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死神  作者: 裃白沙
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雨の日

 そう、思えばその年は空梅雨の色が濃かったのだ。ただただまとわりつくような空気が沈滞し、連日不快指数が九十近くを示す、そんな雨のない日が続いた。いっそ降ってくれた方が涼しい。それに、このまま降らねば八月になり渇水が予想される。それはそれで困るのだ。そういう意味では誰もが雨の降る日を心待ちにしていたのは確かだった。

 しかし、だからといって一日だけ急に降るというのは、お天道様もいささか風情がない。しとしとと長雨を予感させるような、出し渋りもなく、文字通りバケツをひっくり返したような豪雨である。その風情なき雨が、梅雨入りから二週間ほど経ったその日、関東平野に訪れた。外はまさに滝のような雨で、列車のダイヤもたいそう乱れた。場所によっては洪水被害も出たようだが、多くの人は普段と同様、通勤通学をせねばならない。

 瓦木紗綾とて例外ではない。この当時、彼女は友人の琴芝舞の家に起居していた。毎朝舞を待って遅刻しかけるのだが、この日は家を出たがらない舞を半ば引きずるように連れて行くことになった。そんな格闘がこの豪雨の下にあった。しかも舞が傘を持ちたがらないから相合傘。必然的に、両者傘に隠れる部分も分けあい、教室に入った時には二人とも半身見事にびしょ濡れであった。

 先に学校に着いた生徒もだいたい等しくこの大雨に見舞われたようで、一人一本傘を持っていたにしろ、ジャージに着替えて制服は背もたれへ、床にはポツポツと雫が身を寄せ合い、どこかかわいらしい。紗綾もかばんからタオルを取り出すと、濡れた頭を拭き、水滴を一面につけて艶やかになったかばんをポンポンと叩いた。その一部始終を、後ろの席の舞はただじっと眺めている。その視線にようやく紗綾が気づいた。

「タオル持ってきてないの?」

 舞の机の上にはささやかな水たまりができている。

「いやぁ、さーやんなら持ってきていると思ったからね。本音を言うと、かばん拭く前に貸してもらいたかったけど」

「私はあなたの執事かなんかかい?」

「シツジというよりヒツジでしょうね」

「はぁ」

「メェ探偵ですから」

 思わず吹き出してしまった。照れを隠すようにタオルを投げつけると、運悪くそれは舞の顔にあたり、べふっと、とうてい年頃の女の子から出ないような声が出た。舞は三秒ほどタオルを顔面に残したまま硬直していたが、特に紗綾が反応してくれないのを感じると、いそいそと頭を拭きはじめた。ちゃんと紗綾がどっちの面で頭を拭いていたのか見ていたのだ。

 こんな日だからクラスのほぼ全員、活気もなければ生気もない。いわゆるテンションの低い状態である。ただ机にぐたーっとへばりついたまま授業が終わることもざらである。窓際ならまだ楽しみようがあるのかもしれないが、教室の真ん中らへんに位置する二人にとっては、なんとも退屈で、何事もやる気が起きない。そういう日に限って時間を長く感じ、つまらない授業も多い。まさに終日無為であった。

 雨は放課後も降り続いた。携帯電話をみると、どこぞの川が氾濫しただの、電車が止まっているだのというニュースが流れていたが、自分に関係ないこととわかると皆一目散に部活動に出かけた。こんな日でも部活動だけは楽しみなのだ。


 校舎と校舎の間を学生が行き来する。時折、傘も持たず叫び声をあげながら走る輩がいる。誰かが窓から眺めるこちらに気づいて濡れるのも構わず手を振っている。


 高校時代、瓦木紗綾は美術部に所属していた。彼女自身は絵を描くより見る方が好きなのだが、旧知の仲である舞に誘われて在籍している。そんなだから彼女はいつも美術室の窓際、ちょうど生徒用のロクロをしまう棚がいい高さで、ここに座りながら外を見ていることが多かった。なかなかそれが動かないものだから、部長以下数名、時々彼女をスケッチしてみるのだが、この日もちょうどその折、美術室に見慣れぬ顔が現れたのだ。


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