第8話 お忍びで街に行こう 前編
スピアーズ侯爵家訪問以降5件ほど訪問したけれど、ルーカス様の探しものは見つかることは無かった。
嫁探しの件もうちの商会で購入した輸入品を持っている貴族で妙齢のご令嬢もおらず気楽なものだった。
「ローラ、明日は公務も訪問の予定も入っていないから、皆の休日にしようと思うんだ」
ある日の夕食後にルーカス様が紅茶を飲みながらニコニコと話し始めた。
「それはいいわね!たまに皆ゆっくりと休むのもいいかもしれない」
訪問もしているし、ルーカス様に至っては訪問以外にご公務に出かける日もあって忙しそうだし。
「それでなんだけど、僕と2人でお忍びで街に行かないかい?王族の立場からじゃない街の様子を見てみたいんだよ」
「お忍びで!?それは楽しそう!」
ルーカス様の立場じゃ自国じゃ難しいだろうし、私も知らない街を探索してみたい!
「でも、私の黒いワンピースもメイドさんスタイルも目立つのじゃないかしら?目立ってしまってはお忍びにならないんじゃない?」
ルーカス様とお出かけしてみたいけど、ここに来てまたメガネの呪いのに苦しめられる。
「それは大丈夫!!第二弾を準備してる。ノア、あれを出してくれる?」
「かしこまりました。こちらです」
ノアはスッとどこかで見たようなピンク色のリボンのついた包みをテーブルの上に置いた。
「これは?エプロン?この前たくさんもらったけど」
「まあまあ、開けてみて!」
ルーカス様はニコニコと笑顔で私の反応を待っている。
包みを開けてみると、そこには
「これは、白いケープ?」
「うん。ケープというのだっけ?オーダーのときに前世の記憶を頼りにイメージを伝えたんだ。イメージ通りに出来たようでよかった」
白いケープはところどころレースになっていて華やかだけど可愛らしさもある素敵なデザインだ。
「エプロンが大丈夫だったから、こういうのも大丈夫なんじゃないかなと思って」
「早速羽織ってみるわ!」
ケープを羽織ってみると黒いワンピースとバランスがとれており可愛い。クルッとその場で回転して見せると、ルーカス様はパチパチと拍手をしてくれた。
「ローラ、すごく似合っていて可愛いよ。本当に可愛い」
そんなストレートに褒められると顔が赤くなりそう。
「あともう1つこれも!これは大丈夫かな?試したことある?」
ルーカス様が赤い丸い箱を取り出した。
丸い箱とは何だろう??箱を開けてみると、レース編みのベレー帽が出てきた。これもかわいい!
ベレー帽もさっそくかぶってみる。
「ローラ、帽子も似合ってるよ!可愛いよ!こんなに可愛いとプレゼントしがいがあるなぁ」
「あ、ありがとう!廊下に出ても大丈夫か出てみるわ」
赤くなっているであろう顔をルーカス様に見られる前に私は廊下に飛び出したのだった。
その日の夜はなかなか眠れなかった。
明日のお出かけが楽しみなんだけど、お出かけってつまりデートだよね!元婚約者ともこの姿になる前に何回か食事に行ったくらいで、デートらしいデートはしていない。
ルーカス様はデートのつもりじゃないのかもしれないけれどドキドキするよー!しかも、お出かけのコーディネートまでルーカス様がしてくれちゃうなんて。……というか私は貰いすぎじゃないのかな?でもエプロンをもらった後に〈こんなにもらって申し訳ない〉と言ったことはあるけど、〈転生者仲間〉とか〈僕が着せたいだけ〉で有耶無耶になってしまった。
そもそもルーカス様に会うまでエプロンとかケープ、帽子なんて全然試してなかった。〈魔女っ子アメリ〉を意識し過ぎて変えようなんて思わなかったもんね。私が言ったことちゃんと覚えててくれて考えてくれるルーカス様…素敵だよね。
この夜はルーカス様とのお出かけが楽しみでなかなか眠れなかった。
――――――――
今日はいよいよルーカス様とお出かけの日だ。
ルーカス様コーディネートに身を包み準備は万端だ。私は宿のエントランスでルーカス様を待っていた。
「ローラ!お待たせ」
ルーカス様はいつものキラキラ王子様スタイルではなく、ブルーのタイのついたシャツに品のいいジャケットスタイルで登場した。
育ちが良さそうなところは隠しきれていないから下流貴族風?と言ったところだろうか。
「ローラ、やっぱりその姿かわいいねぇ!僕は小金持ちの平民風なんだよ」
久々のお休みのせいかルーカス様は終始笑顔だ。
「小金持ちの平民って何よ〜!ルーカス様、どう見ても貴族枠からは抜け出せてないわ」
「育ちの良さは隠しきれないか〜。ハハハ!さて、さっそく向かいますか」
私たちは商店の立ち並ぶストリートまで歩き始めた。道は赤いレンガが敷かれていて、花の形を模した街頭が道の両側に並んでおり可愛らしい。
「ルーカス様は……」
「ローラ、〈ルーカス様〉呼びだとお忍びにならないから別の呼び方で呼んでみない?様付けもなしにしよう!」
「それもそうだね。何かいい呼び方あるかな?」
ちょっと楽しい感じで名前を呼べたらいいな。なおかつ、呼ばれてすぐにわかるといいな。そうだ!!
