00 プロローグ
ある日、俺はまるでお伽話の脇役であるかのような時間を過ごした。
俺の視界の先に広がっていたのは、黒いスーツに身を纏った職場の上司、同僚、後輩。
それに加えて、普段とかなり印象を変えてドレスを着こなす女子社員達。
正直、目を焼かれてしまうのではないかと思ってしまうぐらい眩しかった。
だが、他の男たちはドレスを着た女性を見向きもしない。
なぜだ?
そうか、俺は女性経験皆無の童貞だからか。
だから目を持っていかれそうになるのか・・・・
いや、冷静に考えたら違うな。
うん、違うな。何言ってるんだか、俺は・・・・
男性は女性を、女性は男性を見向きもしないのはきっとこのイベントのせいだろう。
こんなイベントがなかったら、みんなキャッキャウフフしてお持ち帰りとかするんだろうな。
いや、するな。うん、これは間違いないな。
すると、司会らしき女性のもと、一組の男女が美しくそして綺麗に飾られた一本道を歩いてきた。
男性は白いスーツをコーディネートしており、正直羨ましいと思う。
なぜ羨ましいのか?
そんなの決まってるじゃないか。
俺の中で彼らが勝ち組だからだ。
変われるものなら俺が変わりたい。
だが、女性がこの白スーツの男性を選んだ以上、変わることは決してできない。
まあ、変わりたいと思うだけで、本当に変わりたいと思わないのだが。
白スーツの男性が歩くのを止めたと同時に、今度は女性が姿を現す。
するとどうだろう。
男女問わずに、みんながその姿を目に焼き付けている。
美しく着飾れたドレスは、他の女性のドレスを圧倒する。
他の女性のドレスでさえ目を持っていかれそうになるというのにこの女性のドレスを見たら恐らく失明してしまうだろう。
だから俺は下を向くしかなかったんだ。
これはしょうがないんだ。
「先輩、気分悪いんすか?」
決して気分は悪いわけじゃないんだ。
だが、今この状況で下を向いているのは不自然だろう。
ここは、話に合わせておくのがベストな選択だった。
「ああ、ちょっとな」
「大変じゃないですか。脇から静かに抜ければ外に出られますよ?」
「ああ、そうさせてもらう」
嘘をついたのに大変申し訳ないことをした気がした。
後で、中川には何かおごってあげよう。
中川は俺の勤める会社の後輩だ。
誰にでも優しく、女性から好印象の男だ。
何より、顔が良い。
そんな中川の同僚が白スーツを着ている彼だ。
そして今日の主役は紛れもない彼だった。
脇役は脇役らしく、脇から抜けていくとしよう。
こうして、その場から抜けて行こうと扉をくぐったその時に司会の女性が言葉を発した。
「この度は、ご結婚おめでとうございます」
その言葉と同時に扉の閉まる音がした。
さて、次俺が向かったのはどこだと思う?
俺が向かったのはトイレだった。
体調は悪くないし、小も大もする気はない。
ただ、ある物のためにトイレに入り込んだのである。
それは・・・・鏡だ。
鏡は真実を全て映し出すというだろう?
まさにそれだ。
今まさに俺はその真実の鏡で自分の顔を見ているのである。
「はあ、俺はどうしてこんなに普通な顔をしているんだろうか」
別に親の遺伝子がどうとか言っているわけじゃない。
ただ、モテない悩みの種は顔にあると思っているからだ。
だからと言って、顔の整形はする気はない。
俺はこのままでモテたいんだ。
だが、モテ期はだいぶ前に終焉を迎えてしまっていた。
「学生のうちにもっと積極的になっとけばよかったな」
(可能な学生をサーチ中です・・・・・見つかりました)
なんだ?今の声は?
俺の独り言を盗み聞ぎしている奴がいるのか?
だが、個室トイレの中を見ても誰もいない。
他はオープン状態なので見ただけで分かる。
だとしたら気のせいか?
「でも、まあ今どきはIT関連の社員がモテるって言うから、勉強して職場を変えるのも悪くないな」
我ながら不純な動機だと思う。
だが、女性と付き合うためなら手段は選ばない。
その時、またあの声が。
(ジョブチェンジが可能かどうか調べています・・・・可能です)
いやいや、職場を変えるのに不可能とかあるわけ?
変えるのは個々の自由でしょ。
俺もこんな幻聴が聞こえるほど頭がおかしくなったのか?
いや、違うな。疲れただけだな。
今となって気が付いたが、体が気怠い。
もう帰って休むか。
「中川には今度何かおごってやるとメールして置こう」
こうして俺は、初めに謝罪の文を入力し、その後に事情を説明。
最後に今度おごることを中川宛のメールに書き込んだ。
これで大丈夫だろう。
俺は何もしていないが、とりあえず手を洗いトイレを出て行った。
そして式場出口付近は、桜の花で満開だった。
来年は彼女と桜の花を一緒にでも見られたら良いなと思い、自前のスマホで今日の日付を確認する。
「今日は4月4日か。縁起が悪い数字だな、11月22日に結婚すればよかったのに」
だって、4月4日って「死」が二回もつくんだぞ?
大凶じゃないか。
良い夫婦の日に結婚しろよ。
そんなことを思っていたその時だった。
(これから転生を開始します)
ん?転生?
考える時間もなくそれは起きた。
プーーーーーーーーー
激しいクラクションの音と共に式場門付近は悲鳴で満ちていた。
猪突猛進の如くつっこんだ車の下から人間と思われる血が、綺麗な芝生を赤く染めた。
誰かが車に轢かれてしまった。
それは他の誰でもない・・・・・・・・俺だった。
盛大に観客に見守られながら俺こと、成山陽一は命を落としたのだった。