学園の聖女様は僕の前では別人です!
どこにでもある学校、杉原学園は僕が通っている学校である。生徒数も偏差値も平均的な位置するこの学園には一人の聖女のような女子生徒が存在する。
「大樹―! おっはよ―!」
友達がトンと肩を叩いてきた。
「おはよう。光は朝から元気だね」
僕はあくびをしながら、彼に言葉を返した。
「なんだ? 大樹は夜更かしでもしたのか?」
「うーん、勉強でもしていたのかも」
「かもってなんだよ!」
光はアハハと大きな声で笑いながら、僕の髪の毛をぐしゃっと撫でた。
そんな話をしていると、周りの生徒が少しざわつき始めた。僕と光も生徒の視線の先を見る。
「おっ! 聖女様が来たみたいだな!」
「聖女じゃなくて、立花さんだよ?」
「大樹はいつも聖女って呼ばないのな」
「ちゃんと名前があるんだから……」
そんな話をしていると、その聖女と呼ばれる女子生徒が僕たち横を通り過ぎていった。
「聖女様はいつ見ても綺麗だよな」
「そ、そうかな?」
「大樹は聖女様のこと興味ないのか?」
「うーん、よく分からない」
彼女が通り過ぎた後、僕たちは教室に向かった。この学園は中高一貫で、僕は中等部3年に属している。聖女と呼ばれる彼女も同じ学年だ。彼女は入学式の時から容姿の良さで噂になっていたのを覚えている。
「大樹、課題終わってる?」
「終わってるけど……また?」
「ごめん! 後でジュースでも買ってくるからさ!」
光は課題をするのを忘れたらしく、僕に頭を下げてきた。
「ジュースは別に要らないよ。はい、次はちゃんと自分でしてきてね」
「大樹は神だった? ありがとう!」
光は大げさに表現することが多いなぁと思う。でも彼は、こんな普通の僕と仲良くしてくれる貴重な友人だ。光は凄い速さで課題を写し終わり、僕に課題の紙を返した。
「本当にありがとな!」
「だからいいって!」
僕は笑いながら彼に言った。
退屈な授業が終わり、昼休憩になると多くの生徒たちは学内の食堂に向かった。僕は静かになった教室で手持ちの弁当を広げる。
「大樹の弁当はいつ見ても凄いな!」
光はコンビニで買ったらしいパンを頬張りながらそう言った。彼はいつもコンビニで昼食を大量に買っている。今はパンにはまっているらしい。
「そうだね……」
「あまり嬉しそうじゃないな」
「いや、凄く嬉しい……嬉しいよ!」
僕はそう言い、弁当の中身に手を付けた。味は本当に美味しい。僕たちは話をしながら昼食を食べ進めた。
「おい、大樹。廊下に聖女様がいるぞ!」
「だから、立花さんだって。何してるんだろう?」
廊下にいる彼女はしゃがみ込み何かしているようだった。立ち上がると彼女の手には大量のプリントが握られていた。
「聖女様でもプリントばら撒くことあるんだな」
「いや、あれは……」
そう言うと、もう一人の女子生徒が立ち上がるのが見えた。彼女は立花さんに向かってお辞儀をしている。
「さすが聖女様だな。あの子がばら撒いたプリントを拾ってあげていたんだな」
「そうみたいだね」
彼女は本当に聖女様のように誰にでも親切で優しい。誰かが困っていれば助けるし、先生からの頼みも笑顔で引き受ける。それに加え、成績もトップクラスで完璧に近い人間だ。だからこそ、誰も彼女の本当の姿に気付かない。
「どうしたんだ? 珍しく考えごとして……もしかして、弁当だけじゃ足りないのか?」
「いや、お腹いっぱいだよ。午後の小テストのこと考えてたんだ」
「うげっ、小テストのこと忘れてた」
「僕、職員室に行ってくるね」
「おー、俺は教科書見てるわ」
僕はその場を誤魔化し、教室から廊下に出た。職員室に用事があったのは本当だったので、廊下を歩き階段を下りる。階段の踊り場にいた立花さんと目が合う。
「こんにちは、立花さん」
すれ違う際に一応はと挨拶をした。彼女はニコリと笑うがその笑顔に温かさはなかった。
