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死神  作者: 裃白沙
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行橋警視

 紗綾はその日、その足でSの隣、Eにある大造の会社を訪れた。ちょうど運良く川崎がいたから、彼に話を聞くことができた。紗綾がなぜあの日あの場にいたのかを話すと、彼は彼女に猜疑の目を向けてきた。それも致し方ないことである。あの日紗綾は希々佳の友人でついてきたと、無理な設定で通していたのだ。もしあの日紗綾にアリバイがなければ、真っ先に疑われるのは彼女だったに違いない。そんな人間を目の前にして、いよいよ川崎は迷惑なのだろうが、むげに追い払うことも立場上できなかった。

 紗綾が尋ねたかったのは、あのイベントをそもそも誰が提案したのかということだった。これについて川崎は、詳しい経緯はわからないがSホールの方から提案があったと語った。

「Sホールは、あまり成績が良くなかったのですよ。そもそもホールを建てる時からして地域住民の反対が大きくて。オープンイベントを行ったんです。それもあいまって、全ホールでもワーストでしたな」

「オープンの時もイベントをやったんですか」

「イベントと言っても福引です。でも福引の景品を用意しなければならない。当選者には生前に葬儀について契約をしてもらったのですが、サービスで契約料は無料。大盤振る舞いですよ。ただでさえこの生前契約は顧客にとってお得なプランだというのに。我々からすると赤字とは言わずとも損になる契約です。それでも、契約ゼロよりはマシと、敢行したのですが……」

「ちょっと待ってください。そのイベントはどなたが?」

「それは亡くなった前社長です。あの人の家はホールの近くにありますから、地域のこともよく知っている。反対のノボリも毎日見ていたそうです」

「なるほど、わかりました。それで、Sホールは地域住民の反感を和らげるためにイベントを行った。でも、それだけでそんなに売り上げが悪くなるんですか?」

「各ホールの詳しい状況までは知りません。各ホールの管理人の方が詳しくて当然です。ただ、週に一度各ホールの管理人が集まり本社会議をするのですが……、Sはここ数ヶ月、生前契約の解約が増えていたんです。いくら薄利な契約とはいえ、破棄されれば取れるはずの利益もゼロ。違約金は取れますけど、悪い評判が残ってしまう。地域の会社ですからそういうのは致命的なんです。さらにはプロモーション分だけ完全に足が出てしまう。新井君もこれにはだいぶ頭を痛めていたようですがね、結局改善できませんでしたね」

「解約者に理由は訊いているんですか?」

「それはアンケートがありますから。でも、特に何も書かれていないのばかりで、具体的になぜかというのは……。新井君は知っていたかもしれませんけどね」

「そうですか……」

 紗綾は少しうつむくと、しばらく口を結んでいた。紗綾には既に一つの仮説ができつつあった。だが現時点でもそれを立証する手立てがない。ただその光明が、彼との話から差してきたように思えた。紗綾は礼を言うと早々とその場を後にして家路に着いた。



――――


 この時期の紗綾の生活は既に他の探偵譚でも触れているが、夏休みともなれば怠惰の極みであった。軽く昼前まで寝てしまう。しかし、この日はどうしたものか五時ごろに目を覚ますと慌てて外に出て行った。舞は半分夢の中で、どうしたものかね、と思ってむにゃむにゃ再び眠りについた。


 舞が再び目を覚ますころ、すなわち家を出てから三時間後、紗綾はというとS県警の行橋警視のデスクに向かい合っていた。行橋警視は受話器を置くと、ニヤッと笑って言った。

「どこで仕入れてきたか知らんが、面白いこと考えるな。今、リストを探してもらっている」

 行橋警視の頼んだものはすぐにメールで届いた。そのリストには人物の名前と、年齢、死亡した日、そして事件事故などの概要が書かれていた。紗綾はそれを見せてもらうと、今朝方とったメモと照らし合わせていった。

「これ、六十歳以上だけ抽出して、事件の発生順にソートできません?」

「そんなのわけない」

 ちょいと画面をいじると、リストが並び変わった。紗綾はそれをいくらかスクロールすると、ある一点で手が止まった。



――――


「つまりだ、土屋君の考えをまとめると、新井は死んでなんかいない。その新井が久根別大造を殺したということかね」

「ええ、そうです。どうもこの新井がクサイんじゃないかと思いまして」

「しかし、それじゃああの遺骨はいったいなんなんだろうねぇ」

 行橋はお気に入りのマグカップにフィルターを乗せると、先ほど挽き終わったコーヒーを入れ、そっとお湯を注いだ。あの後行橋は紗綾に天ザルをおごってやり別れたのだ。食後の一服。そんなところに相談に来たこの歳上の警部に流し眼をくれてやった。対する土屋警部は缶コーヒー片手にしょげている。

「それは……、行方不明者との照合も考えていますが、数が数ですから」

「まだなんとも言えないと」

「はい……」

「だろうねぇ」

「……ときに、警視はあのガキを放っとくつもりですか」

「不満かい」

 不満も何も、見ればわかるだろという顔をしているつもりなのだが、行橋はその顔をキョトンとして見つめ返している。

「そりゃ不満ですわ。なにかそれとも聞き出せたんですかい?」

「いんや、そこんところはからっきし……。あの女そっくりよ。ここのエビ天は美味しいですねなんて、食うだけ食って帰ったさ」

「あの女ってのはなんです」

「コレよ」

 行橋警視は小指を差し出すとニヤッと笑った。それを見た土屋警部は目玉が飛び出んばかりに驚いた。おまけにコーヒーを吹き出したからたまらない。

「汚いねぇ。まったく」

「警視、本当ですか?」

「なぁに、信じたの? だめだねぇ、だから君はいつまでも缶コーヒー党なのだよ」

 からかわれて土屋警部はたいそうご立腹である。

「じゃあなんなんです?」

「古き良き悪友さ」

 そういうと行橋は窓の外に遠く見えなくなりそうな紅いジャケットの後ろ姿を眺めた。


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