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第1話 魔王さまは、王配候補。

 王宮には、魔王がいる。

 ……訂正。魔王のような将軍がいる。


 「遅いっ!! 書類一つ持ってくるのに、どれだけ時間がかかってるんだっ!!」


 「はひっ!! すすす、すみませんっ!!」


 主である将軍の怒声に肩をすくめる。肌の表面にビリビリと刺激が走る。


 「戻ってきたなら、茶を淹れてくれ。前みたいに勝手に砂糖を入れるなよ。それと、エイナルにこれを清書するように伝えろ」


 それから、あれから、これから、どれから。

 これを、それを、あれを、どれを。

 どっかにメモ、メモないですかってぐらいの怒涛の指示。おっ、覚えきれないっ!!

 それでなくても心臓バクバク、血圧上がってるのに緊張しすぎで上手く血が巡ってなくて、口の中の味がおかしくなり始めてるのにっ!!


 「――で。わかったのかっ!?」


 「はっ、はいぃぃっ!!」


 ひ、一つぐらいは完璧に覚えましたよっ!! 

 えと、茶を淹れて、エイナルさんに持ってくんでしたっけ?

 あ、違う。茶を淹れてくるんだ。砂糖を入れずに、……あれ? ミルクは入れていいんだっけ?


 「……もういい。茶だけ淹れてくれ。よけいなものは一切入れずに」


 「――はい」


 ああ、まただ。

 舌打ちをこらえた、軽いため息。

 頬杖をつき、視線をそらされたことに軽く落胆する。


 「それと。エイナルをここに呼んでくれ。それぐらいはできるだろ」


 「……はい」


 茶を淹れる――。

 エイナルさんを呼んでくる――。

 まるで、子どものおつかいレベルの仕事。これで、「将軍付きの侍女です」なんて言っても、鼻で笑われてしまうのがオチだ。


 「あ――」


 シオシオトボトボ、執務室を出ようと扉を開けかけた手がとまる。


 「なんだ?」


 「あの、すみません。さっき戻ってくる途中で伝言を頼まれたの、忘れてました。大臣がお呼びだそうです」


 「――どの大臣だ? 財務か? 軍事か? それとも外交か?」


 「ええっと……」


 誰だっけ。

 ここに来るまではちゃんと覚えてたんだけど、さっきの将軍の怖さで、すっかりド忘れしてしまった。


 「誰かわからなければ、どこに行けばいいかわからないだろうがっ!!」


 「はひっ!! すすすすみませんっ!!」


 再び落ちた雷に身をすくめる。

 いや、伝言すら覚えてないわたしが悪いんだけど。 

 でも、だからって、そうポンポン怒らなくってもいいんじゃないかな。


 「内務大臣、レールンド殿だよ、ヴィラード。女王陛下が直々に、話したいことがあるとおっしゃっているらしい。僕と君をお呼びなんだ」


 「あ、アルディンさま」


 「こんにちは、ミリア。毎日、大変そうだね」


 クスクスと笑う、扉の向こうに立つ男性、アルディンさま。その声は、まさしく天の救い。


 「忘れることぐらい、誰にだってあることなのに、ヴィラードは気が短すぎるから。そうポンポン怒ってばかりだと、いつか血管が切れちゃうよ」


 「余計なお世話だ。人の侍女を勝手に甘やかすな」


 「はいはい」


 「『はい』は、一回だ」


 将軍の言葉に軽く肩をすくめてみせるアルディンさま。でも、ちっとも堪えてないみたい。わたしならすくみ上がりそうな、低くドスのきいた声なのに。

 そんなアルディンさまに、軽く嘆息してから将軍が席を立つ。大股で、わたしの横を通り過ぎると、アルディンさまと一緒に並んで回廊を歩き去っていった。お二人で、大臣、そして女王陛下に謁見されるのだろう。

 

 (まるで、魔王と勇者よね~)


 アルディンさまと将軍の後ろ姿に、そんなことを思う。


 黒髪黒目、鋭すぎる眼光とつり上がった目の歴戦の将軍ヴィラード・ダーグルゲン。

 金髪碧眼、柔らかな物腰と優雅な雰囲気の上位貴族の子弟アルディン・グレヴィリウス。

 お二人とも、整った顔立ち、均整の取れた体格と、女性なら惚れるであろう要件をお持ちだけど、その立ち位置は、まったくの真逆。

 アルディンさまは、そのご容姿から「王子(勇者)」と呼ばれ、ヴィラードさまは、その容姿ゆえに「魔王」と呼ばれている。

 もともとは、地方の男爵家の三男、それも庶子の生まれだったのだけど、戦場においてメキメキと頭角を現し、弱冠25歳でその地位にまで上りつめたヴィラード将軍。

 勇猛ぶりもさることながら、なによりその眼光が一番恐ろしい。

 目つき鋭すぎ。

 声も低く、「ああっ?」っていう聞き返しが、「あ゛あ゛っ?」になる人。

 笑った顔を見たことない。

 あまりに恐ろしすぎて、初対面の子どもがビビりすぎた挙句にお漏らしをしたというウワサもある。敵国の兵士は、「将軍ヴィラード」の名を聞くだけで、剣も弓も放り出して、我先にと逃げ出すとか。 

