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Wonderland Game(s)  作者: 晴羽照尊
崩落の章
11/30

崩れ落ちる第一印象


「あ、ああ……あああぁ!」


 新たに空いた穴を覗き込み、僕は汗と、涙を流した。

 落ちた! 下へ!? 落ち……死! いや、どこへ!? だって下は――見えない! だったら、どこへ!? 落ちて、落ちて、……貝常くんは、死ん――!


「くっ……そ――!」


 汗と涙を乱暴に拭って、僕は立ち上がる。解らない。なにがなんだか、まったく解りはしないけれど、走る!


 階段を駆け降り、下層へ! 穴は、三階に到達した床に空いた。であれば、普通に考えれば二階へ、落ちたはずである。穴を覗く限りでは下層なんか見えなかった。暗さも考慮して、よく目を凝らした。しかし、なにかの勘違いで視認できなかっただけなのかもしれない。だったら!

 普通に考えれば、二階に落ちただけだ。たかだか一階層分の落下。多少の怪我はしていたとしても、絶命するには足りないはずだ。


 貝常くんは、僕を助けてくれた。今度は僕が! 彼を担いででも、屋上まで登る!

 二階。階段を降りた場所。普通に落ちれば、貝常くんはここに落ちたはず。


「い、ない……」


 どころか、天井に穴すら空いていない。普通に天井がある。崩れた床か、あるいは天井と呼ぶべきものの欠片すら見当たらない。もちろん貝常くんの姿も、血の一滴すら、ここには、ない!


「くそっ!」


 それでも一縷の望みに賭け、一階に向かう。貝常くんは、確かに注意深く進んでいた。それなのに、床は突然、崩れた。であれば、僕がいま進むこの道も、いつ崩れるとも限らない。

 そんなことには、とうに思い至っている。しかし、いまはそんなこと、どうでもいい!

 一階へ降りた、その位置に、人影が、……見えた!


「かい――!」

「きゃあっ!」


 勢いよく最後の一歩を飛び降り、その影に詰め寄ってみるに、それは、甲高い声で、悲鳴を上げた。

 頭を抱えて、やや姿勢を下げている。で、あるのに、その影は、僕よりよほど、背が高かった。


        *


 悪いけど、貝常くんのことを瞬間、完全に忘れた。一階へ降りた、そのとき見えた、ぶつかりかけて、悲鳴を上げさせてしまった、その相手を見て。


「す、す、す、す、炭文字さん!? ご、ごめんなさい! 大丈夫でございますか!?」

 うん。大丈夫でござろうか、僕は。


「わ、分美ぃ?」


 あれ、炭文字さん……だよね? いや、この高身長に、この目付き、間違いないのだろうけど、声が、いつもより高いような?


「わ、分美ぃ……」


 で、うるうると目に涙を溜めて、抱き……ってええ!? 抱き!? 抱き付――!!


「うえ~ん! 暗いよ狭いよ怖いよぉ! それに足がすーすーして、力が入らないよぉ!!」


 よく解らない! 彼女がなにを言っているのかまったく解らない! 誰だおまえ! 炭文字さんの妹かなんかか!? とにかく少なくとも、ここは狭くはない!

 気が動転して、それでも彼女の言葉を理解しようと努める僕は、なぜだか彼女の足元を確認することに注力した、らしい。意識的なことではない。ただ、一番気になったワード。それにとっさに反応したのだろう。


 足が、すーすー? 確かに、彼女の足元は裸足で、スカートを履いている様子は見て取れる。……というより、僕と同じ、白いワンピース姿。いや、入院着か。


 しかしながら、それがどう彼女を追い詰めているのかは、まったく解らないのだけれど!


