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彼女は父の後妻、  作者: あとさん♪
第一章
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プロローグ:公爵令嬢フォルトゥーナ・クルス・ラミレス

 

 まさか、本当にやらかすとは思わなかった。

 フォルトゥーナは心情的に天を仰いだが、実際には扇を顔の前に広げて表情を隠すに留めた。

 他者に分かりやすく感情を悟らせないために。

 将来王妃になるはずの彼女は、そういう教育を受けてきたからだ。


 他国からきた流行(はや)りの恋愛小説が巷では大人気らしい、というのは知っていた。

『フレッサの婚約破棄騒動』。

 それを第一王子が愛読書にしているという情報も得ていた。


 とはいえ、その第一王子が率先して()()()()()()婚約破棄を叫ぶだなんて、だれが想像したであろう。


(いいえ。想定しておくべきだったわ)


 アクエルド王国の第一王子エウティミオ・ラミロは、そういう少し足りない……思慮の浅い……自分の立ち位置をいまひとつ理解していない……どういい方を変えようと、本人の資質的に王国の今後を背負わせるにはいま百歩くらい不安な王子であった。


 だからこそ、才媛と名高いラミレス公爵家が一女フォルトゥーナがこの第一王子の婚約者だったのだ。王子の不備を補完するために。


 ――そう。()()()。過去形、である。


 たったいま、その王子から婚約破棄を告げられたから。

 物語のように、王宮の夜会で王子は高らかに婚約破棄を宣言し、真実の愛とやらで結ばれた令嬢との愛を貫く――つもりらしい。


 こんな騒ぎを起こしたのだから、それなりの責任を取らねばならない。

 フォルトゥーナはもちろん、エウティミオ王子も。


(それにしてもやり方ってものがあってもよくないかしら)


 その秀麗な顔を扇の陰に隠し、フォルトゥーナはこっそりため息をついた。

 なぜならこの婚約破棄、だれがどう見ても王子の独断専行であったから。

 いや、正しくは“王子と彼の側近たち一派”の、である。


 夜会に参加している高位貴族の令息令嬢たちは、みな驚きの声を上げていたのをフォルトゥーナは聞いた。王子、正気なのか? という呟きには同意しかない。


 だれもが知ってはいた。王子が成り上がり者の男爵令嬢を寵愛していたことを。

 しかしだれもが思っていたのだ。それは学園にいる間のお遊びに過ぎないのだと。卒業すればちゃんとした王族として(わきま)えるはずだと。男爵令嬢など、せいぜいが愛妾になるだけだろうと。


 だが王子とその側近たちは「一時のお遊び」だとは思っていなかったらしい。(くだん)の男爵令嬢を王子の正妃に据えると宣言した。


 王子の側近たちはフォルトゥーナにとっても幼馴染みであった。

 ともに幼少時から王子を支える人材として教育を受けていたはずなのに、なにをどう間違えたら王宮で行われている王子の学園卒業祝いの夜会で婚約破棄を叫ぶようになるのだろうか。


(エウティミオさま……変わってしまいましたね)


 第一王子、エウティミオ・ラミロ・デ・アクエルド。婚約者であったがどこか頼りなく、いつもフォルトゥーナを頼って弟のような存在であった。

 恋愛感情はなかったが、友情という情は持っていた。

 それがいまはどうだ。憎々し気な目でフォルトゥーナを見下ろしている。傍らに小柄な令嬢を侍らせながら。


(ウルバノ……あなたもそちらに肩入れするのね)


 騎士団長の子息、ウルバノ・カブレラ。将来騎士団に入団し、父親のような立派な騎士になるのだという彼の夢を応援していた。いずれ王妃になる自分を守ってくれるのだと信頼していた。

 それがいまはエウティミオ王子のそばで、やはりフォルトゥーナを睨んでいる。視線で人を殺せそうな目付きで。


(オリベーリオ……冷静なあなたも、そちら側ですか)


 オリベーリオは貴族派の筆頭侯爵家の嫡嗣ではあるが、彼とは意見の衝突がなかった。将来的には王国の未来のため、よりよい関係を築いていけると思っていた。

 一緒に魔法の訓練をした日々はなんだったのだろう。

 いい関係を築けていると思っていたのは、フォルトゥーナだけだったようだ。


(ラミーロ……あなたの先読みは鈍ってしまったようね)


 ラミーロは有能商会を抱える伯爵家の嫡嗣。本人の相場を読む力も天才的で、フォルトゥーナの父であるラミレス公爵も彼の実力を買っていた。フォルトゥーナが王子の婚約者にならなければ、彼の婚約者になっていたかもしれないほど。


 みな同じ年の幼馴染み。学園に入学するまえは王宮で一緒に勉学に励み、ともに魔法学を学び、研鑽を積んでいた。


 それがいま。全員が全員、フォルトゥーナを親の仇のように睨みつけてくる。

 とても幼馴染みを見る表情とは思えない睨みようであった。学園に入るまえ、あのような表情を向けられたことなどなかったはずだ。


 フォルトゥーナは扇の陰に隠れ、細いため息をついた。胸に去来するのは諦めと落胆と、哀しみ。


(わたくし、あなたたちに憎まれていたのね……知らなかったわ)


