59 跡追い
シンがシャリィと話をしている時、ユウはモリスの許可を得てジュリと馬小屋に向かっていた。
「お馬さん怪我治ってきてるかな?」
「う、うん、魔法のお陰で、良くなっているみたいだよ」
よしよし! 女の子と普通に会話できているぞ!
なんせ僕は大石Pだからね。これからこの村でアイドルをプロデュースする立場なんだ。
女子との会話ぐらい楽勝楽勝!
馬小屋に到着すると、ジュリは笑顔で馬に駆け寄る。
「ブルルルル~」 「ブルブルブルブルル」
2頭の馬もジュリが来たのを喜んでいるかのような声をあげる。
「ジュリちゃんが来てくれたから、お馬さん喜んでるみたいだね」
「ねぇ~、可愛い~。怪我は大丈夫?」
「ブルルル」
馬はまるでジュリに返事をしているかのように嬉しそうな声を出す。
「よしよし」
そう言いながら怪我をした馬の顔を二度三度撫でると、ジュリはもう一頭の馬を、慣れた手付きで中庭に出し始めた。
「あっ!? だ、大丈夫?」
ユウはその行為に驚いて、心配の声をあげる。
「平気だよ~。ずっとお馬さんのお世話してたから~」
ずっと? そういえば、馬小屋は長らく使われていない様な感じじゃない。
もしかして、最近まで馬が居たのかな?
ジュリは、自分の身体より何倍も大きな馬の手綱を引き、中庭に出て行くと、そのまま散歩を始めた。
「おりこうさんだね。こっち行こう」
馬は大人しく従い、手綱を持っているジュリの後に続いて行く。
おおお、凄い! あんな小さい子が、僕なんかより全然馬の扱いが上手だ。
ジュリが手綱を持って走ると、馬もそのスピードに合わせ、優しく歩を進め、ジュリが止まると、馬も同じように止まった。
するとジュリは馬を見つめ、満面の笑みをうかべる。
「す、凄いねジュリちゃん。お馬さんの扱いが本当に上手だよ」
「えへへ」
「もしかして、お馬さん飼っていたの?」
「……う、うん」
ユウが褒めた後の質問で、ジュリの表情が一瞬曇ってしまう。
「やっぱりそうだったんだね。馬小屋も手入れされてて綺麗だし、ジュリちゃんも慣れているから、僕分かっちゃったよ!」
嬉しそうなユウとは裏腹に、ジュリの表情はますます暗くなっていく。
ユウも流石にその表情に気付いた。
……あっ!? もしかして、飼っていた馬が最近亡くなってしまったのかな……
ジュリは、下を向き、悲しそうな表情をしていたが再び手綱を引き、馬と一緒に歩き出し、中庭から出て行く。
「あっ!?」
無言で中庭から出て行くジュリに少し驚いてしまったが、ユウも直ぐに後を追う。
……ちょっとデリカシーが足りなかったな。
僕の余計な一言で、亡くなった馬の事を思いだしてしまったんだね、きっと。
どうしよう…… 謝った方が良いのかな?
けど、それだとまた亡くなった馬の事を思い出させるかもしれない。 ここはもうその話に触れない方がいいのかも……
「あのね」
「ん!? な、何?」
「この道ね」
「うん」
「毎日お母さんとランドと一緒に散歩していたの」
ランド…… 飼っていた馬の事かな?
「お、お馬さんの名前?」
「うん、そうだよ。ランドは私と一緒の歳で、この村は小さい子が少ないから、私が生まれた時に、淋しくない様にって、死んじゃったおじいちゃんが買ってくれたの。だから、ずっとずっと一緒だったの」
「そ……そうなんだね……」
「ジュリね、ランドの事、弟だと思っていた……」
……僕は動物を飼った事無いけど、子供の頃から一緒なら家族も同然だと思う。
その馬を亡くした悲しみは、直ぐには消えないだろうね。
何とか、何とか慰める事は出来ないかな……
……駄目だ、何も思いつかない。
兎に角、謝っておこう……
「ジュ、ジュリちゃんごめんなさい。僕のせいで亡くなったランドの事を思い出してしまったんだね。本当にごめんなさい」
ジュリちゃんは、僕の目を見た後、再び下を向いてしまった。
ああぁ、やはり謝らない方が良かったのかな?