「と、とにかく落ち着いて! 炭文字さん!」


 解らん。本当に彼女が炭文字さんなのかは解らんけれど――というより、どちらかというと違っていてほしい――僕は、とりあえずなだめてみた。いや、なだめるといっても、声を張り上げるだけなのだけれど。

 効果があったのかなかったのか、それは解らないが、彼女は、なんとか数分後に、落ち着きは取り戻したようだった。


        *


 スカート恐怖症。と、彼女は言った。たぶんだけど、そんな病気はない。


「足がすーすーしたら落ち着かねえんだよ! 悪いか!? 悪くねーだろっ!?」


「わ、悪くない、です!」

 僕は答えた。元気溌剌に。気を抜いたら笑いそうだったから。


 別に彼女に弱点のあることがおかしかったわけではない。というか、なにもおかしいとは思っていない。ただ、足がすーすー状態の炭文字さんが、やけに可愛かったからである。

 吊り上ったまなじりに溜まった涙が、その瞳をキラキラ輝かせる。ふり乱した髪は、よほど長いというのに毛先まで艶やかで美しい。恐怖心を払拭してよくよく見れば、すらっとしたモデル体型に、赤ちゃんみたいなたまご肌。頬を赤らめ、ワンピース――入院着の裾を気にする様子は、なんというか、嗜虐心を刺激する。


 落ち着け、落ち着け、僕。相手はあの炭文字さんだぞ。仮にいまはなんともなくとも、ここで失礼があったら、明日以降、どんな報復をされるか解ったものではない。ただでさえ隣の席になってしまって、命の危機だというのに。


「そうだ! それよりも!」

 命の危機、と、思い至り、思い出す。そして僕は叫んだ。


「それよりもぉ……?」

 どことなく責められたような口調。『あたしのことなんてどうでもいいっていうの?』みたいな。そして、それに怒る、というより、悲しむような。


「言葉の綾です! とにかく、大変なことが起きていて……」


 僕は弁明しつつ、状況を説明した。校舎に取り残され、大穴に囲まれ、閉じ込められたこと。校舎内にも穴が空き、その奥底が知れないこと。その穴に、貝常くんが落ちたこと。

 聞くだに聞くだに、炭文字さんの顔は青ざめていき、その目にはさらなる涙が溢れていった。


「うわ~ん! パパ、ママぁ! おねえちゃぁぁん!!」


 期せずして彼女の家族構成が明らかになった。いやマジで、そんなことは現在、くっそどうでもいいのだけれど。


        *


 僕は、意を決してみた。正直言って、こんな子どもみたいな彼女の相手なんぞしている場合ではない。が、やはり後の報復を恐れて、僕は仕方なく対応することとしたのだ。

 具体的には、手を繋いだ。なぜだかは解らないけれど、指まで絡めた、というか絡め捕られた。恋人繋ぎである。


「姉貴がさ、レディースの総長やってんだよ」


 こんな状況での沈黙が辛かったのだろう、炭文字さんは聞いてもいないのに話し始めた。頬は赤らめたまま、僕と繋いだのと反対の手で、常にスカートの裾を押さえたまま。……丈は十分あるから、押さえた方がすーすーしそうだけれど、突っ込むまい。というかそんな勇気はない。


「だからさ、ずっとずっと、『強くあれ』って教えられてきて。実際に喧嘩のし方とか、周りから舐められない立居振る舞いとか、叩き込まれてんだ。でも、実際のあたしはこんなんだから、虚勢に違いないんだけど」


「レディースの総長だとかって噂があったけれど、それは、炭文字さんのお姉さんのことだったんだね」


 少しは慣れてきて、僕は相槌代わりにそう言ってみた。まだやや、戦々恐々だが。


「噂? あたしが? そんな、ありえねーよ。確かにたまに、姉貴の背中に乗っけてもらったりするけど、あたしは怖くて叫んでるだけだし」


 もはや涙は引いている、そんな吊り上ったまなじりで言われても説得力はないが、しかし、さっきの彼女を見たところだから、真実味はいちおう、あるのだろう。


「あれ、でも、今日の席替えのとき、貝常くんに、……なんていうか、……怒鳴ってた、よね?」

 それに触れたら、今度こそ怒られるのかもしれない。が、僕はつい、聞いてしまっていた。


「あれは……まあ。だって、ジャージ履いてたし」

「ジャージすげえな」


 ついそんな口をきいてしまう。いやほんと、彼女の言葉通りだとしたら、ジャージすげえな!


 そんな僕の反応に、彼女は、ふふふ、と、不思議に不自然に、なんだかどこぞのお嬢様のように、上品に笑った。


「ああ、ジャージはすげえんだよ」


 泣きべそだったさっきとはうって変わって、満面の笑みで、炭文字さんはそう言った。





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