「こんにちは、大樹くん」
僕は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。彼女が学校で下の名前で呼ぶときは大体が怒っている時だ。
「た、立花さん?」
「へー、そう。分かったわ。今日そっちに行くから」
「え?」
「あれ、聞こえなかった?」
彼女の笑顔の温度が下がっていくのを感じる」
「い、いえ。聞こえてます」
コソコソと会話をしていると、遠くから生徒たちがこちらに向かってくる声が聞こえてきた。僕は彼女に軽くお辞儀をして、階段を駆け下りた。本当に彼女は心臓に悪い。
授業も終わり、生徒たちもパラパラと帰宅していく。僕も帰宅の準備をして、通学路を一人で帰った。今日は家に帰ることを考えるだけで憂鬱な気分になる。
「ただいまー」
僕には兄妹もいないし、両親とも遅くまで仕事をしているので、返事は帰ってこなかった。そのまま階段を上り自分の部屋のドアを開けた。
僕は自分のベッドに座っている学園の聖女様と呼ばれる彼女を前に、ため息を吐いた。
「あら、ため息なんて失礼よ」
「失礼って……、なんでいつも僕より先にこの部屋に入ってるの?」
「だって、大樹くんと長い時間お喋りするにはこうするしかないじゃない?」
「鍵は……」
「ママさんから預かってるわ!」
彼女は悪戯が成功したかのような笑顔で、僕に鍵を見せる。
「母さんは本当に僕をなんだと思っているんだろう」
「可愛い息子でしょう?」
「大体、花音ちゃんも中三になってまでどうして僕に構うの? 確かに僕たちは幼馴染だけど……」
「やっと名前呼んでくれたわね! それに、いつも言ってるじゃない」
彼女は、にっこりと綺麗な顔で笑う。
「大樹くんが好きだからよ」
そう言う彼女の顔は、確かに学園の生徒が言うような聖女のような微笑みだった。部屋に来るたびにこの言葉を言われる身にもなって欲しい。
僕は顔の温度が上がるのを感じ、慌てて俯いた。
「照れてるの?」
「照れてないよ……」
自分でも嘘をつくのが下手だなと思った。顔の温度も下がったので、彼女に視線を戻す。彼女はニコニコと僕を観察していた。
「いつも好きっていうけどさ、本気じゃないのは分かってるから」
「私はいつでも本気よ?」
彼女は不思議そうに首を傾けている。
「なら、なんで……」
「……?」
彼女は僕の本当の気持なんか知らない。僕は昔、本気で花音のことが大好きだった。好きすぎて、気持ちをどうしても伝えたくて小学二年の時に告白したが、その時僕は彼女に振られている。
僕が黙っていると、彼女は僕のおでこに手をあてた。
「大丈夫? さっきも顔赤かったし、熱でもあるんじゃない?」
「ないよ……。大丈夫」
昔のことを思い出し、僕は虚しさを感じた。
「今日は課題をしなくちゃいけないんだ。だから今日は帰って?」
「でも……」
「明日は、夜ご飯一緒に食べよう? それならいい?」
「えっ本当に? 約束よ!」
そう言うと彼女は自身の指を僕の小指に絡めてきた。こういうところは昔から変わらないんだなと僕は思った。
「絶対よ! じゃあ、また明日ね。課題頑張って!」
彼女はそう言って、僕の部屋を出ていった。玄関の鍵が閉まる音を聞き、僕はベッドに寝ころんだ。
「僕がまた好きって言ったら、花音はどうするんだろう」
僕は目を閉じあの時の事を思い出した。忘れもしない小学二年の時の記憶だ。
親同士が仲が良かったため、生まれた時からずっと一緒だった。そしてあの時は、僕の家のリビングで二人で遊んでいた。何をして遊んでいたのかまでは思い出せない。でも僕はあの時彼女に自分の気持ちを伝えた。
「花音ちゃん!」
「なぁに? 大樹くん」
「僕、花音ちゃんが大好き! 結婚したいくらい!」
「え……、駄目だよ」
そこからの記憶はないが、母さんの話だと僕は大泣きしていたらしい。それにつられ花音ちゃんも大泣きして大変だったとそう言っていた。
