共鳴する墓の夜
墓地――である。
「なんか、規則性、解ってきたな」
呟く。場所によるものではない、が、なんとなく、解ってきた。それはとうに可能性としては行き当たっていたものだったが、しかし、その確信が深まった。
「日記の分量が多い日ほど、ゲームにあたる可能性が、高い」
いや、ともすれば、それだけいろんなことが起きた日、とも言えるだろうか? だが、そういう、内心的な――つまりは形として残っていない事実に起因するよりも、日記という、物理的に現存する物体に依存していると思う方が、まだ、しっくりきた。そう思い至れば、今後、ある程度、意図的にゲームを誘発できるのかもしれない。……それとは別に、日記の管理も見直す必要性もあろうが。
こんな、タイムリーな日記のことにまで関与してゲームが開催されるということは、もしかしたら、日記が僕以外の誰かの目に触れている可能性もあるわけで――それは、恥ずかしいという思いももちろん強いのだが、あるいは、それを見ることができる何者かがこのゲームを主宰している可能性を強く示唆してもいた。ゆえに、その何者かを絞り込むために、日記をあえて、特定の人物のみに見れるように――あるいは、その特定の人物以外からは遠ざけておくことで、このゲームの主催者である神のごとき何者かを特定できるかもしれないのだ。
「まあ、それはともかくとして」
周囲を、見渡す。
繰り返すが墓地――である。が、どうにも見覚えがある。敷地内に足を踏み入れたことは稀だが、これはどうやら、うちの近所にある、墓地だ。高校に向かう道中にある、見覚えのある、場所だった。
「やっぱり、僕たちの通う、高校の周辺、だな」
確認する。改めて詳細に、じっくりと観察。
とにかく、墓地に違いはない。あらゆる墓石が整然と、並んでいる。一般的にイメージされる、四角柱のもの――いわゆる和型墓石も多いが、洋型墓石とも呼ばれる、横長のものも最近は多くなってきている。最近ではそういう既定の型にはまらず、思い思いのデザインで造ることも多いとか。――別に僕は墓石マニアではないけれど、つい去年に、父方の祖父が亡くなり、その墓石を造る件にいくらか同行したことで、ちょっとだけ知識を得ていた。ちなみに、祖父の墓はこの霊園にあるはずだ。そのときに、一度や二度、この霊園には踏み入っている。もちろんそれだけでは記憶は曖昧だけれども。
「まあ、ただ考え込んでいても仕方がないかな。……歩くか」
呟いて、歩く。せっかくだし、祖父の墓石でも探そうと、目的を定めて。
*
と、一歩を踏み出した、そのとき。
「なにひとりでぶつくさ呟いてんだ?」
と、呼び止められた。
「……マサラ!」
振り向くと、ただでさえ目立つ色素欠乏症の姿を、罰当たりにも墓石に寄りかからせた気障な格好で、彼は、そこに、いた。
「っせえな。そんな元気に呼ばれなくても、自分の名前くらい解ってるっての。……それともなに? ファーストキスの相手だからって、はっちゃけてんの?」
うん? なんだって?
