などと言いながらテーブルの上にさまざまな種類の料理がこれでもかとつぎつぎ並べられ。

 空腹を訴える正直な身体に従い、目の前に出現したそれらをなんの疑問も持たず飲み込む勢いで口にしていたが。


(あれ? ここ、食堂じゃなくて中庭だよね)


 げっ歯類のように頬をぱんぱんに膨らませたまま、もぐもぐと咀嚼しているルーカスがやっと冷静になった目の前には、サルヴァドールも椅子に座り骨付き肉を両手に頬袋を膨らませている。


 ふと気づき周りを見渡せば、城の使用人たちがニコニコしながら給仕している。


 中庭で。これはちょっとした異常事態ではなかろうか。


 料理を運んでくるトーニョの姿も見えた。ルーカスと目が合うと『やったな相棒!』とでも言いたげないい笑顔で親指を立ててサインを送ってくる。


(なるほど。ぼくだけじゃなくちちうえも飲まず食わずで一晩過ごしちゃったのか。みんなはそれを心配していつでも食事できるよう、用意してくれてたんだね)


 とはいえ、中庭でいいのかなぁと思うルーカスだったが。


(あ。やばい)


「ちちうえ。とりあえず要点だけ。王子(バカ)はどうやら洗脳されて騙されていたとか」


 ルーカスは自分の体調不良に気がついた。

 どうやら魔力切れの気配がする。ぐらぐらと視界が歪みだした。

 まえに一度やらかしているので覚えがある感覚だった。


「洗脳?」


「なんとかっていう媚薬で側近たちも狂わされていたって」


「媚薬、ですか」


 父と老執事が交互に質問を挟むが、自分の知り得た情報をうまく話しきれるだろうかと内心危惧する。


「あの夜会以降、じわじわと洗脳が解けていたらしいんだけど、決まったことだからって男爵令嬢と結婚して、その後、男爵一家が隣国からのスパイだって判明してました。三代前からこの国にひっそり根付いていた筋金入りでした」


 自分は理路整然と話せているだろうかと危ぶむ。若干早口になっている気もする。


(急げ。でも落ち付け)


「おぉ……」

「なんと……」


 父と老執事が驚愕の表情でルーカスを見ている。


「令嬢と結婚したあとでなんか揉めて、発覚したらしいんだけど、そのときには王子(バカ)はすでに男爵位を継いだあとで、そこからスパイとして一家まとめて捕まえたらしいんだけど、だからといって王族位に返り咲けるほどの手柄ではなくて……」


「そりゃあそうだな」


 魔力枯渇は、いわゆる貧血状態に近いのだとケルビム神官さまに解説されたことを意識の隅に思い出す。

 視界の端からじわじわと黒く染まる。手足の冷えを急激に感じる。

 目の前の肉が食べ掛けなのが気になる。


「せめて王族に戻りたい王子(バカ)がラミレス令嬢に謝罪したい、彼女の知恵を借りたいとか言い出してたらしくて」


「は?」


「なんと……」


 返事をしてくれるふたりの顔もよく見えなくなってきた。

 ルーカスはだんだんと猫背に、俯きがちになっていく。


「王宮内では“なんて無駄なあがきを”って言われてて、“もう処置済みだから子どもも作れない”って」


「そりゃあ、そうなるな」


 この肉を焼いたのはたぶんトーニョだ。ルーカス好みの焼き加減で調整してくれる彼の作る料理の味は大好きだ。


(ぜんぶ食べきりたかったのにぃっ!)


「でもなんか手柄を立てれば一代限りの公爵位を貰えるって言われたらしくて」


「だれから?」


「おうさまから」


 ルーカスは目を開けているつもりができていないらしい。ぜんぶが暗闇に閉ざされた。


「だから、ラミレス公爵の、れいじょ、うに……」


(時間切れ、だ……)


 ルーカスの意識がぷっつり途切れた。

 首ががっくりと前のめりに落ち皿に直撃する寸前、その頭を支えたのは側で給仕していた老執事だった。


「ルーカス?」


 辺境伯が声をかけるが、ルーカスはもう返事をしなかった。

 セルバンテスの手の平に(ひたい)を支えられ、寝落ちしている。


「若さま……どうやら魔力枯渇です」


「だいじょうぶなのか?」


 その昔、魔法騎士を目指していた老執事(セルバンテス)は辺境伯よりよほど魔法に詳しいし、うまく扱える。


「えぇ。睡眠が必要なだけでございます」


「ならば、よいが」


 突然、活動停止したルーカスの小さな頭をやさしく支え、彼の顔色を窺えばそれほど悪くはないことを確認した老執事は安堵のため息をついた。


「閣下はこのままお食事を続けますか?」


 ルーカスの身体を丁寧に抱き上げた老執事がしれっとした表情で(あるじ)へ問いかけた。


「いやちょっと待て。私がルーカスを運ぶから……っ」


「閣下はお食事中かと」


中庭(ここ)で食事など続けられんっ」


 息子がいたからこそ腹ペコ親子が食事をしていても許されてたのだと辺境伯は言うが、老執事は彼の(あるじ)の言い訳を聞き流し城の居住区内へと移動した。


 その腕には大切に抱えた若い(あるじ)

 城内にいるだれもが、彼がいるからこそこの辺境の地(クエレブレ)が見違えるように豊かになったと思っている。



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