僕はベッドから体を起こし、パンと自分の頬を叩いた。昔のことを思い出しても仕方がない。
「大体、花音ちゃんは学園の聖女様なんだ。僕なんかが釣り合うはずがない」
思っていることが口から零れていく。僕は机に向かい、夜遅くまで無心で課題の空欄を埋めていった。
「大樹―! 今日は早いな!」
教室に入ると、先に来ていた光に声をかけられた。
「光こそ、今日早いね。どうしたの?」
「昨日の小テストの出来が悪くて、課題が増やされてさ……」
光の机の上には、普段の倍くらいのプリントがあった。
「うわぁ……」
「分からなかったら、聞いても良いか?」
「いいけど、力になれるかは分からないよ?」
「ありがとう!」
そう言って、彼はまた課題に向かってカリカリと筆記具を動かしていた。二人で協力したこともあって、光の課題は時間ギリギリに提出することが出来た。
職員室に課題を提出した帰りに廊下を歩いていると、遠くのほうから花音ちゃんが歩いてくるのが見えた。
「聖女様だ! 今日はラッキーだな!」
「ラッキーって……」
そう言っている間に、彼女との距離は近くなった。
「聖女様―! おはよう!」
彼女は顔を上げ、花が咲くようなふわりとした笑顔で返事を返した。
「杉田くん、野村くん。おはよう」
野村くんという言葉にドキッとする。彼女に名字で呼ばれるのは久しぶりだった。光と彼女は楽しそうに会話をしていた。彼女の視線がふと僕に向けられる。視線が合うだけで僕の心臓はドクドクと激しく音を立てていた。
そう、僕はまだ彼女に恋をし続けている。
授業が終わり、一人で家に向かって歩く。今日は花音ちゃんが来ているはずだ。彼女が絶対と言ったなら必ず家にいるはずだ。
「ただいまー」
僕は玄関の鍵を開け、家の中に入った。
「おかえりなさい! 待ってたのよ!」
「やっぱりいるんだね」
「だって、昨日約束したじゃない!」
彼女は急いで家に来たのか、着替えもせず制服のままだった。彼女はなぜかエプロンを手に持っていた。
「なんでエプロン持ってるの?」
「私が夜ご飯を作ろうかと思って」
「確かに、花音ちゃんの料理は美味しいけど夜ご飯まで作るのは負担にならない?」
「大丈夫よ。昼も夜も変わらないわ」
花音ちゃんは、中学に入ったころからなぜか僕のお昼の弁当を作ってくれている。それも学校がある日は毎日欠かさずだ。一度断ろうかと思ったが、話の途中で泣かれてしまいそれからは何も言っていない。
「ちなみに、今日は何を作る予定なの?」
「今日は、シチューよ! サラダもあるし、駅前の美味しいパン屋さんでパンも買ってきたの!」
彼女は楽しそうに食材を出しながら話を続ける。
「いっぱい食べて、早く大人にならないとね!」
「いっぱい食べても大人にはなれないよ」
僕は笑いながらそう言った。
彼女はテキパキと料理を作っていく。僕が色々としている間に夜ご飯は出来上がっていた。リビングに戻るとシチューのいい匂いが部屋に広がっていた。
「わぁ、美味しそうだね」
「私の愛情が詰まっているから、美味しいに決まっているわ」
花音ちゃんはそう言いながら、僕の目に前の席に座る。僕と目が合うと彼女はニコリと笑った。
「食べないの?」
「食べます……いただきます」
僕はそう言って、彼女が作った夜ご飯に口を付けた。
「どう?」
少し上目遣いで聞いてくる彼女に、僕はドキッとした。
「お、美味しいよ?」
「疑問形なの?」
「美味しいです!」
「良かった! じゃあ私も、いただきます!」
彼女は自分の料理の出来栄えに満足しているようだった。そして食べながら僕のほうを見ては微笑んでいた。僕は彼女と目が合うたびに、自分の心臓の音がうるさくなるのを抑えるのに必死だった。
「食器は僕が洗うよ」
「いいのよ、私が洗うわ。それよりこの後話があるから部屋で待っていてくれない?」