「あ……」
と、僕が首を傾げると、マサラはなにかに気付いたように、口元を押さえた。
「……まあ、久しぶりだな? アサヒ」
誤魔化すように声高に、マサラは言う。
「ああ、久しぶり」
あの、崩壊する学校の、ゲーム以来だ。本当に久しぶりである。
「君に会ったら、聞きたいことがいくつかあったんだ。時間、ある?」
僕は問う。僕にしてみれば、この一回のゲームを犠牲にしても、彼と語り明かす利益は大きく感じた。
マサラは「ああ……」と、空に浮かぶ、天球の十分の一ほどを占めるほどの大きな、緑色に輝く月を見上げ、なにかを思案する。
「あんまし時間はねえな。俺は動く。が、着いて来るなら好きにしろ」
そう言って、腰を預けていた墓石から、自由になり、言葉通りにマサラは、動いた。
「また協力プレイするってんなら、それもいい」
にひひ。と、マサラは笑い、先へ行ってしまった。
だから、僕はその背を、追う。
……あれ、いま、すれ違った墓石に、見慣れた文字が綴られていたような……? しかし、それを確認に戻る余裕はなく、僕は、ただただ、彼を追ったのだった。
*
「――っ痛ぅ……!」
が、マサラは歩き出したや否や、すぐに立ち止まってしまった。自らの額を、抱えるように慮って。
「……んだよ……! これ……!?」
ぼたぼた、と、普通に生活する身としては尋常じゃないとまで思ってしまう、それほどの血液を、地に染み渡らせながら。
「だ、大丈夫!?」
僕は彼に駆け寄る。この夢の世界。痛みなどはないはずだ。しかし、それがなくとも、血液を多量に流し続けるのは、背筋が凍るものがある。それは、何度も夢の中でのゲームを経験し、何度も死んできたゆえの経験からくる、現実的な感情だった。
「どっかから攻撃を!? とにかく身を隠して、少し休んだ方が――」
そうだ。攻撃! そういう意図的ななにかではなくとも、ここはもう、夢の中で、ゲームの最中だ。であれば、死すらも齎しうる攻撃や、災害がいつ、どんなふうに襲ってきてもおかしくはない。どうやら僕は、気を抜き過ぎていた。
彼、マサラと情報交換をするにしても、まずは目先を、生き残らなければいけないのだ。
「ちっ……」
と、マサラは、周囲を見渡す。……いや、というより、夜空を見上げている。なにかを、確認するように。
「共鳴……墓……?」
それから今度こそ間違いなく、周囲を慎重に、見渡す。とはいえ、周りは墓だらけだ。死角も多いし、逆に、ここが墓地であることを鑑みれば、真新しく、物珍しいものなど、なにもない。そう言っていい、景色だ。
「……なあ、おまえ、分美昇っていったよな? 『わけみ』って、どんな漢字だ?」
「どんな感じ?」
いや、そんなことを聞かれても。べつに特段に僕は、自らの名字に思い入れなどない。……名前の方ならまだ、特異な読み方をさせる表記で、名乗るのが少し気恥ずかしかったり、むしろ珍しいからこそ、自分でも気に入っている部分が、ないでもないけれど。
「じゃねえよ! 漢字だよ! どんな字ぃ書くんだって聞いてんだ!」
「ああ……」
漢字ね。と、理解する。そして、あまりに鬼気迫った問いに、僕はしどろもどろになりながらも、即座に、返答した。分ける――分割の『分』に、美しいの『美』で、分美だと。
「ああ、くそ……! そうかよ……解ってきた。解ってきた……」
「……?」
勝手に納得されても困る。僕の名前が――その漢字が、どうしたというのか。
それからマサラは再度、周囲をよく、観察し始めた。しかし、その背にはやや、焦りが見て取れる。そして、ひとしきり周囲を見渡して、嘆息。
「悪ぃな。ちょっと今回は、先行くわ」
そう言うと、問答無用にマサラは、駆け出して行ってしまった。まだ絶え間なく流れる血液を慮り、額を押さえたまま。
「あ、ちょ――」
引き留めようと試みるも、どこか申し訳なさそうに後ろ手を振って、行ってしまう。きっと、なにかゲームに関する、重要で急用な事態でも起きていたのだろう。仕方なく、僕は彼の思惑を探ろうと、周囲を見渡してみるのだった。
「墓しか、ないよな?」
ともすれば攻撃を受けるかもしれないと、警戒は解かずに――。
「うん……?」
だが、瞬間、呆気にとられて、無防備になってしまった。それで、名前の漢字を聞かれたのか? そう、理解する。
「『分美家之墓』……?」
祖父の墓石とは、明らかに違う。数回しか見ていないが、それは、デザインの違いから、即座に判断できた。
であるのに、僕の家系の名を刻んだ墓石が、そこには異様な存在感で、建っているのだった。




