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 1 オタクとヤンキー



 ここは神奈川県川崎市新丸子の建築中のマンション。

 連日30度を超える暑さ、猛暑の中で僕は汗まみれで倒れそうになりながらバイトをしている。


 できればクーラーの効いた部屋でゴロゴロしていたい僕が働く理由はただ一つ。

 アイドルのライヴ&握手会に行くためだ。


 皆大好き、下り道13(じゅうさん)! 略して「くだみさ」!


 くだみさの中でも僕の推しは横投たみちゃん(16歳)

 彼女の歌声はまぎれもなく天使だ。


 嫌なことがあった時は、横投ちゃんの絶対領域を思い出せば全て忘れられる。

 彼女の絶対領域は、神をも超える潜在力を秘めている……


 僕はこんな職場でも頑張ってるよ、君に会うために!

 横投ちゃん待っててね。


 ……そうだ、次ライヴを見に行った時に最近ハマっている僕の大好きな異世界漫画のお薦めを教えてあげよう。


 横投ちゃんの笑顔を思い出しながらニヤニヤしていると、遠くから天使とは真逆の魔物ヤンキーの声が聞こえてきた。


「お~い!! パシリ君ここ掃除しておいて!」


「は~い」


 魔物だらけの建築現場で僕のようなオタクに何ができるかというと、要はパ・シ・リ! 


 主な作業は掃除とたまに資材運び。実にシンプルで、誰にでもできる仕事だ。

 皆は僕の事をパシリ君と呼ぶけど、それほど嫌じゃない。


 まぁ、一言でいうと慣れかな。

 学生時代から僕の扱いは変わってないので、ある意味自分に合った職場といえよう。


 ただ、やっぱりもの凄く現場は()()()悪い……埃だらけでもちろんマスクは必須だ。

 そして、別の意味でも……


「おらー、トロトロしてんじゃねーよ、このボケっ!」


「うるせぇよ、元はと言えばお前の仕事が遅れてたからだろ!?」


「なーに人のせいにしてんだ、やんのかコラァ」


「おー、やってやるよ!」


 まーた魔物同士のケンカが始まったよ……

 現場で平和なんて皆無。怒鳴り合いなんて日常茶飯事、殴り合いも珍しくない。


 おまけに、あいつらの服装、なんだよあのズボン。

 お菓子でも入れてるの? 太すぎだろ。生地の無駄遣いすぎる。足場から落ちた時に広げてムササビみたいに滑空でもするつもりかな?

 あと色!? 紫、水色、なんとピンク色までいる。カラフル過ぎぃ~。


 建築現場は夏場でも半袖は厳禁で長袖着用である。僕は薄い生地の長袖を着てるけど、あいつらの中には上着まで着てる奴が居る。


 はぁ~ほんと、()()悪い……しかし、その分見返りは大きいのだ。


 そう、掃除とたまに資材を運ぶだけで、なんと日当は1万円!(日払い可)

 そして最大のメリットは自分が出勤したい日を前もって伝えれば、その他は全て休みになる点だ。


 自由出勤の建築現場派遣。

 しかし、厳密にいうと建築現場への派遣は許されておらず、どうやってグレーゾーンにしてるのか分からないがどうでもいい。

 だって、僕のような才能も学歴も無く(高校中退)アイドルの追っかけをしてる人間にとっては、ある意味理想の職場なのだ。

 イベント前は集中的に働き、イベントがあれば休みを取り参戦する。

 親と同居してる僕は、稼いだお金を自由に使えるしね。

 

「おらぁー」


「こいやぁー」


 ったくぅ。

 けど喧嘩は直ぐに収まる。

 その理由は……

 

 この魔物だらけの建築現場で一目も二目も置かれる男がいる。


 名前は弾正原 心 (ダンジョウバラ シン)22歳


 185センチ75キロ 鳶の棟梁(社長)おまけにその顔ときたら……

 高身長高収入イケメンの3拍子揃ったスター様だ。


 聞けば、昔からかなりやんちゃをしており、その時の仲間ツレや後輩を引き連れ、21歳の時に鳶の会社を立ち上げ現場を仕切り、他の業者からも敬服されている。

 何処の現場に行っても弾正原を知らない者はいないほどだ。


「おい、お前ら遊んでんじゃねーよ、仕事しろ」


「あ、す、すみません」 「すみませんです」


 スター様の一言で、凶悪な魔族の争いが今日も一瞬で収まる。


 この鳶という仕事、一日に何トンもの資材を運び、不安定な高所に足場を築いていく。

 屈強な肉体と体力と精神力、そしてバランス感覚も必須な、肉体労働の中でも極めてハードな仕事で鳶の職人達は皆アスリートのような肉体美をしている。


 もちろん弾正原は、このような高スペックでモテない訳がなく、お昼休憩になれば毎日違う女の子が彼の為に手作り弁当をわざわざ建築現場まで持ってくる。


 それが可愛い子ばっかりなんだよ。

 この世の中何か間違っている……


 どうやら彼のファンクラブがあり、その中で曜日や現場の場所によってお弁当係を女の子達が決めているらしい。

 この日はまるで外国人みたいな切れ長の目に高い鼻、透きとおるような白い肌の美人で可愛い子がお弁当を持ってきていた。


 ここの現場監督さんと同じでハーフかクォーターなのかな?