「話? ここじゃ駄目なの?」
「駄目って訳ではないけれど、ママさんたちが帰ってきたら気まずいじゃない?」
気まずいって、いったいどんな話をするんだろうと思ったが僕はそこには触れずに階段のほうに向かった。
「分かったけど、もう時間が遅いからそんなに長くは話せないよ?」
彼女の顔は良く見えなかったが、どこか緊張しているような雰囲気だった。彼女が頷くのが見えたので、僕は階段を上がり自分の部屋に入った。
彼女が部屋に来る間、僕はベッドに寝転がり目を閉じていた。最近の彼女のことを頭に思い浮かべながら、色々な考えが頭の中をぐるぐるとめぐっていた。
「もしかして、彼氏でもできたのかな?」
自分で口にしたその言葉に涙が出そうになる。好きになってから一度も彼女のことが頭から離れないのだ。振られてもそれは変わらなかった。もしかしたら、今日の夜ご飯はそういう意味で最後の晩餐だったのかもしれない。
そう考えてしまう自分に嫌気がさす。頭の中を落ち着けようと、ふっと身体の力を抜いた。
「……くん。大樹くーん」
自分の名前が呼ばれ、意識が浮上する。ゆっくりと目を開けると、花音ちゃんの顔が目の前にあった。
「うわっ!」
僕は後退りながら身体を起こした。
「うわって失礼よ」
「目を開けて、すぐ傍に顔があったら誰でも驚くよ」
「起きてすぐに、私以外の顔が近くにある事があるの?」
「えっ……ないけど」
なんだろう。花音ちゃんは少し怒っているようだった。彼女はため息を吐いた。
「信じてもらえないけど、私は本当に大樹くんが好きよ」
「えっ、だってあの時花音ちゃんは僕を振ったよね」
そう言うと、彼女は驚いたような表情をしていた。
「いつ? 私が?」
「小学二年の時に、駄目って言った……」
「あれは……」
そう言うと彼女は珍しく顔を真っ赤にして、慌てているようだった。
「違うの。あれは、大樹くんが結婚って言ったから」
「結婚? 確かに言ったけれど……」
それがどうしたというのだろうか。僕が不思議そうな顔をしていると彼女は、真っ赤な顔のまま話を続けた。
「あの時、結婚は大人にならないとできないって親から教えてもらった直後だったの」
彼女は自分の真っ赤な頬に手をあてながらそう言った。
「だから、結婚は駄目って言っちゃって……」
「えっ、駄目ってその駄目だったの?」
彼女は頬を赤らめながら頷いた。ということは、僕は小学二年のあの時から今までずっと思い違いをしていたことになるのか? そう考えると身体の力が急に抜けるようなそんな脱力感を覚えた。
彼女はそんな僕を見ておろおろとしている。
「大樹くん、大丈夫?」
「大丈夫だよ、ごめん」
「そのごめんはどういう意味?」
彼女のほうを見ると、今にも泣きそうな顔をしていた。
「えっ、花音ちゃんこそ大丈夫?」
「ねぇ、意味を教えて?」
「言葉が悪かったかな……僕のこと心配してくれてありがとうって意味だよ」
そう言うと彼女は涙を手で拭い、僕の目をじっと見つめた。
「ねえ、もう一度言うわ。私は大樹くんが好きよ? 大樹くんは?」
「僕も花音ちゃんのことが好きだよ。それもずっと昔からね」
僕が笑いながらそう言うと、彼女は涙目のまま僕に抱き着いてきた。あまりの勢いに僕は押し倒されるような形で、彼女を受け止めた。
「ねぇ、花音ちゃん……一つ聞いて良い?」
「なぁに? 大樹くん」
彼女の涙はいつの間にか消え、目の前には満面の笑みを浮かべるそれは綺麗な聖女様の姿があった。
「顔、近くない?」
「近付けているんだから、当たり前でしょう?」
僕の次の言葉は、音にならずに消えていった。唇にあたる温かくやわらかな感触に僕の頭の中はパンク寸前になっていた。
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