どうすれば良いか、僕には分かんない……
「……ランドは」
「えっ? 何ジュリちゃん?」
「ランドは……死んでない……」
死んでいない……
「連れて行かれちゃったの…… 悪い人に……」
「悪い人?」
……もしかして!?
「その悪い人って、この村に居る山賊!?」
ジュリは黙ったままコクリと頷いた。
……ぐー、ぐぐぐぐぐぐぅーーーー!
許せない! ジュリちゃんの大切な家族を、弟を連れて行くなんて! 絶対に許せない!
ユウは怒りは凄まじく、顔は真っ赤になっていた。
「ジュリちゃん、今直ぐ戻ろう!」
「えっ?」
「僕、用事思い出したからね、一人で散歩させるわけにはいかないから一緒に戻ろう!」
「……はい」
二人は宿へと戻り、ユウはジュリが馬を馬小屋に入れるのを手伝っていた。
「急いでいるの? 一人で出来るよ」
「ううん、手伝うよ。ジュリちゃん食堂に送るよ」
「……ここでお馬さんと遊んでいていい?」
「うん、それなら僕は先に行くね」
「はーい」
ユウは速足でその場を離れて行く。
「許せない! 許せない! 許せない!」
怒りを口に出しながら外に出ると、俯いて何やら考え事をしているシンを見つける。
「シン!」
「……」
「シンってば!」
「うん? おぅ、どうしたユウって、か、顔!」
「何!? 僕の顔がどうかしたの!?」
「真っ赤だぞ!?」
確かジュリちゃんと馬小屋に行くとか言ってたよな。
どうしてこんなに顔が赤くなってるんだ……
ジュリちゃんにお兄ちゃんになってとか言われたのかな?
いや、この顔の赤さ…… 普通じゃないぞ!
つまりそれ以上なのかもしれない。
もしかして、夫婦設定でおままごとで遊んでいて、その関係を真にうけているのでは!?
「聞いてよシン!」
「ゴクリ」
シンは生唾を飲み込んだ。
もしかして、本当に結婚するとか言い出すんじゃないよな10歳の女の子と!?
「ジュリちゃんの弟が、弟が……」
ジュリちゃんの弟? うん? 弟が居たのか?
もしかして、おままごとでそういう設定なのか!?
「ジュリちゃんに弟が居たのか?」
「うん! いや、正確に言うと弟じゃないけどさ」
正確にいうと? なんだそりゃ? やっぱりそういう設定か……
その弟が二人の結婚に反対したという話で、まさか俺に説得しろとか言うんじゃないだろうな!?
「弟が、連れて行かれたんだよ!」
違ったか……
「えっ? 誰に!?」
「山賊達だよ! この村の!」
「いつだよ!?」
「いつかは聞いて無いけど、連れて行かれたって!」
「それ大変じゃねーか! モリスさんは!? 厨房かな? 聞いてみようぜ!」
「うん!」
二人は食堂に飛び込んで行った。
「モリスさーん!」
「はーい、いかがされました?」
厨房から返事が聞こえて来た。
「息子さんが山賊に連れて行かれたんですか!?」
「息子?」
モリスはシンの言葉でキョトンとする。
「さっきジュリちゃんから聞きました。ランドが山賊に連れて行かれたって!」
「あっ…… その件ですか……」
モリスは、ユウの言葉を聞き、目を伏せた。
「ジュリは今どこに?」
「馬小屋で馬と遊ぶってさっき言ってました」
「そうですか……」
モリスさんは馬小屋のある方に目をやり、ジュリが居ないのを確認してから口を開いた。
「その件なんですが、実は……」
モリスさんは恥を忍んで真実を僕達に話してくれた。
モリスさんの旦那さんは出稼ぎに出ており、その間はモリスさんとジュリちゃんの二人でこの宿屋の切り盛りをしている。
