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死神  作者: 裃白沙
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問題のSホール

 会場となるSホールはつい数ヶ月ほど前にできたようで、建物はまだきれいであった。紗綾はこの葬祭ホールに火葬場も併設されているものと思っていたから、町中に車が入って行くときは少し驚いた。なんのことはない。火葬場は別にあるのだ。

 大造の経営する会社はこの広いS市と隣のE市にいくつかのホールを持っている。しかしそのどれも火葬場の機能は持っておらず、郊外に一つの火葬場を設けているという。だからこのSホールには葬儀と通夜が二組行えるだけのスペースがあればよい。建物も大きなビルである必要はなく、マンションとコンビニの跡地に挟まれた小さな土地にある。ささやかな葬祭ホールであった。

 いくら地域の会社といえども、さすがは社長というわけで、駐車場にはこのホールの責任者にあたる管理人を筆頭に、この日出勤している従業員全て、ざっと数えて十人程度が出迎えてくれた。紗綾なんかは完全に部外者なのだが、手厚く出迎えられ、少しおかしくって笑えてしまった。こうなると、ちょっと偉くなった気分になれる。希々佳も驚いたのか、これまで彼女を覆っていたどんよりとした陽炎はフッと消し飛んでしまった。そんな二人を見て大造はいよいよ得意げである。

「ようこそ、お越しくださいましてありがとうございます」

「やあやあ、新井くん。今回はイベントの提案ありがとう。私としてもね、生前葬はこれから大きなトレンドになると思っていたのだよ。こんないい機会をね、逃すわけにはいかない。準備はどうだい?」

「はい、万事整っております。あとは社長にチェックしていただいて、細かい点を」

「なあに、最初に私が細かく指示しておいたろう? 問題なんてあるわけないだろう。おっ、君は佐野君じゃないか。どうだい最近、そろそろ慣れましたかな」

 大造に目をつけられて、スーツ姿の女性は大いに恐縮している。しかし大造は委細かまわず彼女の両肩に手を置くと、

「返事が小さいですぞ、元気よくいかなきゃ、がっはっは。ああ、大河原君じゃないか。そうか、君はここ配属だったね。どうだい、賞状は飾ってあるかな?」

「はい、もちろんです。毎朝手を合わせて、その日の成果を祈っています」

「なぁるほど、よしよし。見上げたもんだ。おお、なんだ、鞍馬君もここだったか。なぁに、それなら言ってくれればいいものを。これだけの精鋭が揃っているんだから、新井君、このホールのかじ取り、期待しているのだよ」

 大造は新井の肩を叩きながら、ようやく思い出したように言葉を切り、半歩下がった。

「従業員の皆さんもこの日のためにありがとう。しかし、ここからが本番ですからね。皆さん、しっかりお願いしますよ」

 威勢よく従業員たちが返事をしてくれたから、大造はいよいよ満足げである。希々佳と紗綾に向ける目もたいそう浮かれている。

「社長、それではこちらに」

「おうおう、ああ、希々佳と瓦木さんも、ついておいで。色々案内してあげよう」

 そんな大造の目と裏腹に、従業員一同の二人を見る目は冷めていた。誰かが、ああ、あれが噂のお孫さんなのね、とささやく声が聞こえた。しかしその声の主を見定める前に、紗綾は希々佳に手を引かれ、ホールの中に入ってしまった。

 ホールの中は大理石の床といい、白く塗られた壁や柱といい、どこを取ってもけがれやよごれはなかった。清さと尊さを建物の形にしたとしたら、きっとこうなるのだろう。天井は雲漂う青空が描かれている。しかし、そのどこにも天使だとか仏だとかそういう対象が描かれていないのは、日本らしいといえば日本らしいが、どこか間の抜けた印象も受ける。

 先ほど、この建物は二組の葬儀が可能といったが、それは二階と三階がそれぞれ葬祭場としての設備を持っているということだ。フロントのある一階からの階段は二階用と三階用で分かれており、紗綾たちは二階用に案内された。階段を登りきると、式場の入り口を囲むように花輪や花束が置かれていた。そのどれもが赤々と鮮やかで、中央には「祝」と書かれている。受付も紅白幕をまとい、華々しい。これから行われるのが葬儀だと知らなければ実にめでたい装いである。普段なら故人の写真が飾られるところには、満面の笑みでピースをする大造の写真が掲げてある。

「ちょっとやりすぎかなと思うくらいが、一番効果があるんだよ」

 大造は恥ずかしそうに自分の写真を指差して笑った。しかし、希々佳の顔色はすぐれない。やっぱり、縁起でもないと思っているのだろう。

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