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02 自覚

 トイレを無事に済ませた陽一は、再び自分の病室へと戻ろうと階段へ向かう。

 一時はどうなると思ったが、まさか命のみならずモテ期までくださるとは。

 不運な事故であったものの、神には感謝をしても仕切れない。

 そして、陽一が階段の一段目に足を踏み入れたと同時に何者かに服を掴まれた。

 え、一体何事!?

 ゆっくり振り返ってみると、鬼の形相をした先ほどの看護師らしき女性が俺の服を掴んでいた。

 え、まさか零れてた?

 いや、零してないよな?

 え、じゃあなんで?

 てか、怪我人に普通こんな事するか!?

 さすがにこの病院はやばいと察知した俺は看護師から逃げるように走り去ろうとした。

 だが、彼女の手はしっかり俺の服を掴んでいた。


 「ほら、どこ行くの。早くご飯を食べなさい」

 「え・・・」


 ご飯・・・?

 その単語の意味を理解するまでに時間はかからなかった。

 あー!なんだー、ご飯ね。

 別に、そんな鬼の形相しなくてよくない?

 さーて、病院飯は初めてだからなー。

 なんか味が薄いって聞いたことあるけど、あれって本当なのかなー?

 ご飯のことで頭がいっぱいになる。

 本当に事故に巻き込まれたのかと疑問を抱いたが、まあこの際どうでもいいや。

 とりあえずは看護師の後をついて行くことに。

 看護師はすぐそばにあった扉を開き、入っていた。

 同じように陽一も入っていくと、扉を抜けた先には一人の青い髪色をした女の子が食事していた。


 「あの子も入院してるのかな?」


 そんなことよりも俺の食事は・・・

 テーブルの上には女の子の他にもう一つ用意された。

 恐らく、あれで間違いないだろう。

 陽一はその食事が置かれている椅子に座った。


 「四人用のテーブルか・・・入院できるのは四人までってことか?」


 本当に小さい病院だ。

 だが、食事は頂くことにしよう。


 「いただきます」


 手を合わせ、箸を取ろうとしたその時だった。


 「あれ?箸は・・・?」


 そこにあるはずであろう場所に箸が存在していなかった。

 それだけじゃない、目の前に座る女の子が俺のことを凝視している。


 「な、何かな?お嬢ちゃん?」

 「うわ、お嬢ちゃんとかキモ!何言ってんの?」


 入院初日から辛辣な言葉を頂きました。

 もしかしたら年頃の女の子だったのかもしれない。

 もう無駄に話して機嫌を損ねたら面倒だから関わるのはやめよう。

 そんなことよりも大事なことを忘れることだった。


 「あの、箸がないんですけど・・・」


 箸を忘れているはずであろう看護師に尋ねた。

 すると看護師は、大声を上げて笑い出したのだ。


 「な・・・何ですか・・・?」

 「あんた、箸をろくに使えないじゃない」

 「いや、使えますよ!!!」


 さすがに馬鹿にしすぎだろ。

 看護師から手渡しで渡された箸を三十六年の経験を見せつける。

 その姿に看護師も感心していた。


 「へえー、いつの間に使えるようになったの?」

 「まあ、六歳の時ですかね」


 小学校に入ってから使えるようになったと母が言っていたっけ?

 確か、小学生にもなって箸が使えないと恥ずかしいからって猛特訓したとか。

 というか、馬鹿にしすぎだろ!

 何なんだ!この人は!

 そんな怒り滾る陽一の横で、看護師は妙なことを言い出した。


 「六歳ってつい最近じゃないか!」

 「・・・はい?」

 

 つい最近?

 つい最近ってどこからどこまでの範囲を言うの?

 三十年前はつい最近というの?

 つい最近の定義がよくわからない。

 いや、そもそも定義何て必要ないか。

 どう考えたって三十年前はつい最近と呼ぶはずないのだから。


 「いやいや、あなた何言ってるの?三十年前はつい最近とは言わないでしょ?」

 「また馬鹿なこと言って。六歳ってつい最近じゃないか」

 

 馬鹿?俺が馬鹿なのか?

 三十年前をつい最近と呼ばないのが普通なのか?俺が間違えてるのか?

 いや、俺は間違えてないだろ!

