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9.現在の実力

「どうした? かかって来んのか?」


 エロ爺もとい老子は後ろで手を組んだまま、私が攻撃するのを悠長に待ってますわ。


 油断、と言うには私と老子の力の差は小さくありません。老いたとは言え相手はかつて魔王軍の軍団長に勝った男、十歳の小娘がどうこうできる相手ではありませんわ。


 とはいえ勝ち目がまるでないわけではありませんわ。老子は私が既にただの十歳であることを知らず、私もこんな日のために本気を意図的に隠してましたわ。無論そうはいっても本気になられれば、10歳の体ではまず勝ち目はないでしょう。


 つまり勝機は短期決戦にあり。そして出来れば保険が一つ欲しいところですわね。


「どうした? かかって来んのか?」

「老子こそ。……ずいぶん自信満々ですわね」

「ふん。減らず口を。幾ら年を取ったと言ってもまだまだお主のような子供に遅れをとるほど耄碌してはおらんわい」

「なるほど、魔王軍の軍団長を一人で倒した伝説の男にふさわしい自信ですわね。それならどうでしょう。小娘に少しくらいの優位を与えてくださりませんこと?」

「カッカッカ。ふむ。交渉で勝ち目を探すか。理性的な考えが出来なくなっているわけではないと分かって安心したぞ。いいだろう。儂に有効打を一つでも決められたらお主の勝ちとしよう」

「ありがとうございます。ちなみに老子の勝利条件は?」

「お主が参ったするか、気を失ったら儂の勝ち。それでどうじゃ?」

「異論はありませんわ。それでお願いいたします」

「うむ。では掛かってくるが良い」


 勝利条件をここまで私有利にしても老子は相変わらず掛かってこいとばかりに後ろで手を組んだまま。


 よし。後は老子が私の実力に気づく前に勝負を決めるだけですわ。


「……ほう、中々大胆なことをする」


 普通に歩いて老子との距離を詰める。私の無防備な姿を前に、老子は感心したような顔を見せたが、やはり攻めてはこない。足を止める。老子との距離はおよそ三メートル。飛びかかるにはベストな位置ですわ。


 ドクン! ドクン! と自己主張の激しい心臓を宥めながら、老子にバレないよう霊力を練り上げる。普通の勝負ならこの隙に煮るなり焼くなりされてしまうところですけど、教え子に先手を譲るつもりまんまんの老子は呑気に私が動くのを待っていますわ。


 この唯一無二の勝機に、私は繰り返した七年間で得た技量、その全てを総動員する。


 しかしそこは歴戦の戦士。完璧な隠蔽を施した上で行われている私の霊術に気がついのかーー


「む?」


 と、老いた男の眉が訝しげに寄った。直後ーー


「シールド流霊術『幻惑襲撃』」

「何と!?」


 特殊な歩法で全方向に動くように見せかけた幾つもの分身を発生させ、敵に一瞬の虚を作り出す。そしてその隙に己の適応属性で高めた速度を持って蹴りを放つシールド流霊術の技の一つ。十歳の体では歩法だけで分身を作ることはできませんけど、代わりに霊術で作った分身を生成。老子はまだ教えていない己の流派の高等技を使う私を見て驚愕。その隙に雷と風の二属性で高めに高めた速度を持って老子の胸へと飛び蹴りをかましてやりましたわ。


 完璧! 自分でも惚れ惚れする、まさに完璧な一撃ですわ。


 ああ。頭の中で思い描いたシナリオがそのまま現実になった時のこの爽快感ときたら。ここまで見事に決まればいかに伝説の男といえどもーー


「ぬぉおお!」

「んな!?」


 足に伝わる嫌な感触。ギリギリで体を捌いた老子の道着、その胸元が私のキックで切り裂かれて血が吹き出した。


 はわわ。変に躱すから打撃が斬撃となって大出血ですわ。ってかあのタイミングで直撃を避けるなんて、このエロ爺をまだ甘く見ていたようですわ。


「……ふむ。人間を相手に出血したのはいつぶりか」


 己の血で濡れた掌をじっと見下ろす老子。な、なんか嫌な空気ですわね。


「あの、ろ、老子?」


 できるだけ明るい声で話しかける。きっと大丈夫だとは思いますけど、ほんのちょっぴり身の危険を感じますわ。


 老子のいつになく鋭い瞳がこちら向いた。


「よかろう。お前の勝ちだアクアリア」

「……へ? よ、よろしいので?」


 いや、確かに見た目はダメージ入ってますけど、技自体は躱されたので有効打の解釈次第では勝負続行を主張できないこともありませんわ。


「十歳の子供を相手に出血したのだ。何よりも先程の技……見事だった」

「あ、ありがとうございます」


 スキルのせいでちょっぴり高感度は下がりましたけど、それでも尊敬できる師からの称賛に胸が熱くなりますわ。


 老子は何かを見定めようとするかのようにジッと私を見つめている。


「……時代の変わり目か」

「え?」

「いや、何でもない。……今日は疲れた。お前の望む修行内容は明日聞こう」

「は、はい。ありがとうございます、老子」


 道場を出ていく老子へと頭を下げる。ネリアが駆け寄ってきた。


「スゲェ! 最近の姉ちゃん凄すぎるぞ! いつの間にあんな技ができるようになったんだ?」

「ふ、ふふ。これも神様の御加護ですわ」

「おっ? どうしたんだ、姉ちゃん?」


 床に座り込む私を不思議そうに見下ろすネリア。私はそのまま道場にうつ伏せになると、


「つ、疲れましたわ」


 真剣勝負の疲労に負けて、しばらくその場を離れられませんでしたわ。

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