「ルーカス様!私、閃いちゃった。ハルトとアメリよ!」
私はニヤリと笑った。前世の名前なんて誰もしらないもの。
「それはいいね!絶対にバレないけど、ごく自然に返事する自信がある。さすがローラ!いや、アメリだね」
ルーカス様はお腹を抱えて笑っている。
「ハルトったら笑い過ぎだから〜!ところでハルトはどんな店に行きたいの?自国だから案内したいところだけど、チョコレイは初めて来る街だから私もわからないの。ごめんね!」
「ローラじゃなくて、アメリは気にしなくて大丈夫!なんとなく気に入った店に入るつもりだったから」
ルーカス様は私の帽子をポンポンと優しく叩いた。ルーカス様はけっこうスキンシップが多いほうだと思う。こんな感じじゃ勘違いしてしまう娘も多いんじゃないかな。他の女の子に優しくポンポンするルーカス様を想像したらモヤッとした。いや、せっかくのお出かけ余計なことを考えてたらもったいない!
「暗い顔したりニコニコしたりしてたけど大丈夫?」
ルーカス様に見られていたなんて恥ずかしい!と言うか、顔に色出てたのね。
「だ、大丈夫!ちょっと考えごとしてたけどもう終わったから!ほら、あの店なんてどう?可愛らしい雑貨屋さん。あ、ハルトに可愛らしいは違うか……じゃあ、ええと……」
私はウインドウに戯けた動物や花の小物の飾っている店を指さしたあと、行き場のない指をウロウロさせていた。
「あの雑貨屋さんに行ってみよう!アメリが可愛らしいと感じる店を見てみたい」
「いいの?」
「いいに決まってる!ほら入るよ」
ガチャッ、ルーカス様が扉を開いた。
ううっ、取っ手の部分が猫のしっぽみたいな形になっていて可愛らしくて思わずニヤけてしまう。魔女っ子=使い魔は猫ってイメージで踏み出せないけど実は猫のモチーフ好きなんだよね。
「わぁ、カワイイ!」
私は楽しくなってきて店内をウロウロと眺め始めながら探索を開始した。そんな私にルーカス様は後ろをゆっくりついてくる。
店の一角に猫コーナーを発見した!猫の絵のハンカチにカップ、肉球風のブローチなんかもある。黒猫だったり、三毛猫だったり色々な表情の猫たちに和む。
ちょっと進むと花モチーフのコーナーもあった。様々な種類の花なのはもちろん、リアルな花だったりポップな色使いの花の小物だったりと見ていて飽きない。
ついついハルトの存在を忘れそうになってしまった
「ハルトも好きなコーナーを見てきていいんだよ」
「うん。アメリもゆっくり見ていて。じゃあ、店内にいるから声をかけてね!」
ルーカス様はスタスタと歩いて行った。気に入るコーナーがあったのかな?
私は色々と店内を回ったあと結局猫コーナーに戻ってきた。
戻って来るとルーカス様も猫コーナーにおり、真剣な顔で何かを見ていた。
「ハルトは何か買うの?私はせっかくだし何か買おうと思ってるの」
「僕も買おうと思ってたんだ。アメリ、選ぶの手伝ってくれない?」
「いいよ。誰に買うの?」
「うーん。猫が好きな女の子。アクセサリーをあげたいんだ」
〈女の子〉と聞いて胸がチクッとした気がした……。
「そんな娘いたんだね」
私は意地悪っぽい言い方をしてしまった。
「まあね。アメリが思うような感じじゃないよ。ハハハ」
ルーカス様は笑っている。
もしかしてご兄弟?だとしたらこっ恥ずかしい。
「意地悪な言い方してゴメンね。どういうのいいかな?年下?年上?」
「歳は気にしなくてもいいかな。アメリはどのアクセサリーがいいとおもう?」
うーん。私の好みになってしまうけど……私は花モチーフコーナーの前に行った。
そこで水色の小さなサファイアが4つ花のようになっていて周りのシルバー飾り部分にこっそり猫がついているネックレスを指さした。
「猫なのにこっそり花コーナーに隠れていたの。猫が見つけて欲しそうにしていたから可愛くって。私には予算オーバーだし、こういうのは猫の好きな子にどうかな?」
「なかなかカワイイね!よし、これを買うことにするよ。アメリも何か買わないの?」
「私は猫の絵のハンカチを買うわ」
私は猫コーナーに戻って、戯けた猫の刺繍のしてあるハンカチを手に取った。