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第7話 魔王さま、正論すぎます。

 頑張れ~、がんばれ~。


 背中越しに、見えない聞こえない声援の念を送る。


 「――ですから、その……、あの……」


 しどろもどろな説明。必死に出している声は乾ききって震えてる。「それで~」とか「ですので~」とかの合間に、やたらと「その……」とか「あの……」とか「えっと……」が挟まる、要領を得ない説明。


 「ノルラとリゼからの報告は、……以上です」


 それでも最後まで言えたことに、心のなかで拍手を送っておく。

 だって。


 説明相手は、あの魔王さまだもんね。


 説明してるのは、財務室付きの書記官。先日送られてきたというノルラとリゼの報告書について将軍から呼び出され、こうして面と向かって質疑応答をさせられてる。

 部屋の隅、調度品の溝を拭き拭きしながら、そっと後ろをふり返る。

 わたしから見えたのは、完全に射すくめられて怯えてる書記官の背中と、その向こうにデデンッと座る将軍、その脇に立つ子分のエイナルさん。書記官というクッションを挟んでても、その見下ろすような威嚇するような鋭い目線は、ハッキリ言って怖い。

 書記官さん、将軍よりもずっと年上の人なのに、まるで生贄にされる〈村人その一〉みたいに縮こまってる。

 

 「――で?」


 低く、地獄の底から響いたかのような将軍の声。


 「ノルラとリゼの税収が著しく落ちた原因はわかっているのか?」


 「あの、それは……、現在調査中ですが……。冷夏が続いたせいで不作となり、満足に税が収められなくなったと……」


 「ほう……。〈冷夏〉……な。ノーザリア地方全体が冷夏でというのなら理解できるが、そういう報告は上がってない。ノルラとリゼの街だけ税収が下がるほどの冷夏に襲われるとは、いったいどういうことなんだろうな、書記官殿?」


 「それは……、えっと……、ノルラとリゼは、もともと鉱山で発展した街ですし……」


 「そうだ。ノルラは銀が、リゼは鉄が産出する街だ。あそこからの税収は主に銀と鉄で賄われている。銀や鉄が冷夏で採掘できなくなるとは、――初耳だな。鉱物は、天候に左右されるというのか?」


 「いえ、その……、そういうことではなく……」


 「だったらなんだ?」


 「穀物の不作により、鉱夫たちが飢えに耐えきれずに、街を離れたのではないかと。そう推測されます」


 冷夏が続いて穀物が不作となり、食物が不足した。腹が減っては仕事ができぬと、鉱夫たちが街を離れたので、銀や鉄が採れなくなり、最終的に税収が下がったと書記官は言いたいらしい。

 って、語った内容よりも、魔王を前に理路整然と話せたことを称賛したい。声は震えてたけど、喋れただけスゴいと思う。


 「なるほど。鉱夫が飢えて仕事ができなくなるほどの不作……な。だとしたら、どうしてそんな状況に至るまで、なんの手も講じなかったんだ?」


 「そ、それは……」


 「鉱夫が飢えるほどだというなら、街は飢饉に見舞われているはずだ。ならば近隣の、キチンと税を収められるほどの豊作だった街から穀物を買い付けても良かったのではないか? 銀や鉄と食料を、取引してもよかったのではないのか? 街の力だけでそれが出来ないのであれば、国が介入してノルラとリゼを助けても良かったのではないか?」


 鉱夫という、稼ぎ頭ですか飢えているのなら、街の住民たちは餓死寸前まで追い込まれてるかもしれない。街の財力だけでどうにもならないのなら、国が援助の手を差し伸べてもいいと思う。

 だけど。


 それ、書記官さんに言ってもしかたないんじゃない?