これだけ大きな宿屋、維持費も馬鹿にならず、特に最近は修繕費がかさんでいたそうだ。
歴史もあり、この村で営業している数少ない宿屋という事で、村からの援助もあり、これまで続けてこれたが、客が来ない宿屋は借金に頼るしかない。
既に村から多額の借金をしていて、その返済も滞っている。
村の実情を知る村人の一人として、これ以上迷惑をかけたくないと、追加の借金を出来ずにいた。
そんなおり、モリスさんに馬の売却話がきたようで、ジュリちゃんがあそこまで落ち込んでいるのを見れば、モリスさんにとっても家族同然のランドを手放すのは苦渋の選択だったのは容易に推察できる。
恐らくこの様な話は、この村では珍しく無いのかもしれない……
「売った相手は、この村の山賊ですか?」
「……はい」
「シン! 直ぐに取り返しに行こうよ!」
「そうだな…… とりあえず門番している奴らに聞いてみよう」
「うん! 行こう!」
二人は食堂を後にし、門に向かおうとしたが、事情をあまり知らないモリスが止めに入る。
「あのー、待ってください!」
「えっ?」
ユウは、その声に少し驚く。
「よそ様から見れば、この村をおかしいと感じていると思いますが、この村はこの村なりに上手くいっています。どうか、どうか事を荒立ることは控えて頂けないでしょうか!? お願いします」
よそ様か…… 大丈夫だよ! その僕が、僕達がきっとこの村を変えてあげるから! 馬だって、シャリィさんに言えば、山賊達は直ぐに返してくれるよ、うん!
ユウは現時点で、何処まで話をして良いか分からないので、心でそう強く思った。
「モリスさん、大丈夫です。話を聞いてくるだけですから、揉め事は起こしませんので安心して下さい」
「は、はい……」
二人はそのまま食堂から外に出て行き、門の方へと歩いて行く。
村の入り口には、3人の門番がおり、昨日までとは違い、どうやら真面目に仕事をしている様だ。
その者達に、シンは声をかける。
「なぁ、仕事中に悪いけど、ちょっといいかな?」
えっ!? 何その話方!? もっとヤンキーらしくガツンと言ってやればいいのに!
僕達はシャリィさんのシューラだよ! 山賊なんかと対等に話す必要は無いと思うんだけどな……
3人は、声をかけて来たシンに目を向けるが、目を合わそうとはしない。
目を伏せ、目線の先は地面か、シンの足元の様だ。
うんうん、かなりビビっているみたいだ。昨日シャリィさんにコテンパンにやられているから当然だよね。
「馬について聞きたいんだけどさ、そこの宿屋から買った馬なんだけど、分かるかな?」
門番をしている一人が、シンの質問対し口を開く。
「その馬なら頭が気に入って使ってたよ。いえ、使ってました……」
あー、もしかして、昨晩バンディートが乗っていた馬なのかな!?
「そうなんだ。その馬は、今何処にいるか知らないかな?」
う~、まどろっこしいな。今直ぐその馬を連れて来いって怒鳴ればいいのに……
「……昨日、やられた後に俺達が目を覚ました時、幹部の奴が乗って村の外にそのまま逃げていきやしたぜ……」
「村の外に?」
「えぇ……」
「行き先は分からないよな?」
その質問に対し、別の一人が口を開く。
「か、頭も幹部も、俺達に何の説明もしないで置いて逃げやがって! ちきしょー!」
「……」
そんな事より、何処に逃げたのか教えてよ! シンが怒鳴らないなら、僕が怒鳴ってみようかな……
「何処に逃げたかは分かりやせんが、幹部達の殆どはファレンだから、山に隠れるしかねーよ」
……ファレン? 何それ?