「あのね今日はぁ~、シン君の大好きな赤いタコさんウィンナーを沢山入れてみたんだよ。お仕事頑張ってねっ!」


「ほんと? ありがとう。お前の作ってくれた弁当食べて、午後も頑張るよ」


 と、あいつの臭くて捻りも何も無い台詞なのに、女の子の白い肌がピンク色に染まっていく。


「キャー! うれしい!」


 可愛い声をあげ、一緒に付いて来ていた女友達に抱きついている。

 毎日毎日お昼になると甘ったるい声が男だらけの汚い現場に響き渡り、それを見ていた魔物たちも騒いでいる……


「いつもいいっスね~」 「ねぇ、今度俺の分も作ってよー」


 ふ、ふ、ふざけんな!?

 何が赤いタコさんウィンナーだ!

 夜はそいつの黒いイカさんウィンナーを食べ返すつもりか!?(嫉妬ではない)


 ぼ、僕なんて……

 一度も、ただの一度も女性(母親以外)にお弁当を作って貰った事も無いし、当然彼女も居ない……

 もちろん魔法使い(童貞)です。


 そんな僕の名は 大石 優 (オオイシ ユウ)


 背も高くないし(162㎝)筋肉も無いし体力も無くぽっちゃり体型。

 顔も……

 確かにイケメンではないけど、ふ、普通だもん!


 あいつより二つ年下の20歳。

 漢として大分負けてるかもしれないけど、人としてのハートはあんな魔物なんかより僕の方が美しいに決まっている。

 そうだよね、横投ちゃ~ん。

 

 そう、僕には横投たみちゃんがいるから羨ましくなんてないんだからねっ!?


 けど……


 明日はどんな女の子がお弁当持ってくるんだろ?

 などと考えていたら今度はドイツ人ハーフの現場監督さんが声をかけてきた。


「大石くん、掃除終わった?」


「はい、もうすぐ終わります」


「じゃあさ、そこ終わったら隣の部屋もお願いね」


「はい」


「隣終わったら休憩して良いからね」


「分かりました」


 次から次へと皆人使いが荒いな~まったく、僕はお昼まだなのに……

 まあ、職人さん達が働いていたら、掃除が出来ないからしょうがないけどね。


 あの現場監督さんは他の現場の監督さんとは違い、優しくて包容力っていうのかな、それもあり魔物達からも(した)われている。

 弾正原とも仲が良く、この監督さんが担当する現場の鳶は必ずあいつの会社を使うらしい。

 僕もできればいつもこの不思議な魅力のある監督さんの現場に当たるといいなと思っていた。


 まぁ、モテモテのあいつには会いたくないけどしかたない……

 (もう一度言うが嫉妬ではない)

 職場にいる全員と気が合う必要もないし、ここはオタクの僕にしたらアウェーと同じだ。

 だから気にしないもん……




 監督さんに言われたとおり隣の部屋に行くと、天井近くまで資材が積み上がっている。

 凄い圧迫感だ。


 ……こんなに上まで資材を積み上げて良いのかな?


「さっさと終わらせて休憩しよっと」


 僕が掃除を始めると少し身体が揺れているような気がした。

 暑さのせいでフラついているのかな?

 それも、この劣悪な環境なら仕方ない。


 カチャ……カチャ


「あれ? 何の音?」


 ガチャガチャガチャ

 金属音が次第にけたたましく鳴り始めた。


 と、同時に作りかけのマンション(現場)が激しく揺れている!?


 じ、地震だ!

 そう思った次の瞬間!?

 一斉に山のような資材が崩れてきた!


 僕は恐怖で全身の筋肉が固まり、石化したかのように少しも動けない。


 その時、「何突っ立ってんだ! 逃げろー!!」


 と、大声で叫び、誰かが70キロ近くある僕の体重をものともせず、片手で髪の毛を掴み、廊下に向かって走り出した。


 さらに激しく音を立てる資材の山!


 あれ? それとは別に聞いたことのある声が微かに……

 何て言ってるんだ?

 資材の音がうるさくてハッキリと聞こえないよ。


 あ~、時がゆっくり感じる。

 どうしてだろう? あれだけうるさかった金属音も全く聞こえなくなってきた。


 ……これ、もしかしてやばいんじゃない?

 上から落ちてくる資材がスローモーションで見える。


 もう間に合わないだろうな……


 っていうか誰だよ、僕の髪を掴んで引っ張る奴は?

 痛いしハゲるだろ……もういいから離してくれよ……


 あれ……まぶしい……なんだこの光は……


 あぁ、そうか天国への入り口か……


 ごめん、横投ちゃん……


 次の握手会こそは勇気を出して参加するからって約束してたのに……


 守れなくてごめんな……さ……



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