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死神  作者: 裃白沙
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骨、骨、骨……

 希々佳たちを乗せたバスは蝋人形を乗せた霊柩車を追って火葬場に向かっていた。この時紗綾と希々佳の他にバスに乗っていたスタッフは、社長であり主役の久根別大造、副社長の川崎哲夫、司会進行の鞍馬恵一、そして佐野とともに受付にいた大河原の四名であった。紗綾は希々佳の隣に座ろうと思ったが、希々佳は先に窓際に座っていた大造の横に座った。それだから紗綾はあぶれてしまい、しぶしぶその一つ後ろの列、大河原の隣に座った。大河原は度の薄いメガネをちょいと持ち上げ、そこにいるのが希々佳とともにいた人だと気づいたようだ。先ほどの非礼を詫びると今日の式の感想や希々佳との関係などを尋ねてきた。しかし紗綾はあまり多くを語ろうとしなかった。決して大河原をないがしろにしたくてこうしたわけではない。ただバスに酔いそうだっただけなのだ。大河原は反応の鈍いことを知るとすぐに諦めたのか、手元のクリップボードにある資料を読み始めた。

「希々佳。まだ怒っとるのか?」

 紗綾は酔わぬよう目を閉じていたのだが、意識だけは前列に集中していた。サッと髪が背もたれを擦る音がした。きっと希々佳はそっぽを向いたのだろう。

「なぁに、心配はもうしなくても大丈夫。あとはあの蝋人形を焼くだけ、じいじにはもう役も残ってない」

「本当?」

「ああ、そうとも。じいじはもう身も心も清められて、厄も役ものこっとらん。あとは希々佳の笑顔を見ながら、余生を過ごすだけだ」

 確かに、もう危機的な状況は過ぎ去ったように思えた。彼女が一番危惧していたのは二人の目の届かないところでの襲撃であった。とりあえず、このイベントに関してはもう心配の必要はないのかもしれない。

 マイクロバスは一同を乗せながら、Sホールから十分ほど走り、市境を流れる川の土手に面した火葬場についた。火葬場は前にも述べた通り、大造の会社の所有する唯一の火葬場であった。それゆえ、Sホール以外からの霊柩車もここにやってくる。この時も既に駐車場には二台の霊柩車がとまっていた。

 大造は自らの遺影を抱えながら火葬場への先陣を切った。火葬は普段と同じ手順で行われるようで、しばらく待合室で待機したのち、一同は炉を見下ろす舞台に通された。

 柩を押して現れた作業員は深々と礼をすると、一番左のレールに柩を乗せた。重そうな鉄の扉が開き、その中に柩が吸い込まれていった。

「南無……」

 大造がそう呟いたのと同時に、ふたたび炉は鉄の扉に閉ざされた。作業員は扉の前に花を置くと、こちらを向いてもう一度深々と頭を下げた。


 火葬に立ち会ったことのある人ならばわかるかもしれないが、火葬にかかる時間は早いところでも一時間未満、長いと二時間かかる。そしてその亡骸が骨になるまでの時間ほど、何をするにも気分の乗らない時間はない。特に部外者である紗綾はそうであったが、他のスタッフとて同様であった。というのも、この火葬は形代の蝋人形を焼くためのもので、別に誰かが死んだというわけではないのだ。しかしながら他に火葬を待つ人たちのいる待合室で、談笑や生前葬の祝いをしているわけにはいかない。この時収骨を待っていたのは大造の他に二組あった。そのどちらも沈痛な面持ちで座る中、大造たち一同は落ち着きなく、中庭にしつらえてある庭園と待合室を、幾度となく行ったり来たりすることしかできなかった。

 ここにいる誰もが、今この瞬間にも狡猾な犯人が着々と悪魔の所業を完成させつつあることは知らなかった。もし紗綾がもう少し注意していたなら、もっと早くこの事件は解決したのかもしれないが、いかんせんこの時の彼女は自分の使命、大造の保護が完了したと思い油断していたのだ。全てが完了した時、紗綾が地団駄を踏んだのはいうまでもない。

 他の二組は大造たちより早く収骨に出た。それでも他のホールから一組、また一組と火葬を待つ人が現れ、彼らはこの空虚な時間から逃れることを許されなかった。


 一時間半ほど経っただろうか。突然作業員の一人が待合室に駆け込んできた。

「しゃ、社長はどちらに!」

 一瞬、二瞬……。誰も何が起きたのか、顔を見合わせた。紗綾はその作業員の様子がおかしいことにすぐに気がついた。

 大造がおずおずと立ち上がると、作業員は大股で彼に歩み寄り、耳打ちをした。

 あたりは静まり返っていた。

 作業員が大造に何を耳打ちしたのか、はっきりとは聞き取れなかった。

 しかし、しかしだ、みるみるうちに大造の顔色が青ざめていくではないか。

 何かあった!

 作業員が要件を伝え終えると、大造は重心を失ったように椅子に腰を落とした。その目は放心して焦点がどこにもあっていなかった。

「お祖父様」

「社長、どうされたのですか?」

 希々佳を皮切りに、取り囲む一同が大造に問うた。しかし大造は肩で大きく息をしながら俯くと頭を抱えて何も答えなかった。

「お祖父様!」

「の、希々佳。瓦木さんは……?」

 そう言われるまでもなく紗綾は大造の前にしゃがみ込んだ。大造の目は今張り裂けんばかりに見開かれ、額にはびっしりと粟のような汗が吹き出ていた。

「瓦木さん。あんたは……あんたは……。希々佳の言うように、探偵であられるのか」

「は、はぁ」

「わ、私を救っておくれ。頼む、頼む」

 大造は突然叫び声をあげると、床にひざまずき、紗綾にひれ伏した。皆、それを見ると、驚いたように紗綾の顔を見つめた。

「大造さん。いったい何が起きたのですか?」

「わ、私についてきてくれ。川崎、川崎はどこにおる!」

 大造は川崎に支えられながら立ち上がると、作業員に先導されて、時の止まった待合室を後にした。


 作業員が案内したのは炉から出たお骨を整え収骨に備える部屋であった。その薄暗い部屋の中央に、何人かの作業員が一台の台車を囲んで立ち尽くしていた。大造が入って来ると、一同は大造の方をにらみ、左右に分かれた。

 台車の上には、骨が乗っていた。大腿骨、肋骨、大腿骨、骨盤が、いくらか破損し、配置も変わっているものの、はっきりと見て取れた。

「これが……出てきたと言うのか」

 大造も実際の骨を見るまでは信じられなかったのだろう。いや、見てなお信じられる様子ではなかった。そこには大の大人一人分の骨がほぼ揃っているのだ。

「確かに、三号炉から出てきたのがこちらのお骨になります」

「何かの間違いではないのか」

 しかし、作業員達はそれに答えない。

「貴様ら、なぜ答えない! 私が、私が何をしたというのだ、私が……」

 突然、大造は胸に手を当てると、がっくりと前にのめった。

「社長! 誰か、救急車を」

 川崎が大造を起こすと、大造は口から泡を吹きながらガクガクと痙攣をはじめた。


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