「そうか。仕事中に邪魔したな、ありがとう」
「おっ…… あぁ……」
シャリィの様に高圧的な態度で接してくると思っていた山賊達は、丁寧な口調で話すシンに、少し驚いていた。
二人は門から離れた場所まで歩いて行き、そこで足を止めた。
「どうしようシン…… 村の外って危険だよね」
「あぁ、さっきの話だと、旧道沿いなんかにはいないだろうな。たぶん、俺達がこの世界に来た時の様な、人のこない場所に居るのは間違いない」
「シャリィさんに相談してみようよ。何処行ったのかな?」
「シャリィは山賊達と話しをした後、村長さんに会いに行くって言ってたよ」
「山賊と話?」
「あぁ、門番達は真面目に働いていただろ? あいつらはこの村に残る」
そういえば、あまりにも自然に門番をしていたから疑問に思わなかったけど、山賊を追い出さないなんて、何を企んでいるのだろう……
「あいつらには、今まで通りこの村の仕事をしてもらう」
……なるほど。山賊を追い出せば、その仕事を代わりにする人が居ないって事なんだね。
「シャリィは待っていれば、そのうち戻ると思うけど…… 馬の事は今すぐどうこう出来る感じじゃないし、シャリィが戻るまで、ちょっと野外劇場でもまた見に行かない? 確認したい事があるんだ」
「うーん」
ユウはジュリの為に直ぐにでも馬を取り戻したかったが、村の外に居るのでは手の出しようがない。
シンに従い、シャリィを待ちながら時間を潰す事にした。
「そうだね、あの神秘的な劇場の舞台に立って、プロデュースするアイドルのイメージを考えてみるよ―」
僕達は野外劇場へ向かって、ゆっくりと歩き始めた。
「ねぇ、シン」
「どうした?」
「ファレンって何だろうね?」
「ん?」
「さっき門番が幹部はファレンだからとか言ってたよね」
「あー、何か言ってたな~」
シンは、今の時点でファレンの話をユウに聞かせるかを迷っていた。
その時、モリスさんが慌てた様子で二人の方に走って来ていた。
ユウはそれに気づき、シンに伝える。
「シン、モリスさんが……」
「ん? モリスさん?」
振り向いて待っていると、モリスが二人に追い付く。
「はぁはぁ、すみませんジュリを見ていませんか? 馬小屋にも居なかったので、ご一緒かと思いまして……」
「いや、一緒じゃないですが、いつから?」
「僕が分かれた時は、馬小屋で馬を見ていたのに、どこ行ったのかな?」
「いつも遊んでいる場所とかは?」
「そちらも見てまいりましたが、いなかったので……」
その言葉を聞いたシンは、少し俯くと直ぐに何やら思い付いた様に声をあげた。
「……まさか!?」
そう言うとシンは急に走り出した!
「シン! どこ行くの!?」
「二人はシャリィを探せ!」
「え!?」
「急げぇ!」
「う、うん!」
ただ事ではないシンの表情!
僕とモリスさんは、レティシアさんに会いに行ったというシンの言葉を思い出して役場に走った。
そしてシンは、再び門番を訪ねていた。
「おーい! 女の子が外に出て行かなかったか!?」
「い、いいや、誰も通ってませんぜ……」
「そ、そうか、ハァハァハァ…… 違ったか……」
「どうしやした?」
「いや、女の子が居なくなっててさ、もしかしたら村の外に出ているかもって思ってさ。ハァハァハァ」
三人の門番達は、顔を見合わす。
「今日は仲間以外誰も出てませんが…… もしかしたら……」
「どうした!? 心当たりはあるのか?」
「ちょっとこっちへ来てくれるか……」
門番の一人が、シンを何処かへと案内し始めた。
そこは村を囲っている壁沿いで、門から200メートル程離れていた。
「ここだけどよ」
「何だよ?」
「ほら、そこそこ」
門番の指差す場所の壁には、這いつくばれば大人でも通れるほどの穴が開いていた。
シンは直ぐにその場所を食い入るように調べ始める。
……くっそぅ! 最悪だ! まだ新しい小さな手の跡が……
たぶんジュリちゃんは門番と俺達の話を聞いていたんだ!
恐らく馬を探しに、ここから村の外に出て行ったに違いない!?
「おい!」
「は、はい!」
「一人だけ門に残して、二人は俺を追いかけてこい!」
そう言うと、這いつくばり、シンはその穴から外に出ていく。
「わ、わかりやした」
門番は他の門番を呼びに来た道を戻って行く。
外に出たシンは、ジュリの痕跡を探す。
左に行けば門の前を通る事になる、恐らく右だろう……
あった! 微かだが小さい足跡が右の方に!
