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貴方を満たす五臓六腑 03

 教室のスピーカーからノイズ交じりのチャイムが鳴った。

「おっと。じゃあ今日はここまで。次のページの演習は宿題としてやっておくように」 

 教師が板書の手を止めると、クラス全体の空気が緩んだ。そんな中ハーツだけは教師が黒板を消す前にきっちりとノートに文字を写し取っている。ペンを置いてふうっと一息をついてから、ハーツはノートを片付けた。

 ハーツの通うリリオ・デル大學付属高校は国内きっての名門校だ。まだ学校の周囲は修復もままならない家屋や商店がばかりの中で、早々に建て直しが行われ、その費用を回収するために度肝を抜かれるような金額の授業料を学校側は生徒達から徴収している。入学してから知ったことだが、学校の元生徒達に国の高官や企業の重役も多く、彼等が国の復興のためにも若者に高等教育を早く受けられる環境を整えるべきと声高にこの話が進められたらしい。

 もちろん、その「若者」とは自分達の可愛い子供に他ならない。

そのせいもあって周りは裕福な名家の子供ばかりだ。親の心子知らずというか、授業に身が入っていない者も多く、そんな中奨学金を取って学業に励むハーツの姿は浮いているといえば浮いているのかもしれなかった。

 別に、僕は必死で勉学に励む必要も無いんだけどな、とハーツは手を止めると鞄に教本や筆箱を詰めながら一人苦笑する。

『ハーちゃんここ受けろよ』

 一昨々年の冬、急に入学願書を持って帰ってきたブラッドに言われるがままにこの学校を受験した。結果が芳しかったこともあり奨学金も受け取っているが、それでもこの進学校の授業料にはまだ足りていないことは家計を押さえているハーツには丸分かりだ。おまけに溜まっていたパーツの換装で去年一年間一切登校出来ずに敢え無く留年。こうして復学させてもらえたが、その為にもいくら掛かったことか。

 ブラッドはハーツのためなら手段を選ばない。この学校にハーツを送り込む金を稼ぐために、戦闘屋(バトラー)として振られる仕事を二つ返事で受けている。それによってどれだけの命を奪い血を流しているのか――ブラッドは決してハーツにそれを窺わせない。ブラッドの背後に広がる腥い闇の広さと深さを、ハーツは未だに推し測ることができないでいた。

「ねえねえハーツ君」

 ハーツが顔を上げると、至近距離に同じ顔が二つ並んでいた。

「うわっと!」

 思わず変な声を出して一歩飛び退る。双子の女子が身を寄り添わせ笑う。双子のアルトとソプラノだ。ちなみにハーツにはまだ二人の区別はつかない。

「なあにハーツ君?そのカッコ」

 ああ、条件反射で構えてしまった。顔は相手に真っ直ぐ向け、効き足と共に左半身を下げて手を緩く丸める。ブラッドと組み手を続けるうちに染み付いた軍隊格闘の構え。

「はは……つい癖で」

 最低でも構えを無意識で取れるようにならないと、稽古中ものの数秒でブラッドに放り投げられてしまう。だからと言って校内でまでこんな反応してしまうのは宜しくないが。

「やるなぁ!それマーシャルアーツだろ!」

 横から入ってきたのは、くすんだココア色の髪をした長身のフレンテだ。陸軍一家の次男坊の目は誤魔化せない。

「ただの護身術だよ。僕んちの周りは治安が悪いからね」

 姿勢を崩して照れ笑いをすれば、双子女子はもうそのことには興味を無くしたようで、キラキラとした目をこちらに向けてくる。ぐいぐいとにじり寄ってくると、ついには両肩をそれぞれ掴まれる。

「ハーツ君、今年から復学って聞いたけど体はもう大丈夫なの?」

「ハーツ君、奨学生って聞いたけどどこに住んでるの?」

 同じヘルツで同時に流れる違う台詞。そこはハモって欲しかったなあ、なんて苦笑いしながら丁寧にハーツは説明する。

「うん、おかげさまで身体はもう大丈夫だよ。住んでる場所は、ここからちょっと歩いたところ。君達みたいな人種は一人も居ないようなところだけど」

 ハーツの言葉に「「よかったね~」」と笑う双子達。ハーツが物腰柔らかに失礼とも取れる答えを返すことにフレンテは小さく噴き出す。

「そんなー。ハーツ君もお坊ちゃんって感じだよ?」

「そうよー。髪もさらさらだし。目も凄く綺麗!それ遺伝子操作でしょ?」

 まるでコンタクト使ってる?ぐらいの気安さで聞いてくる双子の肩口で切りそろえられた髪も鮮やかなマゼンタだ。

 受精卵の段階での遺伝子操作は上流階級のたしなみだ。“プレゼント”と称して生まれる前の子供の発現情報を弄繰り回してから産み落とす、親の自己満足が回すビジネス。知能面の発現操作に関しては厳しく規制されており、あくまで“健康補助”の一環でのカラーリングや容姿を多少変える程度の操作しか許されていないが、それでも莫大な施術費を支払って操作を行う親は絶えない。一度操作すれば犬猫の品種改良のように子孫にその外見的特徴が受け継がれるため、より強く同族意識を持つことができると専ら好評らしかった。