 それに対してアルディンさまは、知的で優雅、わたしみたいな侍女に対しても優しく接してくださる。将軍のような戦績、ウワサはないけど、代わりに名家出身という身分がある。


 (あれで、お二人とも王女さまの婿候補だっていうんだから……ねえ)


 あんな真逆の人物を、よく候補に選んだものだなって感心してしまう。「いろんなタイプの男性を選んでおきましたー」って言っても、あそこまで正反対な人物を選出しなくてもいいと思う。


 (どっちかというと、将軍が添え物のようにも見えるけど)


 添え物。別名、当て馬。もしくは、噛ませ犬。

 王女さまがアルディンさまをお選びになるのに、「あっちよりこっちのが数倍マシ」と思わせるための存在。「将軍のような恐ろしい方より、アルディンさまのようなお優しい方が好きです」って言わせるためのような。


 「女婿には、アルディンが選ばれるだろう。俺は〈当て馬〉でかまわない」


 って、将軍自らも言ってたし。本人も自分が選ばれるとは露ほどにも思っていない。

 それは周囲も同じで、どちらが選ばれるか、決まりきってて賭けにもならないとのこと。たまに、「万が一ってこともある」って将軍に賭けようって人がいるらしいけど。かなり酔狂な人だと思う。


 「アルディンなら、幸せな家庭を築くだろう。王女の夫、未来の女帝の夫として、何の問題もない、立派なヤツだ」


 王女――スティラさまは、女王陛下の孫。そして唯一の王位継承者。

 この国、アウストリアナ王国は、代々竜の血を受け継ぐ王室によって統治されている。なんでも、昔、竜と人の娘が恋に落ち、生まれた子どもが戦火にあえぐこの国をまとめ上げたのが、その始まりだそうで。父である竜は、子の治める国に加護を与え、帝国は竜の加護と恩寵を与えられた国として発展を遂げた。

 通称「竜王国」。

 他国からの侵略を受けず、災害少なく、豊かに富み栄える国。

 現王家は、竜の血を受け継ぐ一族の末裔であり、不思議な力を持つと言われている。

 そのうちの一つが、「王族には娘しか生まれない」という事象。

 現在の陛下、リュミエラさまは三十二代目。

 その陛下に至るまでの血脈に、一人も男児は生まれていない。どれだけ人の子と婚姻を結び、その血が薄くなろうとも、男子は生まれていない。

 そのことにどういう意味があるのかはわからないが、王族はすべて女性で構成されている。

 そこで必要となってくるのが王女の夫、王配、王婿と呼ばれる存在。国の統治は女王となる王族の女性が担うが、その女性を支え、愛し、子を成す相手が必要となる。政治に関わることは滅多にないが、それでも、下手な人物を王女の夫にするわけにはいかない。

 女王陛下自ら、唯一の後継者となった孫娘の夫候補を選出したらしいのだけど。


 (よりによって、どうしてあの将軍を!?)


 と言いたくなる。

 アルディンさまに対する〈当て馬〉、アルディンさまの引き立て役っていうのなら、わからないでもないけど。

 将軍を選んだ日には、王女さま怖くて眠れぬ日々を過ごしちゃうんじゃないかな。そうなったら、子を成すどころの騒ぎじゃない。


 (どうか、アルディンさまを選ばれて、王女さまが幸せで平穏な結婚をなされますように)


 お姿を見たことも、声を聞いたこともない、まったく知らない王女さまのことを思う。

 将軍付きの侍女が願っちゃいけないような気がするけど、これも国家安泰のため。

 お二人の姿が見えなくなったところで、自分の仕事に戻る――けど。


 (あれ? エイナルさんを呼んでこいって言われたけど……。お茶も。でも、今すぐ呼んできても、お茶を淹れてもダメ……だよね)


 いつ帰ってくるかわかんないし。

 わたしと同じく将軍に仕える従僕、エイナルさん。彼だって忙しいだろうから、「呼ばれたので伝えましたけど、将軍は陛下のもとにゆかれてるので、待っててください」なんて言えないだろうし。


 (もしかして、今、わたし、仕事ナシ?)


 将軍が戻ってくるまで、待ちぼうけ状態?


 (と、とりあえず、エイナルさんに「将軍が呼んでましたよ~」ぐらいは伝えておこう)


 すぐ来いってわけじゃないけど、将軍が戻って来次第、必要になるだろうし。


 (よしっ!! 仕事、発見っ!!)


 ただのパシリだけど、仕事があるだけマシ!!


 (お茶の用意もしておかなくちゃだもんね)


 帰ってきたら、サッとお茶を淹れて差し上げる。それこそ、デキた侍女の証!!

 怖い、魔王のような将軍だけど、いつかは、ちゃんと仕事を認められたい。


 そうと決まれば、さっそく仕事、仕事!!

 デキる侍女は、主が不在でもちゃんとやるべきことを果たすのよ。



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