シンは旧道を走り出す! ジュリとの差は約30分。シンの脚力なら、追いつくのにさほど時間はかからない。
だが、途中で旧道から逸れて、森に入って行っているかも知れないと考え、慎重にジュリの痕跡を探しつつ、急いでいた。
この時、シンはジュリの名を叫ぶか迷っていた。
何故なら、シンは魔獣の習性を知らないからだ。
叫ぶ事で、出会わなくても済む魔獣を呼び寄せてしまうかもしれない……そう考えていた。
それに、誰にも相談せずに馬を探しに村の外に出て行ったジュリは、自分の声を聞くと、避けて隠れてしまう可能性もあると考えていたからだ。
くっそー、シャリィと真面目に話をしなかった事が響いてやがる! 魔獣の話ぐらいしとけば良かった。
後悔しても遅いのは分かっていた。だが、シンは後悔せずにはいられなかった。
「ジュリちゃーん! おーい! ジュリちゃーん!」
シンは叫ぶ選択をした。
1番に考えないといけないのはジュリの安全。
シンの声に魔獣が反応したとしても、声をあげている自分にくるのなら構わない。
もしかしたら、既に魔獣がジュリを襲おうとしている、いや、襲っているかも知れない。その魔獣を声をあげる事で、自分に引き寄せようと、そう判断していた。
くっそ! 道が渇いていて、しかも今日に限って風が強い! 足跡が見えない!
地面と周囲を交互に見ているシンの目に、何やら不思議な線が見えて来た。
何だあれは!?
それは、まるでこれ以上は進むなと警告しているかの様な、奇妙な黒い線の様に見えた。
近づいて良く見ると、道に深紅の液体で大きな線を描いていた。
これは!? もしかしてシャリィが言っていた魔獣の死体を引きずった跡か!?
それならこの先には魔獣が……
シンは目を凝らして魔獣の死体を引きずった跡を見る。
くっ! 最悪だ!
そこには、ハッキリとその先に向かう、真新しいジュリの足跡が残っていた。
「おーい、あんたぁ!」
シンが振り向くと、二人の門番が走って来ていた。
「はぁはぁはぁ、そ、その先は危険ですぜぇ。逆方向なら街道が近いせいで魔獣も殆どいないけど、これから先は次の村までかなり距離があって、昼までも魔獣がウヨウヨいますぜぇ。はぁはぁはぁ」
「分かってるよ、そんな事! 貸せ!」
シンは門番の持っていた剣を奪い取ると、その線を必要以上に踏みつけた。そして、血で泥上になった土を手に取ると、服に擦り付けて、再び走り始めた!
「お前達は、この辺りを探せ!」
そう言い残すと、シンは全速力で走った!
ハァハァハァ、ジュリちゃんは線を、魔獣の血を踏んでいた。
シャリィは、死体のある魔獣を引きずると、他の魔獣が多少なりとも寄り付かないと言っていた。
つまり、その血を靴で踏んだジュリちゃんに、魔獣は近づかないかもしれない。
急げ! 急げ! 急げ! まだ間に合う! ハァハァハァ、くそがぁ! これぽっちで息が上がるなんて、情けねぇ!
その頃、役場に到着したモリスとユウは、まだシャリィを探せずにいた。
シンのあの慌てよう。そして走って行った方角から推測して、ユウもモリスもジュリが何処に行ったのか、何となく分かっていた。
僕のせいだ! 僕のせいだ! ちゃんと食堂まで送らなかった僕のせいだ!
何処ですかシャリィさん!? 何処に居るんですか!?