「ありがとう。僕はこの目はあまり好きじゃないんだけど」

 肝心な部分の返答は控え、それでも穏やかに微笑むハーツ。まだ成長期に差し掛かったところの、中性的で丸みを帯びた輪郭が、月色の大きな瞳をさらに魅力的に見せていることを本人は気付いていない。

「キレー」

「ビレー」

「おい、いい加減にしとけよラングズ姉妹」

 パンパンと軽い音を立てて双子の頭を下敷きが叩いた。

「何よリブ!あなたまだ帰ってなかったの」

「やめてよリブ!はやく帰ればいいのに」

「迎え待ちだよ。お前らと一緒」

 水色に透ける斑髪を掻きながらリブと呼ばれた少年がラングズ姉妹を睨む。二人は頬を大きく膨らませて迎えの確認のために窓際に駆け寄っていった。

「奨学金利用してる貧乏人に、あんなガツガツ質問攻めは無いよな?なあ?」

「あはは……君こそ歯に布着せぬ言い方だなあ」

「いやあ、俺はお前のこと尊敬してんだぜ?お前はその秀才さで金を稼いだんだ。この世は金が一番偉い。なのに身一つで金を稼げるお前を評価しないでどうする」

「流石戦争商家は言う事が違う。戦争末期は武器の流通で戦況を長引かせようとしたなんてのも、あながちガセではないかもな」

 なるほど、貴族ではなく商家。しかも戦争商家ときたら先の第十次世界大戦で荒稼ぎした成金に違いない。

「やめてくれよフレンテ。あんたらお得意様の勝利に寄与することが俺らの生き甲斐さ」

「その勝利も、ここまで国が枯渇し疲弊してまで手に入れたものであればとても蜜の味とは言えないわ。ねえハーツ、民草の代表として何か言ってくれていいのよ」

 話題に入ってきたのは、煙ったパープルのネコ目で見つめてくるのはゴーラだ。リベラル系の党の議員の娘で、最近まで父親は政治犯として軟禁されていたらしい。その経緯からこの学校への入学についても揉めたそうだ。だが彼女自身は若干の皮肉は吐きつつも、リブともフレンテとも仲良くしている。人格者なのだろう。彼女の公平さが、ハーツにはありがたかった。

 奨学生の留年生。明らかに訳有りのハーツに向けられるのは奇異の視線ばかりで、三十人編成のクラスでも交流があるのはこの五人ぐらいだ。特にリブは良い意味で俗っぽいところが接しやすく、ハーツは一番よく会話していた。

「じゃ、僕は送迎車も無いからもう帰るよ」

 出来れば古紙回収だけでも出しておきたい。山のように積まれた紙の束はトイレットペーパー七個にはなるはずだ。 

「ねえねえ、あそこにすっごいカッコイイ人いるー!」

「ねえねえ、黒服(SP)かなあ?大人の魅力垂れ流しって感じー♪」

 ラングズ姉妹が姦しく騒いでいるので窓からハーツも見下ろすと、指差す先には見慣れたコート姿の青年が立っていた。

「あー……」

「よっ」

 スーツの上からカジュアルに仕立て直した軍用コートを羽織り、グローブに包まれた手を上げるその姿は確かに堅気には見えない。

「只者じゃないな、あの男……!」

 フレンテが思わず身を乗り出した。明らかに服のあちこちはが膨らんでおり、そこに何らかの武器が仕込んであることが窺える。

「ブラッド……」

 額を指で押さえるハーツ。まさかこんなに早く我が駄目保護者の姿を皆に見られるとは思ってもいなかったのだ。

「この人、ハーツ君の知り合い?」

「この人、ハーツ君の執事?」

「だからんなパンピーをつつくなって」

 ポカリポカリとリブに小突かれるとラングズ姉妹は仔兎のように逃げていく。本日二度目の感謝の念をリブに抱きながら、ハーツは校門で待つブラッドの所へと向かった。

「じゃあ帰りましょうか?ハーツ坊ちゃん」

「もう、やめてよ。みんな真に受けるから」

「まあ戦場帰りの粗暴な戦闘屋(バトラー)だってばれるよりはなんぼもマシだろ。坊ちゃんお嬢ちゃんばっかりだからなあリリオ・デルは」

「いや、完全にそのお坊ちゃんのフレンテも怪しんでたよ……」

 どうやら今日はバイクに乗ってきていないらしい。ゆっくりと歩くブラッドの歩幅も心なしかいつもより狭い。

 ああ、心配されてるんだな。ハーツは直ぐに察した。もう復学して二週間だと言っているのに、ブラッドの中ではまだ復学一日目なのだろう。換装後のハーツの身体を慮っての心遣いは嬉しく思うが、如何せんタイミングがずれている。

「なんでそっちに行くんだ?」

 ほら、もう忘れている。角を回ろうとしたハーツは大きく溜息をついた。

「――今日はイア先生の所に定期検診に行かないといけないんだけど」

「ああ、そうだったっけか。じゃあ俺もついてくよ」

 心配しているのに、そのあたりのスケジュールが頭に入っていないのもブラッドらしい。彼は大型犬のようにぴったりとハーツの横について来る。コートが大きく風にはためいた拍子に、コートの裏に吊るされた銃が見えた。彼が肌身離さず持ち歩いている、お気に入りのサブマシンガン。

 ブラッドからは硝煙の匂いがした。いつものことだった。


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