人を愛するって何ですか?
なんか気づいたら書き上げていた。
「我らが帝国の未来の主にご挨拶申し上げます」
「……そうか」
大陸最大の国家である帝国の皇太子ウィリアムは貴族令嬢の挨拶に素っ気なく答える。ウィリアムは話したそうにしている令嬢を無視して食事を摂る。立食形式のパーティー故に多少の品のない食べ方は許されているがウィリアムは誰もが見惚れる、若しくは感心するような完璧な作法で食事を摂った。
―我らが皇太子殿下は魔法、剣に優れていながら皇帝に相応しき知識を持ち人格も優れている。
―帝国の未来は明るいですな
―ですが肝心の婚約者は……
―全く、何故あんな令嬢を……
ウィリアムの耳には様々な貴族たちの話が聞こえてくるがどれもくだらないと気にしないで食事を続ける。そんな彼に三人の令嬢が近づく。この帝国において数家しかない公爵家の令嬢ミカエラとその取り巻き達だ。ミカエラは同性ですら見惚れてしまいそうな容姿を持ち、今にも折れてしまいそうな細い体を持っていた。
「我らが帝国の未来の主にご挨拶申し上げます」
「……そうか」
ウィリアムは先ほどの令嬢と同じように素っ気なく答える。しかし、ミカエラは微笑みながら話しかける。
「殿下、一曲踊っていただけませんか?」
「……貴殿は私が今日、一度も踊っていないと知っていて言っているのか?」
「勿論です」
ミカエラの言葉にウィリアムの表情は曇る。この帝国に置いてパーティーでは最初に妻と踊り2回目からは妻ではない異性と踊ってもいい事になっている。しかし、ミカエラは1回も踊っていないウィリアムにダンスを申し込んだ。ここでウィリアムが受け入れれば周囲にはミカエラを妻として認識したと思われても可笑しくはなかった。
「……令嬢、私には妻がいる」
「ですがこのパーティーには参加しておりません。殿下としても1曲は踊っておかないといけないのではありませんか?」
ウィリアムの妻であるエリザベートはこういったパーティーに顔を見せる事はほとんどなかった。皇太子と生まれた時から婚約関係にあったため他の令嬢の様に婚約者を探してパーティーに参加する必要はなかったのだ。そんな彼女は皇太子妃としての仕事以外では好きなように過ごしていた。
「……令嬢、お前は何故私に固執する? 以前にも同じような事があった」
「覚えていてくれたのですね。私は殿下を愛しています。殿下の妻であるエリザベート様に比べ私は容姿、地位、能力全てで勝っていると自負しています」
自信満々に言うミカエラだが実際にその通りでありエリザベートは伯爵家の長女で容姿は平凡程度で皇太子妃としての職務もミスがない程度であり目立った功績はなかった。しかし、ミカエラは公爵家の人間であり容姿は誰もが見惚れる程に美しく、女性でありながら様々な学問への関心が深く、男性であったのなら歴史に名を残す学者になれたといわれる程だった。そんな女性が好意をもって迫ってきている。普通の男ならコロッと落ちるであろう。
「……令嬢、俺はお前の言葉を信用できなくなった」
しかし、そんなミカエラの好意はウィリアムには届かない。十を超える令嬢が好意を寄せるもその全てをウィリアムは断り、時には突き放していた。その理由は単純だ。
「私には愛が何なのかが分からない」
彼は人を愛した事がなかった。
「それは人を好きになるという事です。自分の命をかけてでも守りたい。そう思う事です」
「なら私には経験がない。むしろそう言った感情は知能を持った我ら人間が効率よく次代の子を育むために作られた感情なのではないか?」
「そ、そんな事は……」
「そしてその好きという感情で令嬢が言った”命をかけてでも守りたい”。これは騎士の忠誠と同じではないか。ではなんだ? 我が騎士たちは私を好きという事か?」
「それは……」
ウィリアムの言葉にミカエラはなんと答えて良いのか分からなかった。彼女にとって皇太子とは全てに優れた完璧な人間だ。そんな彼の事をいつしか目で追っていた彼女は自分が彼の隣になると思っていた。しかし、実際は自分よりも格下の伯爵家の令嬢が生まれた時からの婚約をそのまま通し、皇太子妃となってしまった。ミカエラにとってそれが何よりも許せなかった。
「殿下!私と共に過ごしていただければきっと殿下も愛という感情が分かると思います!」
「何故一緒にいなければならないのだ? 妻であるエリザベートとは性行為以外で共にいることは少ない。居ても鬱陶しいと感じる時がある。別にエリザベートにのみ感じている訳ではない。こうしてパーティーに参加し、どこの誰とも知れぬ令嬢に話しかけられている今の時とかにな」
「っ!」
その言葉を聞きミカエラは顔を真っ赤にする。遠まわしに”鬱陶しい、煩わしい”と言われたのだ。ミカエラは怒りがこみあげてくるのと同時にウィリアムへの好意がスッと冷めていくのを感じた。
「……失礼します!」
ミカエラはそう言うと背を向けて歩き出した。様子を見守っていた取り巻き二人はオロオロしつつミカエラの後を追いかけた。再び一人になったウィリアムはワインの入ったグラスを眺めながら思う。
「(人を愛する、か。それは一体何なのであろうな)」
ウィリアムはその疑問を飲み込むようにグラスに口を付け、一気に飲み干した。
ウィリアム
帝国の皇太子。ハイスペックな知能と肉体を持つも人を愛する事を知らない。エリザベートという妻がいるが子作り以外で一緒にいる事は稀。一人でいる事に安らぎを持ち、近くに人がいると大なり小なりストレスが溜まる。エリザベートと結婚したのは自分が望む距離を相手が取ってくれる上に必要以上の干渉がない為。
エリザベート
ウィリアムの妻。生まれた時から婚約者のウィリアムとそのまま結婚し皇太子妃になる。全体的に平凡で周囲からは釣り合っていないと言われている。ウィリアムという婚約者がいたがパーティーに参加する事はほとんどなかった。普段は自分の趣味を楽しみながら生活をしている。ウィリアムの事は夫として辛うじて認識している程度。
ミカエラ
公爵の娘で美人で学者になれる程の知識人。その一方で思い込みも激しくウィリアムの隣は自分の隣がふさわしいと感じていたが見事に玉砕した。悪役令嬢に慣れる程陰湿な嫌がらせをするわけでも主人公に慣れる程聖人君主ではない。普通に考えて勝ち組と言える人。