「シャリィさぁーん!」
ユウの絶叫が、役場の中でこだましていた。
その頃、ジュリは……
「ランドー、ランドー。お姉ちゃんはここにいるよー。悪い人から逃げて来て―、おねがーい、ランドー」
ジュリは、旧道から脇道に入り、森の奥深くへと進んでいた。
その時、ジュリの耳に、自分を呼ぶ声が微かに聞こえた。
そう、それはシンの声だった。
ほんの微かに残っていた脇道に入るジュリの足跡。
シンはそれを見逃さず、声が届く距離までジュリに迫っていた。
しかし、シンの危惧が当たってしまう。
ジュリは自分を探しに来たシンの声を聞くと、大きな木の陰に隠れてしまう。
自分はランドを見つけるまで帰らない。そう決心していたジュリは、今シンに見つかる訳にはいかなかった。
「ハァハァハァ、ジュリちゃーん! お願いだ、返事をしてくれ! 馬を一緒に探そう! おーい!」
自分の近くを通り過ぎるシンを、ジュリは何もせず、ただ黙って見送った。
「おーい、ジュリちゃーん!」
だんだんと遠ざかるシンの声。
ジュリはシンの進んだ方角とは違う方に向け歩き始める。
その方角は、沢山の魔獣がいる方角であった。
「ジュリちゃーん! ハァハァハァ」
おかしい!? 時間からして、もう追いついても良いはずだ!
方向を間違えたか!? さっきから足跡を一つも見ていない。
それとも、もしかして……
シンはその場から引き返す。
自分の声を聞いたジュリが隠れていたと判断して、急いで引き返し始める。
「ランド―、ランド―。何処にいるのー? ランドー、またお姉ちゃんと一緒に暮らそうー。ごめんねー、今まで助けに行かなくてごめんなさい」
ジュリは、涙を流しながら必死にランドを探している。
その時……
前方の草むらが大きく揺れ始め、ジュリは驚いて咄嗟に木の陰に隠れる。
「ガサガサガサ」
「……」
「ジュリちゃーん! 頼むから返事をしてくれ! 馬は俺が必ず探すと約束するから! ジュリちゃーん」
相変わらずシンの呼びかけに返事はない。
しかし……
シンの耳に、微かな声が聞こえてくる。
風が草木を揺らすその中でも、シンの耳は、ジュリの泣き声を聞き逃さなかった。
「ジュリちゃーん!」
シンは大声でジュリの名を叫びながら、泣き声が聞こえた方角に、道なき道を一心不乱に走って行く!
そして、背の高さを超える草を掻き分けて見たものは……
ランドにすがり付き、泣いているジュリの姿だった。
「うぇーん、ランドー、ごめん、ごめんなさーい。うぇぇーん」
「ハァ、ハァ、ハァ……」
その姿に安心して、息を整えているシンの頬にも、ジュリと同じ様に涙が伝っていた。
良かったぁ、無事だった。本当に良かった……
「ジュリちゃん…… 帰ろう。ねっ、ランドと一緒に、帰ろう」
「う、うん……」
「ランドに乗れる?」
「うん、大丈夫」
シンはランドにジュリを乗せて、手綱を持って先導し、剣で草や枝を切り裂きながら脇道まで進んで行った。
「ジュリちゃんケガはない?」
「うん……大丈夫」
「そっかぁ、良かった」
そう言うと、今度はランドに怪我が無いかを調べ始める。
「うん、ランドも大丈夫そうだ。良かった良かった」
「うん……」
自分にもランドにも怪我はなかったが、シンの顔や、肌が見えている部分には、いくつもの擦り傷があり、所々から血が流れている。
「……」
「さぁ、帰るよジュリちゃん」
ジュリは、シンの目を見ながら頷いた。
ちょうど剣の刺さっていない鞘をランドが装備しており、そこに剣を納める。
そして、手綱を引き脇道を旧道に向け、順調に進んでいたが、シンは突然異様な気配を背後に感じる。
何だこの気配は!? 気のせいか…… いや!? もしかして、魔獣が近くに居るのかもしれない!