 どう考えてもこの看護師がおかしい。


 「いいですか?三十年前はつい最近とは言いません。一年、二年前のことを言います!」

 「だから、何馬鹿なこと言ってるの?だから最近じゃない」

 「最近じゃないでしょ!」


 もうこの看護師と話をしていても埒が明かない。

 誰か・・・・わかってくれる奴は・・・・

 陽一が理解者を探していると、目の前の女の子が突然口を開いた。

 なんだ、俺の定義は間違えていないと証明してくれるのか。

 だが、話はもっとややこしい方向へ向かうのだった。


 「あんた。さっきから何言ってるの?」

 「え?」

 「あんた今六歳じゃん。今日入学式でしょ?三十年前とかなんとか言ってるけど、そしたらあんたおっさんじゃん。それに何?その喋り方。きもいんですけど」

 

 女の子の鋭い言葉のナイフが陽一を切り裂く。

 だが、そんなことよりも。

 今俺が六歳って言ったか?三十六歳の間違いじゃなくて?

 頭の理解が追い付いていない陽一にさらなる問題が降り注ぐ。

 

 「どうかしたのか?」

 

 風呂場で遭遇したおっさんが陽一のいる部屋へと入ってきたのだ。

 

 「聞いてよ、お父さん。ハルキが変な喋り方だし、変なこと言ってるの」

 

 え、お父さん?

 この女の子のお父さんなのか?

 そのお父さんは病院の風呂に入っていたと。

 いや、どう考えても君たち家族の方がおかしくないか!?

 それにハルキ?

 一体誰のことをいってるんだ?

 女の子の話を聞いたおっさんは陽一に近づき、肩を優しく叩いた。


 「どうした?ハルキ。どこか具合が悪いのか?」

 

 え、俺のこと言ってるのか・・・・?

 いや、俺の名前は成山陽一でハルキという名前じゃない。

 だが、不可解な連鎖はまだ続いた。


 「今日が入学式で動揺して変なこと言ってるだけよ」

 「それならいいんだが」

 「それよりお母さん。私先に学校行ってくるから」

 「はーい、いってらっしゃい」

 

 学校へ行くと言い残し、部屋から出て行った女の子。

 その間、俺の思考が完全に停止したままだった。

 俺が・・・・ハルキ?

 一体どうなってんだ?

 事故にあったあの日俺は確かに助かったんだよな?

 でもこの人たちは嘘をついていないように見える。

 じゃあ、俺はどうなってしまったんだ? 

 そうだ!体!

 体はどうなってるんだ?俺だけの事故があったのだから傷が残っているはずだ!

 陽一は服を勢いよく捲った。

 だが、傷の一つもない綺麗な体だった。

 足は!

 もしかしたら足を怪我したのかも!

 今度はズボンをめくり上げた。

 だが、体と同様、傷一つなかった。

 それだけじゃない。剛毛と呼ばれた俺のすね毛もなくなっていた。

 足もかなり小さかった。

 

 「俺の体・・・・どうなってんだ?」

 「ハルキ?どうした?」

 「い、いや、何でもないです・・よ・・ん」


 丁寧語で話せばいいのか、ため口で話せばいいのかわからなくなる。

 そのせいで語尾までおかしくなってしまう。

 俺の体は一体どうなってしまったんだ?

 その時ふとあの声が蘇ってきた。

 学生がどうとかジョブがどうとか。

 そして、転生がどうとか。

 そして事故にあったその日、最後に聞いた言葉は。

 (これから転生を開始します)

 まさか、強制的に転生させられたのか!?

 これからということは、つまりこの瞬間ということ。

 その単語の後に車が俺の方につっこんできたのだ。

 間違いない。俺は何者かに強制転生させられたんだ。

 おいおい、待てよ。立派な殺人事件じゃないか!

 だが、声の主が誰何かが特定できない。

 現世では恐らく、不慮の事故扱いになっているんだろう。

 もう、どうしようもなかった。

 そんな俺に出来ることはこの世界で生きていくということだった。


 「済まない、中川。お前におごってやる約束はできそうにないや」

 「ん?何か言ったか?」

 「なんでもない」


 てか、俺は何ですぐ転生にしたことに気が付かなかったんだ?

 こんなに小さい体ならすぐに気が付いただろうに。

 意思は俺であって、体の感覚はこの子自身の物だったからか?

 だから何も違和感がなかったのか?

 よくわからなかった。

 まあ、どちらにせよこの体で生きて行くしかないな。

 今日は入学式って言っていたっけ?

 学生に戻れるなら大歓迎だ!

 

 「楽しみだ!」

 

 こうして、陽一改めハルキは入学式用の服を身に纏い、病院ではなく普通の家庭から両親と共に学校へ向かったのだった。

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