 幼馴染みたちは全員、学園入学後に変わってしまった。

 いや、あの転入生――エウティミオ王子の腕に絡みついている男爵令嬢――に出会ってから。






 覚えの無い罪を突き付けられるが、フォルトゥーナはひとつひとつ丁寧に矛盾を提示する。

 そうすると彼らの睨みつける目が、さらに尖って剣呑なものに変化していく。

 罪を素直に認めようとしないフォルトゥーナの態度が、彼らの嫌悪をさらに煽っているようだ。

 だがフォルトゥーナとしては、自身の身の潔白を掲げるしかない。


(やってないものはやってないし。後ろ暗いところなどなにもないし……でも精神力が削られていくわね)


 痺れを切らしたのか、ウルバノがフォルトゥーナに近づき“ご託を並べていないで観念しろ”と怒鳴った。


 彼を、睨みつけてやれば良かったのだ。

 あるいは、言ってやれば良かったのだ。ご託を並べているのはどちらなのか、と。

 おまえは誰になにをしているのだ? 学園を卒業したいま、身分差を問わない学生ではないのだ。伯爵子息の分際で公爵家の娘を怒鳴りつけるなんて、なんたることだ。おまえは親の顔に泥を塗る気か、と。


 けれどフォルトゥーナは対応を誤った。

 ウルバノをきっぱりと無視してしまったのだ。

 目の前にいるがいないものとして、一瞥すらしなかった。

 どんなに恫喝されても響くものなどないと態度で示してしまった。


 実際は、身体の大きな(ウルバノ)が目の前で威圧まじりに大声を出すのだ。まちがいなく怖かった。怖くないわけがない。鍛えられた精神力で誤魔化していたに過ぎない。


 彼女は第一王子にだけ視線を向けていた。彼の反応だけに心を配っていた。

 側近たちは王子の命令の元、行動していたから。

 彼の指示なくなにかをするとは思ってもいなかったから。


 だが、自分がそうだからといって、だれもがそうだとは限らない。

 己の存在そのものを否定されたと感じたウルバノは、カッとなってフォルトゥーナの腕を掴み背後へ引き倒した。


 王子の指示などないまま。


(……しまった!)


 フォルトゥーナは突然の暴挙に反応できなかった。

 彼女にできたことは、視線をウルバノへ向けたことくらいだ。

 怒りに我を忘れたウルバノと一瞬視線が交差した。


 彼は昔からカッとなったら自分の力に頼る傾向があった。成長するにつれ、よくよく考慮するくせをつけそんな態度は鳴りを潜めていたのだ。

 だが彼の過去の癖を失念していたフォルトゥーナの落ち度だ。


 将来、騎士団長になるのだと夢を語ったウルバノ。

 将来、王妃になるなら彼が自分を守るのだろうと思っていたフォルトゥーナ。


 まさか、守ってくれるだろうと思っていた相手が自分を傷つけるだなんて、夢にも思っていなかった。


 信じるべきではなかったのだ。

 たとえ幼馴染みであろうと。

 気心が知れた相手とはいえ、牙を向けない保証などないのだと。


(警戒すべきだった、わ……)


 後頭部に衝撃と痛みを感じた瞬間、フォルトゥーナはそう思った。


 そこで彼女の意識は途切れた。



 ◇



 


 次にフォルトゥーナの意識が目覚めたのは、どこか荒廃した場所であった。荒れすさみ、嫌な雰囲気が充満したどこなのか分からない場所。靄がかかっているようでよく見えない。


 自分がどこにいるのかよく解らなかった。

 あちらこちらに恐ろしい魔獣がいた。


 白い小人が警告する。逃げろ! 捕まるまえに逃げるんだ!


 魔獣がフォルトゥーナに気がついて近づこうとする。

 恐ろしい! 逃げなければ殺されてしまう!


 ここは王都ではないのだと思った。竜神に守られている王都に魔獣など現れるはずがないのだから。

 どうしてなのかは分からないけれど、いつのまにか恐ろしい場所に来てしまったのだと悟った。


 泣いた。もう泣くような年齢ではないのに、泣きながら逃げた。

 だって怖かったから。

 魔獣なんて、生きて遭遇するとは思ってもいなかったから。


 フォルトゥーナは騎士ではないし、目指してもいない。

 冒険者でもないし、それを目指したこともない。

 魔法は使えるが、攻撃魔法は恐ろしくて極めなかった。


 極めるべきだったのだ。自分で自分の身を守れるようにならなければいけなかったのだ。


 無力なフォルトゥーナは逃げた。泣きながら逃げた。


 逃げて、逃げて、逃げて……


 大きな樹の下に隠れた。


 そこには暖かな寝具があって、フォルトゥーナをしっかりと包み込んでくれた。 

 そこで丸くなって眠れば、魔獣は来なくなった。


 怖い思いはもうしたくなかった。



 ◇






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