 チラッと眺めた書記官さんの背中。

 「そんなこと、俺に言われてもっ!!」という空気がプンプンと漂ってくる。背中が語ってる。

 だって、書記官さんの仕事は、地方から上がってきた報告書を保管、管理することだもん。書き写したりとかもするけど、その報告書に対して意見を述べる事はできない立場だし。そういう意見をぶつける相手は、もっと別の、書記官さんの上官とかそういうお偉いさんじゃないのかなあ。

 それでなくても、怖~い魔王さまに睨まれてビクビクしてるのに、それ以上のことで責めるのは酷すぎる。

 

 「――まあいい。報告、ご苦労」


 「は、はひっ!!」


 噛んだ。思いっきり噛んだ。書記官さんなんていう大の大人が噛んだ。

 よっぽど怖かったんだろうなあ。部屋を出ていこうとする足は急ぎ足だし、強張ってた身体から一気に力が抜けてる。下手したら、部屋から出た直後に座り込むほどの脱力っぷりかもしれない。

 

 「……フゥ」


 パタリと閉められた扉。書記官さんが出ていった扉を眺めながら、将軍が軽くため息を吐き出した。

 怒りを鎮めようとしてるのか、それとも、書記官さんでは埒が明かないことに不満が爆発しかけてるのか。どっちともとれるため息。どっちともとれる態度。

 だって、顔、いつもどおりに怖いんだもんっ!!

 書記官さんがいなくなって、静寂が部屋に戻ってきたからなおさらだ。空気がピリピリしてる……ような気がする。


 「詰め所に行くぞ」


 短い言葉。

 立ち上がった将軍に、エイナルさんが帯剣を渡す。詰め所に何をしに行くかわかってるからこその行動。


 (衛兵の皆さん、死なないで~)

 

 心のなかで祈る。

 あれ、絶対書記官さんとの会話で積もった鬱憤を晴らしに行くんだもん。

 将軍の剣の相手をするのが大変だって、衛兵さんたちがぼやいてたって、アルディンさまがおっしゃってたし。毎日ヘトヘトになるまでやらされてるって言ってたけど、こういうイライラ爆発寸前の場合、ヘトヘト以上になりそうな気がする。

 生きててね、衛兵さんたち。


 「ミリア」


 「はひっ!!」


 わたしも噛んだ。


 「あの柑橘水が飲みたい。用意して持ってきてくれ」


 「ああ、はいっ!!」


 「なるべく、冷えたのを頼む」


 簡潔にそれだけ言い残すと、エイナルさんを引き連れて部屋を出ていってしまった将軍。ほんと、事務的なことしか言わないよな~。

 それが悪いとか良いとかじゃなくて、余計なことを言わないのは将軍の性格らしい。


 (感情も余計なのか、省いちゃってるもんねえ)


 残ってるのは、「怒り」と「苛立ち」ぐらいかな。「楽しい」「うれしい」なんて明るい感情は、どっかに置き忘れてるんだろうってぐらいムスッとしてる。

 あの真一文字に引き結ばれた口角。ムニッと無理矢理吊り上げてやれば、もっと好意的な感情が出てきたりするんだろうか。


 (あ、でも、そんなことしたら後が怖いわ)


 頬をつまむなんてだいそれたことしたら、目から発せられる魔王光線で焼き尽くされそう。わたし、消し炭になっちゃう。ケシュン。

 それに、笑ったとしても「クスクス」とか「アハハ」じゃなくって、「フハハハハ」って声が聞こえてきそうだし。悪者高笑い。

 ま、なんにしたって、下っ端は言われたことを実行するだけ。

 柑橘水を用意しとけって言われたら、それをするだけ。

 

 (冷えたのをって言ってたから……。厨房で冷たいお水を分けてもらおう)


 これでぬるかったら、また怒られるもんね。

 手下は従順。それが一番!!

 

 (あ、でも、疲れてるだろうし。少しだけ甘みも足しておこうかな)


 わかるかわからないか、微妙な量でハチミツを混ぜておこう。そしたら、その甘さ効果で、ちょっとは口角が緩むかもしれないし。

 いくら身体も筋肉、頭も筋肉、全てが筋肉な将軍でも疲れるだろうし。糖分は必要よね。

 それぐらいの変更は、手下であっても許されるだろう。――たぶん。



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