その時、草木が生い茂る森の中から、鋭い眼光がシンを捉えていた。
「……へぇ~」
その者は一言だけ発すると、その後は黙って、ただ、シンを見ていた。
「どうしたの?」
「うん? いや、何でもないよ」
シンは、ランドに飛び乗り、その場を急ぎ離れようとする。
馬に乗った事のないシンは、あまりの揺れに落馬しそうになるが、持って生まれたそのセンスで、直ぐに落馬しない程度まで乗りこなす。
そして、脇道から旧道に出ると、徐々にスピードを上げ始める。
後ろからは何も付いて来てない。気のせいだったか……
シンは右手で手綱を持ち、ジュリが落ちないように左腕をお腹に回し、しっかりと抱きかかえる。
ジュリは下を向き、ギュッと自分のお腹を抱きかかえるシンの左腕を見て、照れ臭そうな表情を浮かべ、頬をピンク色に染める。
そして、振り返り、馬を必死に操作しているシンの顔を見上げる。
シンはその視線に気づき、ジュリに優しく笑顔を向けた後、再び前を向く。
ジュリにとって、生涯忘れる事の出来ない1日が、2日連続で訪れていた。
「ピュ~~」 「ガサガサガサ~」
風が舞い、枝や草が揺れる森の中で、シンとジュリが去って行った方角を、無言で見つめているその者は、自分にすり寄って来た魔獣に驚いてしまう。
「うわぁー!? お前達~、びっくりさせないでよ~」
その者は、魔獣の頭を優しく撫で始める。
「ねぇねぇ……」
無表情でそう言った次の瞬間、急に満面の笑みを浮かべる。
「見てた~!? 女の子に良い事しちゃったよ僕~。褒めて褒めてぇ~」
村が見える位置まで戻ってきたシンは、ジュリを探している二人の門番と会う。
「おーい、ありがとう。見つかったから戻ろうぜ!」
「あ……は、はい」
そう言い残したシンは、馬で門目掛けて、颯爽と駆けて行く。
「……あ、あいつ、魔獣がいる森の中から馬も女の子も探して来たのか!? それじゃ、あの馬に乗って逃げたパーカッションさんはあいつに……」
「あっ……あー、やべぇな~。きっとすげー魔法が使える、名のある冒険者なんだろうな~……」
この時、門番の二人は……
……あんな奴等がこの村に居たんじゃ、もう悪さは出来ない。
せっかく罪を免除されたんだから、真面目に働こう……
そう同じ事を思っていた。
シンは村の門を潜り、宿屋の中庭に戻って来た。
「ドォ~、ドウォドウォ~」
中庭に気配を感じたモリスさんとユウが飛び出してきた!
「ジュリ!」
「お母さーん、ランドを、ランドを探してきたよ」
馬から降りたジュリは、モリスに駆け寄り、しっかりと抱き合った。
やっぱり…… モリスさんと危惧していた通り、馬を探しに村の外に出ていたんだ。それにしても無事で良かったぁ…… 昨日も同じ光景を見たけど、何度見ても、飽きたりするものではない。
それにしてもシン! 凄いよ!
シンに目を向けたユウは、所々から血が出ているのに気づく。
「あっ、シン! 怪我してる!」
モリスとジュリが見てないのを確認して、シンは立てた人差し指を口の前に持って行く。
えっ…… あっそうか!? シンが怪我してるなんて言ったら、モリスさんもジュリちゃんも責任を感じちゃうかもしれない。
それに、今回の事は、ジュリちゃんから目を離した僕が1番悪いんだ! ちゃんと謝らないと……
「あの~、モリスさん……」
「いや~」
僕が謝罪しようとしたら、シンが大きな声で被せて来た。
「ジュリちゃんは見つかったし、ランドリーも見つかったし、俺の株も上がったし、一石何鳥だこれ?」
その言葉を聞いたジュリちゃんが笑いながらシンに話しかける。
「ランドリーじゃないよ、ランドだよー」
「あれれ? そうだっけ? モリスさん、馬の名前はランドリーですよね?」
モリスさんは、涙を拭きながら笑顔を作り答える。
「んふ、うふふ、ランドですよ」
「あれ~、おっかしいなぁ~。お前はランドリーだよな~」
シンは馬に向かってそう話しかけた。
「ヒヒ~ン、ブルウルルルゥ」
馬はまるで、俺の名前はランドだ! ランドリーじゃねーよ、とでも言いたげに大きな声を出した。
「ほら~、ランドも怒ってますよ~」
そう言ったのは、一番心配してたであろうモリスさんだ。
「ごめんごめん、ランドリ~じゃなくて、ランドな。怒るなよ~」
シンのボケで、皆が笑顔になり、全てが丸く丸く収まって行く。
良かった…… 本当に、本当に、良かったぁ……
ユウはしみじみと心でそう思った。




